46話 旅路
励みになるのでブックマークと評価をお願いします。
朝は高く澄んでいた空も、時間と共に少しずつ色を変えていく。
昼を過ぎ、陽光は柔らかさを帯び始める。
風には夕方特有の冷たさが混じり、長く伸びた影が街道を覆っていた。
やがて、日が少し傾き始めた頃。
ガイウスが周囲を見回し、手綱を軽く引いた。
「今日はこの辺りにするぞ。」
馬車がゆっくりと停止する。
街道から少し外れた開けた場所だった。
近くには川が流れ、周囲の見通しも悪くない。
野営地としては十分だろう。
ウーマが鼻を鳴らし、脚を止める。
「よし、まずは寝床だね。」
アイリーンが手際よく荷台へ向かった。
慣れた動きで荷物を下ろし、折り畳まれていた布と支柱を取り出していく。
ガイウスも無言でロープを張り始めた。
二人の動きには無駄がない。
どちらが何を言うでもなく、自然と役割分担ができている。
アニタも慌てて荷物を抱え、手伝いへ向かう。
エドは受け取ったばかりの棒を地面へ立てかけると、周囲を一度見回した。
夕暮れの森。風に揺れる木々。遠くの鳥の声。
昼とは違う空気が、少しずつ辺りを包み始めていた。
そして一行は、旅最初の野営の準備を始めるのだった。
エドは木桶を片手に、川へ向かっていた。
夕暮れの空気はひんやりとしていて、昼間よりも冷たい。
草を踏むたびに、湿った土の匂いが立ち上る。
ほどなくして、川の流れる音がはっきりと耳へ届いた。
透き通った水が流れている。
夕日を受けた水面は黄金色に揺れ、静かに流れている。
エドはしゃがみ込み、桶を沈める。
冷たい水が手に触れた。
村の近くの川よりも流れは緩やかだが、水量は十分ある。
旅人が野営地として使う場所なのだろう。
周囲には焚き火の跡もいくつか残っていた。
水を汲み終えたエドが戻る頃には、野営の準備もかなり整っていた。
ガイウスはウーマの世話をしている。
荷を下ろされたウーマは鼻を鳴らしながら、桶へ入れられた飼葉へ顔を突っ込んでいた。
ガイウスは無言のままウーマの首筋を撫で、水桶の位置を直す。
その手つきは実に自然で、長年連れ添った相棒であることが伝わってきた。
一方、アイリーンは夕食の支度を進めていた。
慣れた手つきで荷物から乾燥豆を取り出し、水へ放り込む。
その横ではアニタが簡易的なかまどを組んでいた。
適当な石を円形に並べ、その中央に薪を組む。
乾いた枝に魔法で火をつける。
やがて細い煙が立ち上り、小さな炎がぱちぱちと音を立て始めた。
「よしっ。」
アニタが少し嬉しそうに顔を上げる。
その火へ、アイリーンが鍋を置いた。
ぐつぐつと湯が沸き始める。
そこへ、道中で摘んでいた香草を数種類刻んで放り込む。
青臭さの中に、爽やかな香りが混じる。
さらに干し肉を小刀で食べやすい大きさへ刻み、そのまま鍋へ。
途端に、塩気と肉の脂が湯へ溶け出した。
立ち上る湯気に、食欲を刺激する匂いが混ざる。
豪華な料理ではない。
豆。干し肉。香草。それだけだ。
だが、一日中歩き続けた身体には、それだけで十分だった。
木の椀によそわれたスープを口へ運ぶ。
塩気が舌へ広がり、香草の風味が鼻へ抜ける。
噛み締める干し肉にはしっかりとした旨味があり、豆の柔らかさとよく合っていた。
温かさが、冷え始めた身体へじわりと染み込んでいく。
そんな中、アイリーンがふとエドの方を見た。
「エドくん、ずっと歩きっぱなしだったでしょ?」
「そうですね。」
エドはスープを口に運びながら答える。
「アニタちゃんが言った通り、体力あるねぇ。」
アイリーンは感心したように笑った。
「大人でも途中で休憩挟む人が多いっていうのにさ。」
街道を一日歩くというのは、想像以上に疲れる。
荷物を背負い、延々と進み続ける。
慣れていない者なら足を痛めるし、集中力も切れる。
だが、エドはほとんど息を乱しておらず疲労も顔に無い。
歩幅も一定。足取りも軽いまま。
「感心感心。」
アイリーンが軽く頷く。
エドは少しだけ困ったように笑った。
焚き火がぱちりと音を立てた。
夜の気配が、少しずつ辺りへ降り始めていた。
そんな中、椀を抱えたままアニタがエドを見る。
「ねえエド。」
「ん?」
「真っ暗になる前に、ちょっと体動かさない?」
炎の光が、アニタの瞳へ映る。
「試験までは、しっかりやっておきたいの。」
その声には真剣さがあった。
王都の学校。
そこへ挑む以上、少しでも鍛錬を怠りたくないのだろう。
エドは小さく頷く。
「いいよ。」
そう言って、傍らへ立て掛けていた棒を手に取った。
「僕もこれを使い慣らさないとだからね。」
まだ重心に若干の違和感はある。
伸縮機構の感覚にも慣れきっていない。
だが、それも実際に振って覚えるしかない。
「小川の方でやろうか。」
すると、アイリーンが立ち上がった。
「まだ少し明るいから離れるのはいいけど、君たち護衛対象だからね。」
腰の短剣を軽く確かめながら言う。
「私も行くよ。」
アニタが「あ、お願いします。」と頭を下げる。
アイリーンはそのまま振り返り、焚き火の向こうへ声を掛けた。
「ガイウスは一人でも大丈夫でしょ?」
ちらりと視線だけ向ける。
ガイウスは顔も上げずに短く答えた。
「ああ。」
それだけだった。
アイリーンは苦笑する。
「相変わらず無愛想だねぇ。」
ガイウスは返事をしない。ただ黙々と何か作業を続けている。
その様子にアニタが少し笑い、エドも小さく肩をすくめた。
そして三人は、夕闇の迫る小川の方へ歩き出した。
執筆の励みにしたく、ブックマークと↓の☆をclickして作者を応援しよう!
↓☆click!!!




