49話 旅路4
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朝、肌寒さで目が覚めた。
ぱちぱち、と微かに薪の爆ぜる音が耳に届く。
エドは毛布の中で小さく身じろぎした。
鼻先まで引き上げていた毛布を少しだけ下げる。
ひやりとした空気が頬を撫でた。
荷台の上から見える空は、まだ夜と朝の境目だった。
黒から藍へ、藍から薄い青へ。
東の空だけがわずかに明るみ始めている。
吐いた息が白く曇った。
春が近いとはいえ、夜明け前はまだ冷える。
しばらくそのまま空を眺める。
再び、ぱちり、と薪が鳴った。
エドは音のした方へ視線を向ける。
荷馬車の脇では、小さな焚き火が赤く揺れていた。
その傍らに座っているのはアイリーンだ。
外套を肩に掛け、膝を抱えるようにして目を閉じている。
さらにその向こうでは、ガイウスがウーマの世話をしている。
ウーマの首筋を撫で、水桶を確認し、飼葉を整える。
普段は口数の少ない男だが、ウーマを相手している時だけはどこか表情が柔らかい。
ウーマもそれを理解しているのか、落ち着いた様子で鼻を鳴らしていた。
ふと隣を見る。
毛布にくるまったアニタが、すうすうと寝息を立てていた。
栗色の髪が毛布から少しだけはみ出している。
初日とはいえ、初めての長旅で疲れているのだろうか。
今は年相応の少女らしく、無防備な顔で眠っていた。
エドはもう一度空を見上げた。
夜明けは確実に近づいている。
今日もまた、王都への道を進む一日が始まろうとしていた。
アニタを起こさないよう、慎重に身体を起こす。
「おはよう。」
声を掛けられ、エドは思わず隣を見た。
リョーフに言われてから、アニタは常に魔力へ意識を向けるよう心掛けている。
それこそ、眠っている間さえ。
その警戒心は大したもので、寝ていても近くの気配の変化を感じ取れるほどになっていた。
少し身体を動かしただけのエドにも、すぐ気づいたらしい。
「おはよう、アニタ。少し火にあたろうか。」
「うん。外で寝るの初めてだから、ドキドキしてあんまり寝られなかった。」
「僕もだよ。」
そんな会話をしながら、二人は荷台から降りた。
焚き火の傍らでは、アイリーンが片目を開けこちらを見る。
「おはよう、二人とも。お茶を入れようか。」
そう言うと、アイリーンは立ち上がり、荷物の中から小さな片手鍋を取り出した。
昨日のうちに汲んでおいた水を注ぎ、茶葉を入れて火にかける。
しばらくすると、温められた茶葉の香りがふわりと漂った。
朝の冷えた空気の中では、それだけでどこか心が落ち着く。
やがて湯が琥珀色に染まり始める。
アイリーンは鍋を火から下ろすと、四人分のコップへ順番に注いでいった。
「ほら。前に町へ来た商人から買った紅茶だ。あったまるよ。」
受け取ったコップからは白い湯気が立ち上っている。
「ありがとうございます、アイリーンさん。」
アニタがお礼を言い、エドも続く。
アイリーンは次に、ウーマの世話をしていたガイウスへコップを差し出した。
「悪いな。」
ガイウスは低い声でそう返した。
それからアイリーンは焚き火の前へ戻り、どっかりと腰を下ろした。
「私、旅の最初の朝って好きなんだよね。」
アイリーンは紅茶をすすりながら言った。
「最初の朝ってさ、まだ余裕がたくさんあるんだよ。疲れもあまりないし、一番希望にあふれた朝だと思う。」
ウーマの世話がひと段落したのか、ガイウスもこちらへ戻ってくる。
そして同じように焚き火の前へ腰を下ろした。
「それに君たちは、こういう旅自体が初めてでしょ? どうだった、最初の夜は?」
アイリーンは優しく微笑みながら問いかける。
「私は、ドキドキしちゃってあんまり寝付けなかったです。」
アニタは少し照れたように笑った。
「でも、そのドキドキが嫌じゃなくて。なんだか心地よかったというか、うれしかったというか。」
言葉を探すように視線を泳がせる。
「エドもいてくれたから、安心できたし。」
そう言ってから、小さく笑った。
「とにかく、楽しかったです!ちょっとまだ眠いけど、今日はいっぱい歩けそう!」
アニタは胸を張ってそう言った。
「いいね。初めての冒険って感じだ。少年はどうだった?」
次にアイリーンはエドの方を見て問いかけた。
「僕も似たようなものです。少し緊張しましたし、楽しみでもありました。」
エドは紅茶を一口すすってから答える。
「なるほどね。」
アイリーンは満足そうにうなずいた。
「微笑ましいな。」
ガイウスが優しい声色で呟く。
「そうだね。こういうのを見ると、やりがいを感じるよ。」
話をしているうちに、東の空はゆっくりと明るさを増していった。
やがて山の向こうから朝日が顔を覗かせる。
夜露をまとった草が光を受けてきらりと輝いた。
「さて、飯にするか。」
ガイウスの一言で、一行は朝食の準備を始めた。
硬いパンを焚き火の熱で少し温める。
干し肉も軽く炙ると、油の香りが立ち上った。
豪華な食事ではない。それでも冷えた朝に食べる温かな朝食は、それだけで十分なご馳走だった。
食事を終えると、焚き火へ土をかける。
白い煙が細く立ち上り、やがて火は完全に消えた。
荷物をまとめ、荷台へ積み込む。
ガイウスがウーマの装具を確認し、手綱を整える。
その頃には朝の冷気も少し和らいでいた。
頬を撫でる風には、どこか春の気配が混じっている。
旅の最初の夜は終わった。
それでも誰一人として疲れた様子はない。
むしろ王都へ近づいているという期待が、一行の足取りを軽くしているようだった。
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