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チートが無いなら無いなりに  作者: 古賀仁成
1章 11歳少年エド。魔法を失う。魔法が無いなら無いなりに。

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37話 戦闘訓練3

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「そして、水だけど。」

リョーフは川面に視線を向けた。


「これは凶悪だ。」

そう言って、指先をわずかに動かす。


次の瞬間、川の流れの一部が持ち上がった。

水が丸くまとまり、人の頭ほどの大きさの球になる。

透明なそれが、空中でふわりと浮かんでいた。


アニタが目を丸くする。

エドが見上げた瞬間、水球がそのまま顔へ押しつけられた。


「んぐっ!?」


反射的に息を吸ってしまう。

口と鼻を覆われ、冷たい水が一気に張り付く。


呼吸ができない。


腕で振り払おうとしても水は掴めない。

押しても逃げるだけで、形を崩しながらまた顔に張りついてくる。


「水はほかの属性に比べて応用範囲が広い。」

エドは必死で後ずさるが、水球はぴたりとついてくる。


「射程も中距離。対処の難しさで言えば、六属性で一番かもしれない。」

苦しい。頭がぐらつく。


「現に、こうやって顔に密着させれば、大抵決着がつく。」

視界の端が暗くなり始めた、その時。


ぱちん。

指を鳴らす音が響いた。

水球が一気に崩れ、そのまま地面へ落ちる。


エドは膝をつき、咳き込んだ。

「っ、げほっ......ごほっ......!」


肺が空気を求めて勝手に喘ぐ。鼻の奥まで水が入り、目も熱い。

顔から滴を落としながらエドは息を整えようとした。


「そして、アニタちゃんの得意な風だけど。」

そう言った瞬間、エドの身体が宙を舞った。


「え――。」

声になる前に、足が地面から離れていた。

何が起きたのかわからない。

突然、巨大な手に胸を押されたような衝撃が走り、そのまま身体が浮き上がる。


次の瞬間には、川へ落ちていた。

ばしゃん、と水が跳ねる。冷たい流れが背中を打ち、全身が沈む。慌てて立ち上がる。

岸の上で、リョーフが穏やかに話を続けていた。


「このように、瞬間的に強風を起こして相手を突き飛ばしてもいいし。」

まるで、今起きたことなど説明の一例に過ぎないというような口調だった。

エドは濡れた髪をかき上げながら岸へ戻る。


その間にも、リョーフは足元から拳大の石を拾い上げていた。

今度は大きく振りかぶる。

森の方に立つ一本の木へ向けて、その石を放った。


石は一直線に飛ぶ。だが、その速さがおかしかった。

人が投げた速度ではない。

腕の振りと釣り合わない加速で、空気を裂くように飛んでいく。


どん、と鈍い衝撃音が響いた。


石は木の幹へめり込み、大きく抉って止まった。

樹皮が砕け、木くずがばらばらと地面に落ちる。


アニタが息を呑む。

リョーフは投げた腕を下ろした。


「投げたものを風で押し出して威力を上げるのも有効だ。威力は、御覧の通り。」

リョーフは抉れた幹を指差す。


エドは木に残った傷を見つめた。あれが人間の頭だったら。考えるまでもない。

風は見えない。だから、余計に厄介だ。


「そして最後に光だけど。」

リョーフは一拍置いた。


「これも使いどころが難しかったりする。」

そう言って、アニタを指差す。


その瞬間だった。

リョーフの指先で、細い光が弾けた。一本の線になった光が、空気を折れ曲がるように走る。

まっすぐではない。屈折しながら、不規則な軌道でアニタへ向かった。


速すぎて目で追えない。ぱりっ。乾いた音が鳴った。

「いたっ!」


アニタが小さく肩を跳ねさせ、咄嗟に手を引っ込める。

指先を押さえながら、驚いた顔でリョーフを見る。


「静電気を起こすことができる。」


リョーフは平然としていた。

「まあ、こんな感じかな。」


アニタはまだ指先をさすっている。痛みそのものは強くないらしいが、不意打ちの衝撃が大きかったのだろう。

リョーフは指を下ろしながら続けた。

「ただ、制御して狙った部位に当てるのは割と難しい。」


「そうなんですか?」

アニタが目を丸くする。


「うん。速いから細かい調整が難しいんだ。」

さらりと答えた。


「でも、武器を持っている手にあてられれば、それだけで十分だ。」

リョーフは淡々と続ける。


「一瞬でも痺れれば握力が抜ける。うまくいけば、そのまま武器を落としてくれる。」

その言葉にエドは自分の右手を見た。確かに、ほんのわずかな衝撃でも、指先は勝手に開くことがある。

それが戦闘中なら致命的だ。


リョーフは満足そうにうなずくと、そのままアニタへ視線を向けた。

「アニタちゃんなら、威力はともかく、今やったこと全部できるだろう?」


突然の問いに、アニタは目をぱちぱちさせた。

だが少し考えた後、小さく頷く。


「できる......と思います。」

その答えに、リョーフは目を細めた。


「さすがの才能だね。」

褒められて、アニタの背筋がぴんと伸びる。


リョーフはそのまま当然のように言った。

「じゃあ今のを、どのタイミングでどれを使うのか考えながら、エドくんに的になってもらおうか。」


エドは一瞬、聞き間違いかと思った。だが、リョーフの表情は真剣だった。冗談を言った気配は一切ない。

横を見る。


アニタは一瞬だけこちらを見た。

申し訳なさそうな顔をするかと思ったが、違った。


ぱっと顔を上げる。

「はいっ!」


いつもより、ずっと元気のいい返事だった。

川の流れる音が、やけに遠く聞こえた。

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