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チートが無いなら無いなりに  作者: 古賀仁成
2章 12歳少年エド。アニタの試験付き添い。

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54話 追跡

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三人は来た道を戻っていた。


街道脇の草は腰の高さほどもある。

春を迎えつつある草原は青々としており、風が吹くたびにさざ波のように揺れていた。


その中を、一歩一歩確かめるように進む。

足元へ目を落とす。

草の葉をかき分ける。

だが、見えるのは土と石ばかりだった。


革袋らしきものはどこにもない。


「ない......。」

アニタが呟いた。

肩が落ちている。


先ほどまで北ビーワを見て輝いていた瞳は今や不安で曇っていた。


風が吹く。

栗色の髪が頬へ張り付く。

アニタはそれを払うこともせず、地面を見つめていた。


エドはそんなアニタを見る。


姉への土産。

王都の学校へ提出する書類。

あの革袋の中には、ただの荷物以上のものが入っている。


なくしたままでは済まされない。


「大丈夫。」

エドは言った。


なるべく落ち着いた声を意識する。

「絶対見つかるよ。」


アニタは小さく頷いた。

だが、その表情から不安は消えない。


「いつまで持ってたか、思い出せる?」

「......うん。」


アニタはその場に立ったまま目を閉じた。


「アイリーンさんを追いかけて......。」

ぽつりと呟く。


「草むらに入って......。」

その先で言葉が止まった。


死体。

鼻を刺した腐臭。

思い出したくもない光景が脳裏をよぎる。


アニタの眉が苦しそうに寄った。

「その後は......。」


唇を噛む。

「分からない。」


エドは周囲へ目を向けた。

先ほど死体を焼いた場所はすでに何事もなかったかのように整えられている。


風に揺れる草。

青空。

遠くに見える北ビーワ。


そこだけ見れば、誰かが命を落とした場所には見えない。

「じゃあ、この辺をもっと探してみよう。」


エドは草をかき分けた。

葉先が腕を擦る。


足元には去年かれた草が残り、その下には湿った土が覗いていた。

アイリーンも少し離れた場所を探している。


腰を落とし、草の根元まで目を向けている姿は慣れたものだった。

しばらく無言で探していた時だった。


「それにしても。」

エドはふと思ったことを口にする。


「アニタが物を落とすなんて珍しいね。」

アニタが顔を上げる。


「え?」

「いつも魔力の流れを感じてるんだろ?」


エドは草を掻き分けながら言った。

「何か落としたら、すぐ気づきそうだけど。」


その瞬間だった。

アニタの目が大きく見開かれる。


「あ......。」

風が止まったような気がした。


「そうだ。」

小さく呟く。

そして、ゆっくりと目を閉じた。


死体を見た時。

胸が締め付けられた。

頭が真っ白になった。


あの時だけは、周囲へ向けていた意識が完全に途切れていた。


「びっくりしてたんだ......。」

自分へ言い聞かせるように呟く。


「初めてだったから。」


そして大きく息を吸った。

肺いっぱいに春の空気を入れる。


ゆっくり吐く。

もう一度。


さらにもう一度。


肩の力が抜けていく。


ざわめいていた心が静かに沈んでいく。


周囲の音が遠ざかる。


風の音。

草の擦れる音。


全てが薄れていく。

その代わりに、意識は深く内側へ潜っていった。


わずかに残された魔力の痕跡を探るように。


その時だった。


アニタが不意に目を開いた。

はっとしたように顔を上げる。

そして何かに引かれるように、ゆっくりと身体を森の方へ向けた。


北ビーワとは反対側。

山々の連なる方角。

深い森が広がるその先だった。


「アニタ?」


エドが声を掛ける、

だがアニタは返事をしない。


真剣な表情のまま、じっと一点を見つめている。


いや。

見ているのではない。

感じ取っているのだ。


やがてアニタは静かに腕を上げた。

そして一本の指で森の奥を指差す。


「あっち。何かいる。」

その声には迷いがなかった。


エドとアイリーンが同時にそちらを見る。

だが見えるのは風に揺れる木々だけだった。


「何かって?」

アイリーンが尋ねる。


「複数走ってる。」

ぽつりと呟く。


「こっちから遠ざかってる。」

その言葉に空気が張り詰めた。


風が吹く。

森の梢がざわりと揺れる。


エドには何も分からない。

だがアニタは感じ取っている。

魔力の流れを。気配を。存在そのものを。


アニタはさらに眉を寄せた。

何かを確かめるように。


「それと......。」

言葉が途切れ、表情が曇った。


「もしかしたら。」

小さな声だった。


「私たち、さっき闇魔法を使われてたかも。」

「えっ!?」


アイリーンが思わず声を上げた。


闇魔法。

相手の認識や精神へ干渉する魔法。


リョーフの説明を思い出す。

以前、エド自身も体験した。


無警戒に腕を差し出してしまったあの時。

かかっている本人には、自覚すらない。

だから厄介なのだ。


もし本当に闇魔法を使われていたのなら。

革袋が無いのは落としたのではなく――。


エドは森へ目を向けた。

遠ざかる複数の気配。


森は危険だ。街道とは違う。魔獣も出るかもしれないし、盗賊が潜んでいることだってある。

証拠もない。

アニタの感じた気配が本当に革袋と関係している保証もない。


本来なら、一度立ち止まって考えるべきなのだろう。

アイリーンもそういうはずだ。

だが、もし関係があったなら。


今この瞬間にも相手は遠ざかっている。

受験書類、姉への土産。失えば取り返しがつかない。

エドの迷いは一瞬だった。


「行こう。」

エドはアニタの手を掴んだ。

アニタが顔を上げる。


「案内して。アイリーンさんも早く!」

そして走り出す。

草を蹴る。

風が耳元を鳴った。


「あっ!」

アイリーンが慌てて声を上げた。


「ちょっ、君たち!」

その頃にはもうエドとアニタは駆け出していた。


止められると思った。

だから説明しなかった。

止められる前に走った。


背後からアイリーンの足音が追いかけてくる。


三人は森へ向かって駆け出した。

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