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チートが無いなら無いなりに  作者: 古賀仁成
2章 12歳少年エド。アニタの試験付き添い。

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44話 出発2

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遠くから、慌てたような叫び声が飛んでくる。


「おーい、エドーっ!」

全員の視線が一斉にそちらへ向く。

朝靄の向こうから、一人の少年が駆けてきていた。


肩で息をしながら、全力でこちらへ向かってくる。


ゲヤーキだった。


木屑のついた作業着のまま、髪も乱れ、どう見ても慌てて飛び出してきた様子だった。

「遅くなって悪かった! ようやく頼まれてたやつができたんだ!」


息を切らしながら叫ぶ。

「出発に間に合ってよかったよ!」


そう言って差し出したのは、一本の長い棒だった。


エドの背丈ほどもある。

太さも十分。

ただの木の棒とは明らかに違う存在感があった。


表面は丁寧に削られ、握る部分には滑り止めの細かな加工まで施されている。

さらに要所には鉄材が組み込まれており、補強と重心調整がされているのが見て取れた。


陽光を受けた金属部分が鈍く光る。


武器だった。


「ありがとう、ゲヤーキ。まさか、間に合わせてくれるとは思ってなかったよ。」


以前からエドは、ゲヤーキへ武器の制作を頼んでいた。

剣でも斧でもない。

自分の身体能力でも扱いやすく、応用の利く武器。


それが、この棒だった。


先端部分を捻る。

すると内部に仕込まれていた金具が噛み合い、鋭い穂先が飛び出した。


槍。


さらに持ち手側の機構を回せば、内部構造が伸縮し、全体の長さまで調整できる。

近距離にも中距離にも対応できる、多用途武器。

まだ粗削りではあるが、エドの考えを形にしようとした工夫が随所に詰め込まれていた。


ゲヤーキは鼻を鳴らす。

「せっかくの長旅だからな。それまでに間に合わせようとは思ってたのさ。」


そう言って、にやりと笑う。

「これでしっかりアニタを守ってやれよ!」


ばんっ、と勢いよく背中を叩かれる。

思わず身体が少し前へ揺れた。

だが、エドは振り返らない。

新しい武器を握ったまま、ただ短く答えた。


「ああ。」


ウーマが、ぶるる、と鼻を鳴らした。

続けて、蹄が軽く地面を打つ。

かこん、と乾いた音が朝の空気へ響いた。


出発を急かすようなその仕草に、張り詰めていた空気が少しだけ動く。

アニタは村人たちを振り返った。


朝日を背にした村の景色。

見慣れた家々。

畑。柵。煙突から立ち上る煙。


ずっと過ごしてきた、小さな故郷。


その光景を胸に焼き付けるように見つめたあと、アニタは大きく息を吸い込んだ。


「みんなー!行ってきます!」

澄んだ声が、朝の村へ響き渡る。


「おう、行ってこい!」

「がんばれよー!」

「無事に帰ってくるんだぞ!」


村人たちの声が重なる。


手を振る者、笑う者、涙ぐむ者。

その全てを背に受けながら、馬車はゆっくりと動き出した。


車輪が回る。

砂利を踏みしめる音が響く。


こうして、一行は村を出発した。


村を抜けた先には、一本の街道が真っ直ぐ伸びていた。

砂利で舗装された道は、この辺りでは比較的整備が行き届いている。


両脇には草原が広がり、その向こうには春色の森が見える。

朝露を含んだ風が吹き抜けるたび、草葉がさわさわと揺れた。


遠くからは、微かに川の流れる音も聞こえてくる。


この村の近くを流れる支流だ。

雪解けを終えたばかりの水は勢いがあり、朝の静けさの中では、その音が妙にはっきり耳へ届いた。


この街道を南へ進めば、三日ほどで巨大な湖へ辿り着く。

ラッシア大陸の中でも有数の広さを持つ湖であり、周辺には交易拠点として栄えた町が存在している。

旅人や商人の往来も多く、まずはそこを中継地点として目指す予定だった。


馬車が先頭を進む。


御者台ではガイウスが静かに手綱を握り、一定の速度で馬を進ませていた。

無駄な動きはない。

長年同じ道を走り続けてきた者の安定感が、その背中から伝わってくる。


馬車を引くのは、栗毛の雌ウーマ。


筋肉質な脚が規則正しく地面をけり、鼻先から白い息を吐く。

耳は時折ぴくりと動き、周囲の音を拾っていた。


その横を歩いているのはアイリーンだ。


片手を軽く腰へ添えながら、周囲へ絶えず視線を配っている。

森。草むら。遠くの地形。街道脇の轍。


何気なく歩いているように見えて、その実、一瞬たりとも警戒を解いていない。

護衛冒険者としての経験が、その立ち姿には滲んでいた。


アニタは馬車へ乗り込んでいた。

荷台に腰かけ、小さく揺れる景色を眺めている。


最初こそ村の方を何度も振り返っていたが、やがて見慣れた景色は森と丘に隠れて見えなくなった。

その瞬間、アニタは少しだけ唇を引き結ぶ。

本当に旅が始まったのだと、実感したのかもしれない。


そして、最後尾。エドは街道を歩いていた。

手には、今朝ゲヤーキから受け取ったばかりの棒。

地面を軽くつきながら歩くその姿は、まるで旅慣れた巡礼者のようにも見える。


木材特有の重み。手に馴染む感触。

内部へ仕込まれた鉄の硬さ。


まだ完全には使い慣れてはいない。

だが、それでも確かな頼もしさがあった。


エドは歩きながら、ちらりと前を見る。

馬車。アイリーン。アニタ。

そして、はるか先へ続く街道。


この道の先には王都がある。

自分たちの知らない世界がある。


エドは棒を握る手に、わずかに力を込めた。

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