表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
チートが無いなら無いなりに  作者: 古賀仁成
1章 11歳少年エド。魔法を失う。魔法が無いなら無いなりに。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/82

4話 喪失

励みになるのでよかったらブックマークと評価をお願いします。

これまでと変わらぬ村の風景が、今日はどこか違って見えた。


畑では、朝から(くわ)を振るう大人たちの声が響いている。家々の煙突からは、白い煙がゆるやかに立ち上り、

道端では幼い子供たちが土を蹴り上げながら駆け回っていた。

笑い声が風に乗り、鳥の鳴き声と混じり合う。昨日までと何一つ変わらない、いつもの村の景色だ。


それなのに、エドにはその一つ一つが、まるで薄い膜を隔てて眺めているように感じられた。


馴染みのあるはずの光景が、どこか遠い。けれど同時に、初めて目にするもののように鮮やかでもある。

土の匂い、風の温度、人々の声に滲む感情の揺らぎ、何も変わっていないはずなのに、

自分だけが決定的に変わってしまった。

――そんな実感が、静かに胸の奥へ沈んでいく。


家族も、村人も、いつも通りに笑い、働き、生きている。

その営みは昨日と変わらず続いているのに、その輪の中にいる自分だけが、

ほんのわずかにずれてしまったような心地がした。


だからエドは、自然と足を森へ向けていた。


幼いころから何度も通った、村はずれの小さな森。その奥にある古びた小屋。

考え事をするときも、本を読むときも、いつもそこへ来た。今日は誰かがいるだろうか。

木立の中へ足を踏み入れると、村の喧騒は背後へと遠ざかっていく。

代わりに耳を満たすのは、葉擦れの音、鳥のさえずり、枝を渡る小動物の微かな気配だった。


見慣れたはずの森が、今日は驚くほど多くのことを語りかけてくる。


樹皮のざらつき、葉の色合いの違い、踏みしめた土の湿り気。

地面には小さな足跡が点々と続き、その新しさから、つい先ほどリズかウサが通ったのだと分かる。

頬を撫でる風は、村の方角へとゆるやかに流れ、若葉と湿った土の香りを運んでいた。


――世界が、昨日までよりずっと精密に見える。


まるで、ぼやけていた輪郭に一本ずつ線が引かれ、色が塗られていくようだった。

けれど、その鮮明さの中で、ひとつだけ心に引っかかるものがあった。


昨夜、食卓で交わされた魔法の話。


何気ない会話のはずだった。だが、そのとき胸の奥に生まれた小さなざわめきが、

今も消えずに残っている。


何度も読み返した冒険譚。

旅人は知恵と工夫、そして魔法を駆使して、あらゆる困難に立ち向かっていた。

時にかわし、時に打ち破り、未知の世界を切り拓いていく。

その旅人のように世界を旅すること。それは、エドの変わらぬ夢だった。


そして、その夢に魔法は欠かせない。


胸の奥で広がる不安が、ただの杞憂であればいい。

そう願いながら、エドは歩みを速めた。


木々の隙間から、見慣れた古小屋の屋根が見えてくる。

答えは、きっとそこにある。


古小屋は、森の中でもわずかに開けた小さな空き地に建っている。

周囲を取り囲む木々が、そこだけを避けるように枝を広げている。

おそらく、ずいぶん昔に人の手で切り開かれた場所なのだろう。今では草が地を覆い、切り株には

苔が根を張っているが、かつてここに人の営みがあったことを静かに物語っていた。


小屋は長い年月を雨風にさらされてきたことを隠そうともしない。

外壁の板は日に焼け、ところどころ反り返り、隙間からは乾いた木肌がのぞいている。

打ち付けられた釘には赤茶けた錆が浮かび、屋根を覆う板も何枚かがずれ、わずかに傾いていた。


それでも不思議と崩れそうな頼りなさは無い。柱はまだしっかりと地を踏みしめ、

ゆがみながらも全体の均衡を保っている。粗末ではあっても、必要十分。

エドは、自然にそう評価していた。


小屋の周囲を見渡しても、人の気配はない。

アニタは、おそらく今日は家の手伝いをしているのだろう。一昨日は洗濯物を魔法で乾かしたらしい。

今日もそんなところだろう。働き者の彼女のことだ。母親に頼まれれば文句ひとつ言わずに

手を動かしているに違いない。


ほかの子供たちも、今日はそれぞれ用事があるのかもしれない。

あるいは、天気が良いから川辺や別の遊び場へ行っているのだろう。


――いずれにせよ、好都合だ。


今のエドには、誰にも邪魔されず、自分の中に生じた違和感と向き合うための時間が必要だった。


エドは小屋の中へ足を踏み入れた。床板が、ぎしり、と小さく鳴る。

差し込む陽光の中で、舞い上がったほこりがゆっくりと漂った。


視線の先、窓際に置かれた小さな風車(かざぐるま)

