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チートが無いなら無いなりに  作者: 古賀仁成
1章 11歳少年エド。魔法を失う。魔法が無いなら無いなりに。

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38話 戦闘訓練4

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その日、エドはアニタの実験台だった。


火に焼かれ、水に溺れかけ、風に吹き飛ばされ、石をぶつけられ、

指先を痺れさせられ、気づけば足元に転がされていた。


避けようとはした。実際、何度かは避けられた。

身体を捻り、しゃがみ、転がって距離を取ることもできた。

だが、そのたびにリョーフが横から口を出す。


「今、右だ。」

「距離を取らせない。」

「次は足元。」

「考える前に撃つ。」

「追い込んで。」


その短い助言に、アニタはすぐ反応した。

迷いなく。驚くほど素直に。そして、正確に。

そのたびエドは逃げ場を失った。


読まれている。いや、違う。

リョーフが見ているのだ。エドが次にどう動くか。

その癖も、躊躇も、避け方も。


それをそのままアニタに渡している。大きな怪我こそしなかった。

危険な角度になれば、リョーフが指先一つで逸らす。

川へ落ちそうになれば風で戻される。頭を打ちそうになれば、なぜか直前で身体が止まる。


助けられているのはわかる。

だが、それが安心にはつながらなかった。


アニタは楽しそうだった。

最初こそ戸惑っていたが、一度褒められ成功を覚えると変わった。

次はどう当てるか。どこへ打てば動きを止められるか。


それを考えるのが楽しいらしい。

頬を少し上気させ、息を弾ませながら、テンポよく魔法を放ってくる。

たぶん、本人に悪気はない。


ないのだが、

それが一番困る。


ぱん、ぱん、とリョーフが手を打った。

「少し休憩にしようか。」


その言葉に、エドはその場へ座り込んだ。

すでに身体は限界に近かった。


見た目だけなら無傷だ。服も乾いているし、火傷も痣も残っていない。

途中で受けた傷は、その都度リョーフが治していた。


だが、それでも疲労は消えない。

むしろ、精神的な消耗は今までの修行とは比べものにならなかった。


次に何が来るのか分からない。避けても読まれる。防いでも次が飛んでくる。

考え続けなければならないのに、考えるほど追い詰められる。

それが、ただ重かった。


「アニタちゃん、かなりいいね。」

唐突な誉め言葉に、アニタが目を瞬かせる。


リョーフは頷いた。

「魔法を放つまでの判断が速い。」


その言葉に、アニタは少しだけ視線を逸らした。

口元がわずかに緩む。褒められているのが素直にうれしいのだろう。


「ただ、まだ魔力の操作が荒い。」

その一言で、アニタの表情が引き締まる。


「継続して魔力を細かく読みながら、精度よく使えるようにしようか。」

川の流れを見ながら、リョーフは淡々と続ける。


「魔法っていうのは、ここぞって時に大技を放つことより――」

一度だけ、指先で小石を弾く。


「細かいことを、精度高く扱える方が重要なんだ。」

その言葉を聞きながら、エドはなんとなく理解した。


派手な魔法を見せつけることではない。

相手を怯ませる火。呼吸を奪う水。体勢を崩す風に弾幕。

ほんの小さな動きで、戦いそのものを終わらせる。

それが、リョーフの考える魔法だった。


リョーフは一転して、エドへ視線を向けた。

「それに比べて、エドくんは今回いいところがなかったね。」


遠慮はなく、事実をそのまま告げる口調だった。

エドは言い返せない。実際、その通りだった。

避けようとしても読まれ、距離を取ろうとしても詰められ、何ひとつ主導権を握れなかった。


「君はただでさえ魔法が使えなくて不利なんだ。」

その声は淡々としている。

だから余計に重い。


「そのほか全部を使わないと、本当に何もできないまま命を落とすよ?」

エドは黙った。


全部。


その言葉が頭に残る。

持てる手段すべて。

身体。知識。地形。道具。言葉。そう考えてみる。


だが、自分が今、何を使えていないのか。それがわからない。


考える。思い返す。だが答えは出なかった。

そんなエドを見て、リョーフがふと思い出したように言う。


「ちなみに、君は得意な武器はないのかい?」

「無い。」


即答だった。慧導の記憶にも武器に縁はない。

せいぜい学校の授業で剣道を少し経験した程度だ。

だが、あれが自分に合っていたとは思わない。


リョーフは頷く。

「じゃあ今からでも持ちなさい。長物がいいな。」

「長物......?」

「例えば、棒とか。」


エドは顔を上げる。リョーフはそのまま言った。

「剣とか弓とかよりかは、君の性格に合ってる気がするけど。」


棒。

その言葉に、エドは少し考える。

棒術。言葉としては知っている。


だが、慧導の記憶にも、それを教える道場に出会った覚えはない。

剣道や柔道ならまだしも、棒術はかなり限られていた。

だが。


叩く。突く。払う。

考えてみれば、用途は広い。


刃がない分、扱いに神経質になる必要も少ない。

間合いを取れる。相手を近づけないこともできる。


それに――


遠くから様子を見て、相手の動きを探りながら立ち回る。

そう考えると、自分に合わない気もしなかった。


気づけば、陽は少し傾いていた。

川面を照らしていた光もやわらぎ、流れの色が金色に変わり始めている。

リョーフが軽く手を振った。


「じゃあ、今日はここまでだね。」


その一言で、その日の修行は終わった。

エドとアニタは並んで村への道を歩く。


濡れた草を踏みながら進む足取りは重い。

身体の疲労は消えていない。

リョーフに治してもらっても、疲れそのものまでは消えないらしかった。


しばらく無言で歩いていると、隣から小さな声がした。

「やりすぎちゃったかな?ごめんね。」


アニタだった。

謝ってはいる。だが、その声色に本気で反省している気配は薄い。

むしろ、どこか楽しげですらあった。


エドはちらりと横を見る。

アニタは口元を少しだけ緩めていた。

「余裕をかましていられるのも今のうちだよ。」


そう返すと、アニタはすぐに笑った。

「それはどうかなー?」


即答だった。自信があるらしい。

疲労は大きい。腕も足も重い。頭の奥まで、まだじんわりと鈍い疲れが残っている。

それでも、足取りは不思議と軽かった。


自分たちが確実に前へ進んでいる。

そんな実感があった。


森の隙間から差し込む夕陽が、二人の影を長く伸ばしていた。

その影は並んだまま、村へ続く道をゆっくり進んでいった。

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