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チートが無いなら無いなりに  作者: 古賀仁成
2章 12歳少年エド。アニタの試験付き添い。

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51話 旅路6

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翌日も一行は街道を進んでいた。

朝から歩き続け、日が少しずつ高くなってきた頃。

街道は緩やかな上り坂へと変わった。


「もう少しだよ。」

前を歩くアイリーンが振り返る。


その言葉に促されるように、エドたちは坂を登っていった。


そしてーー。

丘の頂上へ足を踏み入れた瞬間だった。


アニタが息を呑む。

「......あ。」


目の前の景色に、言葉を失った。


遥か先まで広がる青。

空ではない。

湖だ。


巨大な水の広がりが、大地の一部を切り取ったかのように横たわっていた。

風が吹くたび、水面がきらきらと光を跳ね返す。

朝の陽光を受けた湖面は銀にも青にも見えた。


波は穏やかだ。

だが、その広さは村の近くにある池とは比べ物にならない。


対岸など見えない。

エドは心の奥でまるで海のようだと感じていた。


「うわあ、すごい!」

アニタが思わず声を上げる。


その声には隠しようのない感動が混じっていた。

エドも思わず立ち止まる。


これがビーワ湖。

この辺りでは最も大きな湖。


話には聞いていた。

だが、実際に目にすると想像していたものとはまるで違う。


広い。

とにかく広かった。


風に乗って湿った空気が届く。

どこかなつかしい水辺の匂いがした。


湖の周囲には幾筋もの道が伸びている。

東へ。西へ。南へ。

様々な土地へ続く街道が、まるで湖を中心に集まっているようだった。


そして湖畔には街があった。

遠目にもわかるほど多くの建物が並んでいる。


赤や茶色の屋根。白い壁。所々からは煙も立ち上っていた。

村とは比べ物にならない。

エドの生まれ育った村なら、街の一角だけで収まってしまいそうだった。


「見えるでしょ。」

アイリーンが街を指差す。


「あれが今日の目的地だよ。」

アニタは目を瞬かせた。


「大きい......!」

「王都はもっと大きいぞ。」


ガイウスがぽつりと言う。

その言葉に、アニタはさらに目を丸くした。


「これより!?」

「比べ物にならん。」

短い返事だった。


エドは再び街へ目を向ける。

王都。まだ見ぬ大都市。

その途中にある街ですら、この大きさなのだ。


世界は思っていたよりずっと広い。

そんな当たり前のことを、改めて実感した。


さらに街の周辺へ目を向ける。

街道脇には大小さまざまな天幕が並んでいた。


荷馬車を停めて休んでいる商隊。

商品らしき木箱を積み上げる行商人。

焚き火から立ち上る煙。


遠くからでも人の多さが分かる。

この町が多くの人と物の集まる場所なのだと、一目で理解できた。


一行は町を目指して進んでいく。

近づくにつれ、人の姿はさらに増えていった。


街の外周には無数の天幕が並んでいる。

荷馬車を囲むように陣取る商隊。焚き火を囲んで談笑する旅人たち。

中には天幕の前へ商品を並べ、そのまま商売をしている者までいた。


街の外だというのに、まるで小さな町がもう一つできているようだった。


「私たちも街の外で野営だよ。」

そんな光景を眺めていたエドへ、アイリーンが言った。


「えっ、宿屋には泊まらないんですか?」

思わず聞き返す。

こういう大きな街へ着いたら、宿屋に泊まるものだと思っていた。


「エド、宿屋ってお金がかかるんだよ?」

アニタが不思議そうな顔で言った。

「あ。」


エドは間の抜けた声を漏らした。

言われてみれば、その通りだった。


慧導であった頃に読んだ物語の旅人たちは、街へ着けば当然のように宿へ泊まっていた気がする。

だが、あれは物語だからだろう。

実際の旅はもっと財布と相談しなければならないらしい。


宿屋は無料ではない。部屋を借りれば金がかかる。食事を頼めばさらに金がかかる。

この町は目的地ではない。あくまで王都へ向かう途中の中継地点だ。

わざわざ宿代を払うくらいなら、その分を旅の資金として残しておいた方がいい。


考えてみれば当たり前の話だった。

「そういうこと。旅ってのは意外と金が飛ぶんだよ。」


アイリーンは肩をすくめる。

「特に長旅だとね。」


「そういえば、あの街って名前はなんて言うんですか?」

エドが尋ねた。


「あそこは北ビーワだよ。」

アイリーンは湖畔の街を指差した。


「ビーワ湖の北側にあるから北ビーワ。単純でしょ?」

エドは思わず苦笑する。

確かにそのままだ。


「ここからだと見えないけど。」

アイリーンはさらに湖の向こうを指差す。


「湖の反対側には南ビーワって街もあるんだ。」

エドは目を凝らした。

だが、見えるのはどこまでも続く青い水面だけだ。


対岸どころか、湖の向こう側の様子などまるで分からない。

改めてその広さを実感する。


「南のほうが小さいんですね。」

アニタが言う。


「うん。」

アイリーンは頷いた。


「南ビーワの周りは山や森が多いからね。人が集まりやすい平地も少ないし、大都市へ向かう街道からもちょっと外れてるんだ。」

そう言われてみれば、北ビーワの周囲には幾筋もの街道が見える。


湖へ向かって集まり、そして再び各地へ伸びていく道。

まるで車輪の中心のようだった。


「王都へ行く人も?」

「大体はここを通るね。」

アイリーンは笑った。


「王都へ向かう商人も冒険者も旅人も。北から来るなら、まずこの辺を経由することが多いかな。」

エドは町の外に広がる天幕群へ目を向けた。


無数の荷馬車。行き交う人々。

遠くからでも聞こえてくるような喧騒。


「だから、あんなに人がいるんですね。」

「そういうこと。」

アイリーンは満足そうに頷いた。


「北ビーワはね、人と物が集まる街なんだよ。」

エドはもう一度湖を見た。


広大な湖。

その湖を中心に広がる街道。

集まる人々。


この場所には、人が生きている証が溢れていた。

王都へ向かう旅はまだ途中だ。

だがその途中ですら、エドの知らない世界がいくつも広がっている。


その事実が、少しだけ嬉しかった。

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