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チートが無いなら無いなりに  作者: 古賀仁成
2章 12歳少年エド。アニタの試験付き添い。

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50話 旅路5

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今日はアニタも随分と歩いていた。

普段から鍛えていたおかげか、疲れた様子はみられない。


「私が歩けば、その分ウーマさんも楽できるでしょ。」

本人はそう言っていた。


昨日と同じように、何度か小休憩を挟みながら一行は川沿いの街道を南下していく。

この道をさらに進めば、この辺りで最も大きな湖。

ビーワ湖へ辿り着く。


ビーワ湖からは各地へ向かう街道が伸びており、その湖畔には交易の拠点として栄える大きな町も存在していた。

一行は物資の補給も兼ねて、まずはその街を目指している。


夕方が近づくころになると、一行は街道から少し外れた場所へ移動し、野営の準備を始めた。

エドとアニタも、昨日のガイウスとアイリーンの動きをしっかり見ていたおかげで、今日は準備を手伝うことができた。


水汲みや薪集め、寝床の準備。

できることはまだ多くないが、それでも二人が加わった分だけ作業は早く進む。

そのおかげで、昨日より少し早く夕食にありつくことができた。


献立は昨日と変わらない。硬いパンに干し肉、それから簡単なスープ。

それでも不思議と飽きる気はしなかった。

一日歩いた後に食べる食事は、それだけで十分美味しく感じられたからだ。


夕食を食べ終えると、アニタがエドへ声を掛けた。

「エド、今日もいい?」


訓練の誘いだった。

とはいえ、昨夜はアイリーンに危険すぎると注意されている。

さすがに戦闘訓練はできないだろう。


「そうだね。今日はあれをやろうか。」

「あれかぁ......。うん、苦手だけど、頑張る。」

アニタは少し顔をしかめながらも頷いた。


「ここだと火が近いから、もう少し向こうへ行こうか。」

「はーい。」


二人が立ち上がると、それを見てアイリーンも顔を上げた。

「なになに?今日は危ないことしちゃ駄目だよー?」

「大丈夫ですよ。ちゃんと見える場所でやりますから。」


そう答え、二人は少し離れた開けた場所へ移動する。

焚き火の明かりはまだ届く。

何かあればすぐに駆け付けられる距離だった。


アニタはその場に腰を下ろし、静かに目を閉じた。


「なんでもいいけど、怪我するようなことはやめてよねー。」

背後からアイリーンの声が飛ぶ。


やがて――。


アニタの周囲で風が動き始めた。

最初は微かな流れだった。


空気を撫でるような風が、ゆっくりと彼女の周囲へ集まっていく。

深く集中するにつれ、その流れは徐々に速さを増した。


栗色の髪が揺れる。

服の裾が小さくはためく。

風はアニタを中心に円を描くように巡り始めていた。


ひゅん。


ひゅん。


鋭い風切り音が夜の静寂に響く。

だが、アニタは微動だにしない。


目を閉じたまま。

呼吸すら乱さず。

風だけが強さを増していく。


そして――


ふわり、と。

アニタの身体が地面から離れた。


「......え?浮いてる?風魔法で?」

アイリーンが呆けたような顔でアニタを見上げていた。


それだけアニタがやっていることは規格外なのだろう。

風魔法で人を飛ばすこと自体は、それほど難しい話ではない。


強い風は人ひとりを吹き飛ばせる。

優れた魔法使いであれば、数人まとめて遠くへ飛ばすことだって可能だ。


だが、浮くとなると話は別だった。


風を身にまといながら、自分を傷つけないように制御する。

そのうえで、人の身体を持ち上げられるだけの力を発生させ続ける。


必要なのは単純な威力だけではない。

繊細な制御。長時間集中し続ける精神力。

そして、それを支えるだけの魔力量。


魔力量。

世間ではよく「体内に蓄えられた魔力の総量」と考えられている。

だが、最近のエドは少し違う解釈をしていた。


魔力そのものは、世界中に満ちている。

人はそれを取り込み、加工し、放出しているに過ぎない。

だとすれば重要なのは、どれだけ持っているかではない。


どれだけ扱えるかだ。


「個人が保有する魔力の総量」ではなく、

「個人が扱うことのできる魔力の総量」。


それがエドの考える魔力量だった。


「......十。」

アニタが浮かび始めてしばらくすると、エドはそう呟いて指を一本立てた。

アニタは目を閉じたまま集中を続けている。

地面から腰ほどの高さで、静かに浮遊したままだ。


「......二十。」

二本目の指が立つ。

それから三十、四十、五十と。


エドは一定の間隔で数字を数えながら指を増やしていった。

アイリーンもいつの間にか興味深そうに様子を見守っている。


そして両手を使い、七本目の指を立てようとした瞬間――


ふっ、と。

アニタの周囲を巡っていた風が消えた。


「あっ。」


身体が支えを失い、アニタはその場へ落下する。

もっとも高さはそれほどない。


両手を地面について受け身を取ると、そのまま肩で大きく息をした。

「はぁ......はぁ......。もう、無理......。」


額から汗が流れ落ちる。

顔色も少し赤い。


「今日は六十七だったよ。記録更新ならずだ。」

エドは淡々と結果を告げる。


「えー!」

アニタが顔を上げた。


「結構頑張ったと思ったのに―!」

「今日は自分を囲む風の範囲が少し広かったからね。」


エドは先ほどの様子を思い返しながら言う。

「その分だけ消費も増えたんじゃないかな。」

「あー......。」


アニタは納得したような、悔しいような顔になる。

「歩いて疲れてたのかも......。」


後ろでは、アイリーンがぽかんと口を開けていた。

「君たち、普段からこんなことやってたの......?」


驚きを隠せていないようだった。

「風魔法で飛ぶんじゃなくて、浮くって......。そんなの私には一瞬だって無理だよ......。」

「ベテランの冒険者さんにそう言ってもらえると、少し自信がつきますね。」


エドは淡々と答えた。

アニタも隣でうんうんと大きく頷く。


「少しって......。」

アイリーンは思わず額を押さえた。


「私が目指すのは魔法学科の主席ですから!」

アニタは胸を張る。


「そうかなぁ......?そういうものなのかなぁ......?」

アイリーンは首を傾げたまま呟いた。

どうにも納得しきれない様子だった。


その後、少し休憩を挟んでから訓練を再開した。

風魔法でその場に留まる。それは極めて効率の悪い魔法の使い方だった。


人を吹き飛ばすだけなら、もっと少ない魔力で済む。移動したいなら歩けばいい。

そもそも、その場に浮き続ける必要など普通はない。

だから誰もやろうとしない。


だが、その燃費の悪さこそが重要だった。

限られた魔力を途切れさせずに使い続ける。

繊細な制御を維持し続ける。そして限界まで魔力を扱う。


魔力量を鍛えるという意味では、この訓練は非常に大きな意味を持っていた。


その日は休憩を挟みながら、さらに三回。

夜が更けたところで訓練は終了となった。

夜空には無数の星が瞬いている。


ガイウスとアイリーンは焚き火を囲い、エドとアニタは荷台で横になる。


王都への旅は、まだ始まったばかりだった。

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