48話 旅路3
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「いやいやいやいや!」
慌てた声が飛んできた。
「ちょ、ちょっと待ってよ!?」
割って入ってきたのはアイリーンだった。
両手をぶんぶん振りながら、二人の間へ割り込む。
「どうしたんですか?アイリーンさん。」
アニタがきょとんとした顔で首を傾げる。
「どうしたこうしたもないよ!」
アイリーンは思わず声を荒げた。
「なにこれ!?子供が至っていい領域じゃなくない!?」
その額には、うっすらと冷や汗まで浮かんでいる。
アイリーンは最初、二人が訓練をすると聞いた時、感心していた。
殊勝な子たちだ、と。
旅の途中でも訓練を欠かさない。
それくらいの認識だった。
だが、実際に始まったものは、そんな生易しいものではなかった。
視界妨害。地形操作。誘導。読み合い。接近戦。即応。環境利用。
その全てが異様なほど合理的だった。
しかも、ただ荒々しいだけではない。
連携と判断に、一種の美しさすらある。
とてもではないが、十二歳の子供たちが到達していい領域には思えなかった。
「アイリーンさん。」
エドが棒を拾いながら口を開く。
「アニタが目指しているのは、王都の学校です。」
静かな声だった。
「それも、あの魔法学科の主席ですよ。」
夕風が吹く。
「いくらすごくても、都会で英才教育を受けた天才たちがいる魔窟に通用するかどうかは、また別の話です。」
「そうかなぁ......?」
アイリーンは引きつった顔で呟く。
「そういうもんなのかなぁ......?」
まるで納得しきれていない。
というより、自分の知っている王都と違う。みたいな顔をしている。
アニタが少し誇らしそうに胸を張った。
だが、アイリーンはすぐに気を取り直すように両手を腰へ当てる。
「ともかく!」
びしっ、と二人を指差した。
「今日はこれでおしまい!次回からはもうちょっと安全な訓練にしてよね!」
「えっ。」
アニタが目を丸くする。
「今日はちゃんと加減しましたよ?」
「その『加減』って石入りの水弾が飛んでくるの!?」
「アニタ。」
エドが苦笑しながら口を挟む。
「仕方ないよ。アイリーンさんは護衛だからね。」
そう言って棒を肩へ担ぐ。
「明日以降は別の訓練にするよ。」
「はーい......。」
アニタは少し不満げに唇を尖らせながらも、渋々頷いた。
その様子を見て、アイリーンは深いため息を吐く。
そして心の中で、こっそりこう思っていた。
――王都の学校の魔法学科って、こんなにも化け物揃いなんだ......。
と。
そうして三人は、キャンプ地へ戻ってきた。
辺りはもう、すっかり暗くなっている。
空には星が浮かび始め、森の奥からは虫の声が聞こえていた。
焚き火の橙色だけが、夜の闇を小さく押し返している。
その火の前では、ガイウスが薪をくべていた。
無骨な手で薪を放り込み、火掻き棒で静かに位置を調整する。
火の粉がパチリと跳ねた。
「ガイウス―。聞いてよ。」
戻ってくるなり、アイリーンが大げさに肩を落とす。
「この子ら、はんぱないわ。」
「そうか。」
ガイウスは顔も上げず、低い声だけを返した。
「こりゃ、私なんて必要なかったんじゃない?」
アイリーンが呆れたように言うと、ようやくガイウスが顔を上げた。
焚き火越しにエドとアニタを見る。
そして、ほんの少しだけ目を細めた。
「そんなにか。」
短い言葉だった。だがその声色には僅かな驚きが混じっていた。
「そりゃ、私の方が冒険慣れしてるから、不測の事態には強いかもだけどさ。」
アイリーンは肩をすくめる。
「一対一でよーいどんなら、多分敵わないよ。」
やれやれ、とでも言いたげに軽くため息をついた。
するとガイウスは、再び焚き火へ向き直りながら、ぼそりと言った。
「じゃあ、お前は明日から帰路だな。」
「は?」
アイリーンが数秒固まる。
「あんたのギャグセンス、相変わらず壊滅的ね。」
その言葉に、ガイウスは小さく鼻で笑った。
長年一緒に旅をしてきた者同士の空気。
乱暴にも見える。素っ気なくも見える。
それなのに、不思議と安心感があった。
焚き火が静かに燃える。
ぱちり、と薪が爆ぜた。
火の粉が夜空へ舞い上がり、すぐに闇へ溶けていく。
「じゃあ、二人は馬車で休んでね。」
アイリーンは焚き火へ薪を足しながら言った。
「私らは夜の番をしてるから、ゆっくり休みな。」
「ありがとうございます、ガイウスさん。アイリーンさん。おやすみなさい。」
アニタはぺこりと頭を下げる。
そのまま馬車へ乗り込み、荷台へ腰を下ろした。
エドもそれに続く。
荷物の脇へ身体を預け、用意されていた毛布を肩まで引き上げた。
昼間は温かかった空気も、夜になると一気に冷える。
吐く息は少し白く、毛布の内側へ閉じ込めた熱がじんわりと心地よかった。
エドは荷台へ寝転び、空を見上げる。
木々の隙間から広がる夜空。
そこには、無数の星が散らばっていた。
村でも星は見える。
だが、こうして外で寝ころびながら見る空は、まるで別物だった。
果てしなく広い。
静かで。冷たくて。それなのに、どこか温かい。
初めての旅。初めての野営。
見なれた村を離れ、こうして知らない場所で夜を迎えている。
不安が無いわけではない。
けれど、それ以上に。
胸の奥には、言葉にできない高揚感があった。
暗いはずの世界が、どこか輝いて見える。
そして実際、空は満天の星だった。
「エド。」
隣から、小さな声が聞こえる。
アニタは毛布を鼻先まで引き上げたまま、こちらを見ていた。
焚き火の明かりが届かない荷台の中では、その表情はよく見えない。
それでも、声だけは優しかった。
「ありがとう。おやすみ。」
今日一日。
きっとアニタも緊張していたのだろう。
村を出て。
未来へ向かって。
知らない場所へ進み始めた。
その不安を、エドが一緒に歩いていることで少しでも軽くできているのなら。
それは、悪くない。
エドは小さく息を吐いた。
「アニタ、おやすみ。」
静かに答え、目を閉じる。
外では焚き火の音が続いていた。
時折、ウーマが鼻を鳴らす気配も聞こえる。
その音を遠くに聞きながら、二人は旅最初の夜へ沈んでいった。
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