羽根の表面はなめらかで、指先を滑らせれば、ひんやりとした感触が返ってくる。

若葉を透かしたような淡い緑色。木でも石でもなく、プラスチックにも似ているが、

もっと繊細で有機的な印象がある。まるで巨大な虫の翅を、そのまま厚く、強靭に固めたような質感だった。


窓から差し込む陽光を受けると、その羽はかすかに光を弾いて、反射した光が小屋の内壁に淡く映り込み、

古びた板張りの壁をうっすらと染めている。

昨日までは、何の疑いもなく回せていた。


指先から魔力を流しこめば、羽根は生き物のように軽やかに回り始めた。

風もない室内で、ただ自分の意志だけに応えるその動きは、何度見ても胸を躍らせるものだった。


エドはそっと風車を手に取った。

羽根は見た目に反して軽い。手のひらに収まるその重さは昨日と何一つ変わらない。

淡い緑の羽根は、窓から差し込む光を受けて、静かに輝いていた。


ゆっくりと息を整える。

いつものように、指先へ意識を集める。そして魔力を流すと、羽根はカラカラと音を立てて回り始める。


――はずだった。


何も起こらない。羽根は、ぴくりとも動かない。

エドはもう一度、意識を集中させた。指先に力を込める。動け、と念じる。羽根が回るところを、頭の中で鮮明に思い描く。


それでも、風車は沈黙したままだった。


もう一度。

さらに、もう一度。

しかし、結果は変わらなかった。


エドの胸の奥にあった小さな焦りが、ぞわりと波立った。


――今までどうやっていた?


記憶はある。確かにある。魔力を流し込み、羽根を回していた感覚も。

手順も、頭では理解できる。今まで、小さな炎を出すこともできたし、ただ輝く光の玉を出すこともできたし、風をおこすことも、土の形を変えることも魔力を使ってできていた。


けれども今は――


その肝心の「魔力」というものが、どのような感覚だったか掴めないでいた。


まるで、泳ぎ方の理屈は知っているのに、水そのものに振れたことがないように。

あるいは、指の動かし方は分かるのに、自分の手の感覚だけが失われてしまったかのような不気味さ。

エドの中には確かに魔法を使っていた記憶がある。

だが、その記憶をなぞろうとする意識。

――今の自分には、魔力を感じるという感覚が全く分からなくなっていた。


額にじわりと汗が滲む。

魔力が使えない人間など、この世界にはいない。

強弱や得手不得手はあっても、誰もが魔力を持ち、感じ、扱う。

呼吸や歩行と同じ、この世界の根幹をなす当たり前の力だ


それが――

自分には、ない――


その事実が、冷え切った水のように胸へ流れ込んでくる。

異世界に来た。剣と魔法の世界に。冒険譚の主人公たちが活躍する、あの憧れの世界に。

慧導(えどう)はそんな世界に憧れはなかったが、少年エドは夢に見るほどにあこがれていた。

記憶が混ざりあって、憧れと胸の高鳴りが確かに増した。


それなのに。


その中心にあるはずの魔法を、自分だけが使えない。

知恵と工夫だけでは超えられない壁が、この世界にはいくらでもある。

だからこそ、魔法は必要不可欠だった。夢を夢で終わらせないための、当然の力だった。


風車を握る手に、知らずと力がこもる。

焦りが、不安が、じわじわと胸を締め付けてく。


不意に思い出す昨日倒れた記憶。

走馬灯のように記憶が流れるなかで、遠くから自分を呼ぶアニタの声。

それとは別に耳元で囁かれた「ごめんよ、少し壊れてしまったようだ。」という子供の声。


あれは――


胸の内で、不安が渦を巻く。

幼いころから思い描いてきた夢の、その土台そのものが揺らいでいる。

冒険者になり世界を旅すること。未知を知り、困難を知恵と魔法で乗り越えていくこと。

それを失うかもしれない。

そう思った瞬間、足元の地面が崩れたような心地がした。


だが同時に――

胸を締め付ける感情を、少し離れた場所から観察しているような感覚。

自分は今、ひどく動揺している、と。

そう、どこか冷静に理解している自分もいた。


それは、慧導として生きてきた年月がもたらす視点。

感情に流されることなく、状況を見極めようとする習性。

問題が起きたとき、嘆くより先に原因と対策を考える冷たい思考。


魔法が使えない、魔力を感じない。

なぜ使えないか知る必要がある。使えないなら、その前提でどう生きるか考える。


深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。

胸を覆っていた焦りが、少しずつ形を失っていく。

魔法がないのなら、それに順応すればいい。


知恵がある。経験がある。


何より――

この世界を見つめる目がある。


エドは、風車を窓辺へ戻した。

淡い緑の羽根は、変わらず静かに光を受けている。


風車が回らないなら、頭を回せばいい。

我ながら、なかなかうまいことを言う。そんなことを思って、ふっと笑みがこぼれた。


エドは小屋を後にした。

森を抜ける風はやわらかく、若葉の香りを運んでくる。

その足取りは、ここへ来た時よりも、ほんの少しだけ軽くなっていた。


問題は山積みだ。だが、それは絶望する理由ではない。

むしろ、進むべき道がまだ数多く残されているということだ。


チートが無いなら、無いなりに生きていくしかないのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