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チートが無いなら無いなりに  作者: 古賀仁成
2章 12歳少年エド。アニタの試験付き添い。

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47話 旅路2

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川の水面が風に揺れた。


流れに乗って運ばれてくる空気は、昼間より少し冷たい。

湿った草葉と水の匂いが、静かな川辺を満たしていた。


薄く夕焼けに染まり始めた空の下。

エドとアニタは、川辺の砂利の上で向かい合っていた。


足場は悪い。

大小の石が混じり、踏み込みの度に足を取られる。

それでも、訓練にはちょうどよかった。


「じゃあ、始めようか。」


エドはゲヤーキから受け取った棒を構える。

まだ手に馴染みきってはいない。

だが、その重みは確かだった。


「うん、行くよ!」

そう言った瞬間、先に動いたのはアニタだった。


エドから視線を外さないまま、後方へ滑るように下がる。

同時に、右手を鋭く振るった。


突風。

乾いた砂利が一気に巻き上がる。

細かな石粒と土埃が視界を覆い、エドの姿を吞み込もうとした。


さらにアニタは左手を下へ払う。

直後、地面が脈打つように盛り上がった。

砂利混じりの足場が無数に隆起し、小さな段差を次々と作り出す。


ただでさえ不安定だった地面が、さらに細かな移動を阻害していく。

そしてアニタは両手を地面へ向けた。


一瞬だけ目を閉じる。


集中。

次の瞬間――

轟っ、と音を立て、足元の砂利がさらに大きく盛り上がった。


人一人が隠れられるほどの土塊。それが、間隔をあけながら五つ。

即席の遮蔽物が川辺へ並ぶ。


アニタはその一つへ素早く身を隠し、砂煙の向こうへ視線を向けた。

だが。


「――え?」

そこに、エドの姿はなかった。


エドは、アニタが初手で砂煙を巻き上げた瞬間、深く姿勢を落としていた。

極限まで低く。

まるで獲物へ迫る獣のように。


いや、虫が地を這うように、と言った方が近いか。


そのまま、前へ飛び出す。

アニタは初手で距離を取る。エドはそう読んでいた。

あれだけ派手に砂煙を上げた以上、目的は目潰しそのものではない。


時間稼ぎ。

そして、その時間を使って地形操作と潜伏を行う。


案の定だった。

足場を崩し、遮蔽物をつくり、その陰へ身を隠す。

エドの予想通りに、アニタは動いている。


むしろ好都合だった。

複数の遮蔽物をつくったことで、エド自身もその陰へ潜り込める。

砂煙と障害物が、逆にエドの接近を隠してくれる。


低く。静かに。音を殺して。

エドはそのうちの一つへ身を寄せながら、アニタの位置を捕捉した。

アニタが遮蔽物を作り終え、先ほどまでエドがいた場所へ視線を向ける。


アニタが呆けた声を出した瞬間、エドは飛び出した。

棒を両手で滑らせる。

鋭い突き。


最短。最速。確実に届く間合い。

――取った。

そう思った瞬間だった。


踏み込んだ足が、消えた。

「っ!?」


地面へ突き刺さる。

いや、違う。

初めからそこに地面など存在しなかったかのように、足が深く沈み込んだ。


落とし穴。

踏みぬいた勢いのまま、身体が大きく前へ崩れる。

バランスが死ぬ。


その瞬間。

アニタが、ぐるん、とこちらへ顔を向けた。


指先を、小さく回す。

直後。


地面が動いた。

沈み込んだエドの足へ、砂利と土が絡みつく。


まるで巨大な口が噛み付くように。

足首が、完全に固定される。


直後。

エドは棒を地面へ垂直に突き刺した。

両腕へ力を込める。筋肉が軋む。


次の瞬間、固定された足を力任せに引き抜いた。

砂利が弾け飛ぶ。

無理やり引きはがしたせいで、足首には赤い擦り傷が走っていた。


だが、気にしている余裕はない。

アニタはすでに後退していた。


ほんの一瞬。

それだけの隙の間に、再び距離を取っている。


