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チートが無いなら無いなりに  作者: 古賀仁成
2章 12歳少年エド。アニタの試験付き添い。

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53話 ヴェン2

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この旅人はどのような人物だったのだろう。

どこから来て、どこへ向かおうといていたのだろう。


家族はいただろうか。

帰りを待つ者はいただろうか。


志半ばだったのかもしれない。

無念だったのかもしれない。


それでも。

どうか安らかであってほしい。

どうかその人生が少しでも報われる者であってほしい。


そんな願いを込めて、静かに祈る。


「エド?」


アニタの声が聞こえた。

目を開ける。

アニタは不思議そうな顔でこちらを見ていた。


「何をしているの?」

「祈っていたんだ。」


エドは手を下ろした。


「この人が少しでも安らかに眠れるように。」

「眠れるように......?」


アニタは首を傾げる。

隣にいたアイリーンも、どこか戸惑った顔をしていた。

死者を悼むことはある。


だが、それは残された者のためだ。

焼いて弔い、思い出を語る。

それで終わり。


死者のために祈るという発想は、二人にはあまり馴染みがないらしい。


「死んだら終わりだよね?」

アニタは素直に尋ねた。


「うん。」

エドは頷く。


「本当のところは分からない。」

以前の自分がそうだったように。

気が付いたら別の人生を歩んでいることもある。


「でも。」

エドは燃える炎へ視線を戻す。


「僕は、この人がそこで終わりだとは思いたくないんだ。」


風が吹いた。

炎が揺れる。


「だから、祈る。」

静かな声で続ける。


「この人の人生が、少しでも報われるように。」

アニタはしばらく考え込んだ。


やがて、

「うーん......。」


困ったように眉を下げる。

「やっぱりよく分かんない。」


そして小さく笑った。

「でも、それってきっと優しい考え方なんだね。」


エドも小さく笑う。

そうかもしれない。

あるいは、ただの自己満足かもしれない。


それでも。

何もせずに立ち去るよりは、ずっと良い気がした。


しばらくすると、死体は燃え尽きた。

残ったのは灰だけだった。


アイリーンはその場へ手をかざす。

土が静かに盛り上がり、灰を覆い隠していく。

さらに周囲の地面を均し、踏み荒らされた草を整える。


ものの数分で、そこはただの草地へ戻っていた。

先ほどまで人が死んでいたとは思えないほどに。


「死体は疫病につながるから見つけたら燃やし尽くす。」

アイリーンが言う。


「それから周りを整える。これが冒険者のマナーなんだよ。」


合理的だ。

とても合理的だと思う。


だが――


エドの胸には、どこか言いようのない寂しさが残っていた。


そこには墓もない。

名前を刻んだ石もない。

花を供える者もいない。

男がここで死んだという痕跡さえ残らない。


慧導だったころ、何度も葬儀へ立ち会った。

読経をしたこともある。

遺族と共に故人を送り出したこともある。


人が亡くなれば、そこには別れがあった。

悲しみがあった。

そして、その人が生きていた証を残そうとする人たちがいた。


だが、この世界では違う。


死は死だ。

だから処理する。


それは決して冷酷だからではない。

むしろ生きている者のために必要なことなのだろう。


それでも。

エドには少しだけ切なく思えた。


「さ、行こうか。」

アイリーンはそう言うと、くるりと踵を返した。

エドとアニタもその後に続く。


草をかき分け、街道へ戻る。

やがてガイウスの待つ場所へ辿り着いた。

こちらの様子をみたガイウスは、何があったのかを察したらしい。


「ガイウスぅ!?」

戻るなり、アイリーンが声を上げた。


「駄目じゃん!あんたが止めなきゃ!」

どうやらエドたちが後を追ってきたことを怒っているらしい。


ガイウスは一瞬だけ目を逸らした。

「......すまん、」


低い声で呟く。

普段と変わらない短い返事だった。


だが、その表情はどこかばつが悪そうだった。

反省はしているのだろう。


「すまんじゃないよ、もう。」

アイリーンは大きくため息を吐く。


「護衛対象なんだからさぁ。」

そう言いながらも、本気で怒っている様子はなかった。


「さ、ギルドに報告しなきゃいけなくなったからね。さっさと行くよ。」

アイリーンが手を叩くように言った。

重くなりかけていた空気を振り払うような声だった。



一行は再び北ビーワへ向かって歩き始める。

街はもうかなり近い。

湖から吹く風には水の匂いが混じっていた。


あと少し。

そんな空気が流れていた。


その時だった。


「あれ?」


アニタが足を止めた。

エドは振り返る。


アニタは胸元へ手をやっていた。

何かを下がるように。


「あれ......?」

もう一度。

今度は背中へ手を回す。


腰のあたりを触る。

肩を触る。

その嘘気が少しずつ速くなる。


「あれ!?ない!!」


悲鳴のような声だった。

アニタの顔から血の気が引く。


「エド!どうしよう!」


胸元を何度も探る。

だが何も出てこない。


「私の荷物がない!」


エドは一瞬で理解した。

首から提げていた革袋だ。

いつも身に着けていたそれが、見当たらない。


「落ち着いて。」

エドは即座に言った。


「いつまであった?」

「えっと......えっと......。」


アニタは必死に記憶を辿る。

焦りで呼吸が浅くなっていた。


「さっき!」

震える声で答える。


「アイリーンさんを追いかけた時は絶対あったの!」


ぎゅっと拳を握る。

その瞳には涙が浮かび始めていた。


あの革袋には姉への土産が入っている。

王都の学校へ提出する受験書類も。

失えば王都まで来た意味そのものがなくなってしまう。


「わかった。」

エドはゆっくり言った。


「大丈夫だから。」

自分にも言い聞かせるように。


「まだそんなに時間は経ってない。」

風が吹く。

街道脇の草が揺れた。


「探そう。」

アニタの目を見る。


「絶対見つかる。」

アニタは不安そうに頷いた。


「アイリーンさん。」

エドは振り返る。


「一緒に探してもらえますか?」

「もちろん。」


アイリーンは即答した。

表情もすでに真剣なものへ変わっている。


「ガイウス。」

「ここで待つ。」


短いやり取りだった。

ガイウスは事情を理解したらしく、荷馬車の傍らへ残る。


エドたちは来た道へ向き直った。

先ほどまで死体のあった草原。


落ちているとすれば、このどこかだ。


アニタは唇を噛む。

エドは足元へ視線を落とした。


そして三人は、一歩ずつ来た道を戻り始めた。

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