39話 戦闘訓練5
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翌日。同じ川辺で、同じ修行が始まった。
違うのは一つだけだった。エドの手には、自分の背丈より長い棒が握られている。
ゲヤーキに頼んで用意してもらったものだ。
真っすぐに削られた木の棒で、見た目に特別なものではない。
だが、手に持つと不思議としっくりきた。
昨日と同じようにアニタが魔法を放つ。
風が唸り、石が散る。
エドはそれを棒で払い、距離を取り、踏み込みを制する。
昨日より明らかに間合いを作れていた。
近づかれる前に牽制できる。踏み込まれる前に押し返せる。
ほんの一本。ただの木の棒。それだけで、立ち回りが大きく変わっていた。
それだけではない。
足元は相変わらず川辺の石だらけだ。
踏み込めば滑り、少し踏み外せば足を取られる。
それなのに、エドも、アニタも以前よりずっと軽やかに動けていた。
それを見ていたリョーフが小さく口元を緩める。
満足そうな笑みだった。
「エドくん、もっと相手の視線の動きを追うんだ。」
リョーフの声が飛ぶ。エドは咄嗟にアニタの目を見る。
次に放つ魔法そのものではなく、その前にどこを見るか。
そこに意識を向けた瞬間、アニタの視線がわずかに足元へ落ちる。
次の瞬間、土の礫が跳ねた。ぎりぎりで棒を差し込み弾く。
「アニタちゃん、距離を取れたら風に砂を混ぜて視界を奪って。」
アニタは頷きながら後ろへ飛び、風を巻き上げる。
足元の砂が舞い、エドの顔へ吹きつけた。
思わず目を細める。その隙に礫が飛ぶ。慌てて棒を振り払う。
「アニタちゃん、棒立ちで魔法を放たない。常に動き回る癖をつけて。」
アニタは素直に従う。
走る。跳ぶ。距離を変える。撃つたびに位置が変わる。
一瞬前までいた場所にはもういない。
「エドくん、相手が魔法を使うときは、どこに一番集中しているか観察して。その部位を打ちなさい。」
エドは息を整えながらアニタを見る。
手。足。目線。呼吸。
魔法を使う瞬間、無意識に力が集まる場所がある。
次にアニタが手を掲げた瞬間。
エドは踏み込んだ。棒を横薙ぎに払う。
手首に当たり、魔法は放たれない。
昨日より、リョーフはよく口を出した。
だが、それは邪魔ではなかった。
言われた通りに動くと、実際に優位に立てる場面が多かった。
戦いの中で、何を見るべきか。どこを狙うべきか。
それが少しずつ、身体に染み込んでいく。
だが、それでも。エドがアニタに勝てる要素はなかった。
どれだけ相手の裏をかこうとしても。どれだけ動きを封じようとしても。
決定的に違うものがある。
手数だ。
アニタには魔法がある。状況に応じて選び、連続して使える。
エドにはそれがない。選択肢に魔法が存在しない。
その差はあまりにも大きく、どう工夫しても埋めきれない壁として立ちふさがっていた。
悔しさはあった。だが、落ち込んでいる暇はない。
立ち止まれば、次の一撃を受けるだけだ。
だから、ひたすら観察した。
相手の視線。足運び。呼吸。指先。重心。
少しでも先を読むために。
そして、動き続けた。
考えながら。失敗しながら。何度も転がりながら。
リョーフは横から口を出すだけではなかった。
相手の虚を突く方法。魔獣ごとの習性。奇襲を受けた時、最初に取るべき行動。不利な地形での立ち回り。
戦いに関すること以外も、合間なく教えていく。
時には棒を持たせたまま話し、時には魔法を避けさせながら問いかける。
答えられなければ、そのまま石が飛んできた。
考えることと動くことを、切り離せなかった。
川の流れと、ぶつかる音と、リョーフの淡々とした声だけが繰り返される。
そんな修行が、何日も続いていた。
そして、その日は突然来た。
いつものように川辺で向かい合い。
アニタの魔法を棒で受け流していた時だった。
「今日で私の指導は最後だ。」
リョーフが、あまりにもなんでもない口調で言った。
エドは一瞬、聞き間違いかと思った。
棒を握ったまま顔を上げる。リョーフはそのまま続けた。
「明日、この地を去るよ。」
アニタも動きを止めていた。
風で浮かせていた小石が、ぱたりと地面に落ちる。
少しの沈黙のあと、エドが口を開いた。
「急ですね。」
「そうかな?思ったより君たちの成長が速かったからね。」
リョーフは穏やかに笑う。
「次にやるべきことをやりに行く。」
「やるべきこと?」
エドが問い返すと、リョーフは少しだけ目を細めた。
「まだ教えてあげないけどね。」
いつもの調子だった。それ以上言う気がないらしい。
「私がいなくても、今の調子で訓練を続けるんだよ。」
アニタはすぐに姿勢を正した。
「リョーフさん、今までありがとうございました!」
深く頭を下げる。その声は、思ったより大きかった。
リョーフは少し驚いたように目を瞬かせ、それから柔らかく笑った。
「いいよ。」
一拍置いて、続ける。
「今のアニタちゃんなら、すぐにでも学生の領域は超えられる。」
アニタの目が丸くなる。
だが、リョーフはそのままエドへ視線を向けた。
「アニタちゃんが学校へ行き始めたら、エドくんは一人になる。」
その言葉に、エドは少し肩を強張らせた。
「それでも、できる訓練は欠かさないようにするんだよ。」
静かな声だった。いつもの穏やかな口調。
だが、その一言だけは妙に重く残る。
エドは少し間を置いて頷いた。
「......はい。」
短く答えた。
それしか言えなかった。
その日以降、宣言通りリョーフは姿を消した。
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