40話 戦闘訓練6
励みになるのでブックマークと評価をお願いします。
リョーフが去った後も二人は同じ場所で訓練を続けた。
川辺へ乾いた音が響く。
エドの棒が水球を弾いた。砕けた水滴が頬を濡らす。
だが、その直後。
「わっ!?」
足元から突き出した土の隆起に、エドの体勢がわずかに崩れた。
その隙を狙って、アニタが横へ回り込み礫を投げた。
風魔法で加速され――速い。
エドは咄嗟に身を捻り、石礫を避けながら棒を振るった。
アニタは慌てて後ろへ飛び退く。
互いに距離を取り、息を吐く。
まだ荒いが、以前のような一方的な訓練ではなくなっていた。
数日後。
さらに数週間後。
数か月後。
季節は少しずつ移ろい、川の水は以前より冷たくなり、風には乾いた匂いが混じり始めていた。
棒が風を裂く。石礫が掠める。
踏み込みに合わせて土が跳ね、水球が弧を描き、風が踏み込みを加速させる。
エドが半歩下がる。その動きを読んでアニタが追う。
だが追った先にはすでに棒の切っ先。
アニタが身を沈める。頭上を棒が通り過ぎる。そのまま地面へ掌を向ける。
弾けるように土煙が舞う。視界を遮るその一瞬。
煙の中から棒が突き出した。
止まらない。
攻防は、途切れない。
まるで最初から決められていた動きを、互いに繰り返しているかのように。
ここまで積み重ねてきた。
何度も、何度も。
避け、読み、騙し、失敗して。
そうして少しずつ、二人の戦いは形になっていった。
だがそれでも。エドは一度として、アニタから一本をとることができなかった。
できる手段は何だって講じたつもりだった。
棒術だけではない。
投石。弓矢。剣。槍。スリング。槌。斧。鎖鎌。
片っ端から試した。
だが、届かない。
アニタの魔法は、それほどまでに厄介だった。
小さな土壁で射線を切られる。風で軌道を逸らされる。
踏み込めば足元を崩され、水球が視界を塞ぐ。
そして何より。
アニタは、魔法を細かく、正確に扱うことに長けていた。
大技ではない。派手でもない。
だが、一つひとつが正確だった。
だから近づけないし、狙いも定まらない。
気づけば、攻撃の流れそのものを崩されている。
かといって、アニタが小技しか使えないのかと言えば、そんなことはまったくなかった。
むしろ逆だ。
アニタは常に魔力へ意識を向け続ける習慣を身につけたらしく、
それはそのまま、魔法そのものの成長へ繋がっていた。
以前、リョーフが見せた魔法がある。
拳ほどの石礫。それを風で加速し、木を抉り飛ばした一撃。
アニタは、あれを再現してみせた。
――両手いっぱいに抱えるほどの岩で。
轟音。
放たれた岩塊は空気を裂きながら一直線に飛び、着弾の直前で爆散した。
砕けた石片が散弾のように周囲へ撒き散らされる。
木々に無数の穴が穿たれた。
細い枝など、触れた瞬間に弾け飛ぶ。
もし人間へ直撃すれば、身体など容易く貫通するだろう。
エドは思わず息を呑んだ。
さらに。
風魔法だけでも恐ろしかった。
渦巻く暴風は、人を数人まとめて吹き飛ばし、そのまま空中へ拘束するほどの威力。
水魔法も、ただ水を操るだけではない。
温度を変え、粘度を変え、流れそのものを変化させる。
絡みつくような水流に捕まれば、それだけで動きを封じられる。
火魔法の威力も凄まじかった。
一度、風魔法と組み合わせた炎の渦を見せられたことがある。
巨大な炎が唸りながら渦を巻き、周囲の空気を焼いていく。
自分へ向けられていたわけですらない。
それでも、エドは本気で死を覚悟した。
もちろん、まったく心当たりがないわけではない。
普段から魔力を意識してみればどうか。
もっと細かく制御する練習をしたらどうか。
属性を組み合わせたら何ができるのか。
そんな話は、これまで何度もしてきた。
エドなりに考え、助言もした。
だが。まさかここまで凶悪なものになるとは、想像していなかった。
アニタは、教えたことを素直に吸収する。
吸収して、試して、改良して、いつの間にか自分のものにしてしまう。
しかも、それを楽しそうにやるのだ。
あれほど大規模な魔法ともなれば、それなりに消耗するらしい。
小技のように何度も連発できるわけではない。
だが、エドにはもう、子供が扱っていい力には思えなかった。
それに対し、エド自身には目に見える成長が感じられなかった。
少なくとも、本人はそう思っていた。
否。
成長していないはずがない。
あまりにもアニタが圧倒的過ぎて、自覚できていないだけだ。
エドの瞬発力も、判断力も。すでに常人の域から大きく外れていた。
視線。呼吸。重心。肩の入り方。
相手のわずかな変化を見るだけで、どこを狙っているのかを予測する。
避ける。それだけでは終わらない。
攻撃が来る前に、その導線を塞ぐ。踏み込み先へ罠を置く。
誘導し、崩し、反撃する。時には相手を見てすらいなかった。
それでも読める。どこへ攻撃したいのか。どこへ動こうとしているのか。
訓練の積み重ねが、もはや半ば反射になっていた。
さらに。
棒。剣。槍。斧。弓。投石。盾。
扱えない武器の方が少なくなりつつあった。
そして何より。
エドの体力は異常だった。
アニタから一本取ることは、結局一度もできなかった。
だが。
最後までたっているのは、いつもエドだった。
何時間動き続けても、息は乱れても足は止まらない。
普通ならとっくに身体が動かなくなっている。
それが普通であるはずがなかった。
秋が過ぎた。
山の木々は赤や黄色へ色づき、川面には枯れ葉が幾度も流れていった。
やがて冬が訪れる。
吐く息は白く染まり、朝の川辺には薄い氷が張った。
かじかむ指を擦りながら、それでも二人は訓練を続けた。
雪の日もあった。
積もった白を踏み砕きながら棒を振るい、
冷気の中で魔法が弾ける。
水球は空中で砕け、霧のように凍てついた。
風が吹くたび、枝葉に積もった雪がさらさらと落ちる。
それでも二人は止まらなかった。
何度も武器を打ち合わせ、
何度も魔法をぶつけ合い、
何度も地面へ倒れ込んだ。
そうして季節は巡る。
山の雪がゆっくりと解け始めるころには、川の音もどこか柔らかくなっていた。
湿った土の匂い。
冷たい空気の中へ、かすかに混じり始めた春の香り。
雪の隙間から顔を出した山菜が、小さく芽吹いている。
長かった冬が終わろうとしていた。
その日だった。
「王都? 僕も?」
川辺へ腰を下ろしていたエドが、思わず聞き返す。
アニタは少し照れくさそうに笑った。
「うん。私の入学試験に、エドもついてきてほしいの。」
川を渡る風は、もう以前ほど冷たくない。
エドはしばらく黙ったまま、流れる水を見つめていた。
遠くで、雪解け水の流れる音がしていた。
長く続いた二人の訓練は、
その音と共に終わりを迎えようとしていた。
執筆の励みにしたく、ブックマークと↓の☆をclickして作者を応援しよう!
↓☆click!!!