エドは深く突き刺さった棒をそのまま力任せに振り抜いた。

砕けた砂利が散弾のように飛ぶ。


乾いた音を立てながら、小石がアニタへ襲い掛かった。

だが、アニタは避けない。


距離。石の大きさ。勢い。

一瞬で判断する。致命傷にはならない。

そう見切ったアニタは、小石を腕や肩へ受けながらも、両手を大きく横へ振るった。


直後。

川が動いた。


大きな音と共に水面が爆ぜる。

大量の水がうねりながら宙へ持ち上がり、巨大な蛇のようにエドへ襲い掛かった。


「うわっ!」

エドは即座に後退する。いや、逃げた。


川から距離を取るように、一気に駆け出す。

あのまま近くで戦えば、押しつぶされる。


水蛇が追う。

だが、水源から離れるにつれ、その勢いは目に見えて鈍っていった。

やがてアニタも追撃を諦めたのか、水の塊を途中で切り離す。


空中で形が崩れる。

それは、そのままいくつもの水球へ変化した。


「行けっ!」

水球が連続で射出される。


エドは棒を構え、迫る水球へ横薙ぎ。

ばしゃっ、と水が弾け飛ぶ。

続けて二撃、三撃。叩き割られた水が霧となった周囲へ散った。


だが追撃は止まらない。

次々と水球が飛来して、エドは棒を振るった。

打つ。払う。薙ぐ。避ける。


水が弾け、霧となって散る。

それでも足は止めない。


一歩、また一歩。

アニタとの距離を詰めていく。

だが――


水球の数が増えていた。

明らかに。

しかも軌道が一定ではない。


速いもの。遅いもの。高く跳ねるもの。低く地面を滑るもの。

まるで弾幕だった。

単純な狙撃ではない。


「っ......!」

回避方向を制限し、動きを誘導するための攻撃。

エドは棒を高速で振るい、飛来する水球を連続で叩き落とした。


ばしゃっ!ばしゃっ!

視界へ水飛沫が散る。

滑る足場。乱される呼吸。


それでも前へ出る。

あと少し。あと数歩で間合いへ届く。


その時だった。


ひと際速い水球が、真正面から飛来する。

反射的に棒を振るい水球を打つ。


次の瞬間――

爆ぜるような轟音。

「なっ!?」


衝撃。

棒が、弾き飛ばされた。


掌が焼けるように痺れる。

何が起きたのか理解するより先に、棒が砂利の上へ転がっていた。


水球の中に、石。礫が仕込まれていた。

質量と速度を持った弾丸。


「おっと。」

衝撃に押され、エドの身体が大きく後ろへ流れる。

足がもつれる。そのまま砂利へ尻もちをついた。


――ように見えた。


地面へついた手が、砂利の中から石を拾い上げる。

そして起き上がる勢いそのままに、礫を投げ放った。


「っ!」

アニタが反応する。

視線が一瞬だけそちらへ向く。


その隙に、エドは弾き飛ばされていた棒を掴む。

そして。

そのまま地を這うような低姿勢で、一気にアニタへ飛び出した。


低姿勢のまま、エドは棒を投げた。

狙いはアニタの身体ではなく、足元。

横回転しながら滑った棒が、砂利の上を走る。


「わっ!」

アニタが咄嗟に跳ぼうとする。

だが、一瞬遅い。

足先が棒へ引っかかった。


身体がぐらりと揺れる。

その隙を、エドは見逃さない。

地面を蹴る。


一気に距離を詰め、肩から体当たりを叩きこもうとした。

取った。

そう思った瞬間だった。


――突風。

アニタの身体が、後方へ吹き飛ぶ。

いや、自ら風をぶつけたのだ。


風魔法による強制後退。

「なっ――」


エドの肩が空を切る。

あるはずだった衝撃が、ない。

踏み込み切った勢いだけが残る。


バランスが崩れた。

エドの身体が前へ流れる。


一方、アニタも無事では済まなかった。

不安定な体勢のまま無理やり風で飛んだせいで、着地制御が間に合わない。


大きく距離こそ離したものの、そのまま砂利の上へ倒れ込む。

「いたたっ......!」


二人同時に体勢を崩す。


ほんの一瞬。


互いに隙が生まれた。

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