36話 戦闘訓練2
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リョーフは足元に転がっていた拳大の石を拾い上げた。
濡れた石を掌に載せ、軽く重さを確かめるように、二、三度転がす。
何でもない仕草だったが、その手つきには妙な慣れがあった。
「じゃあ、まず土からみせようか。」
そう言って、川の方へ石を放った。
山なりに飛んだ石が、水面へ落ちる――その直前だった。
パン、と乾いた音が弾ける。
ひとつだった石が空中で砕け散り、十数個の破片になって周囲へ飛び散った。
細かな石礫が水面を叩き、ばしゃばしゃと連続した音が響く。
アニタが目を見開く。
リョーフは何でもないことのように言った。
「土魔法で石の内部に力を加えて弾けさせるんだ。投げた勢いはそのまま残るから、広範囲に散る。回避が難しくなる。」
エドは目を細めた。
一つの弾ではなく、無数の小さな球が面で襲う武器。
狙いが多少甘くても当たる。避けづらい。
距離が近ければ、それだけで致命傷になる。
――散弾銃。
なるほど、とエドは思った。
石を投げるだけなら誰でもできる。
だが、こうして魔法を重ねるだけで、一気に殺傷力が変わる。
「では次。エドくん。右腕を出してくれるかい。」
あまりにも自然な口調だった。
まるで、そこにある木の枝を取ってほしいという程度の軽さで。
そのせいか、エドは考えるより先に右腕を差し出していた。
リョーフの指が手首をつかむ。
骨ばった指だったが、不思議と力は感じない。
ただ、逃がさないという確かな感触だけがあった。
「火はこう。」
次の瞬間だった。
ぼっ、と音を立てて、掴まれた手首から炎が上がった。
「うわっ!」
思わず声が漏れる。驚きが先だった。
何が起きたのか理解するより早く、赤い火が自分の腕を包んでいるのが見えた。
そして一拍遅れて――熱が来た。
熱い、というより、焼ける。
皮膚の表面だけではない。肉の奥へ針のような熱が入り込み、じわりと神経を刺してくる。
エドが身を引こうとした瞬間、リョーフが手を離した。
同時に、炎もふっと消える。
残ったのは、まだ腕の内側に残る焼けるような感覚だけだった。
エドは思わず右手首を押さえる。
火傷はない。皮膚も焼けていない。
だが、確かに焼かれた感覚だけは残っていた。
リョーフは淡々と言った。
「火は、相手を怯ませる使い方の方が多いかな。」
そう言いながら、濡れた石を足先で転がす。
「特に接近された時だ。今みたいに直接触れて使えると効果的だよ。」
エドはまだ腕の痛みが残る中で、その言葉を聞いていた。
「炎の玉を飛ばして喜んでいる愚か者も居るけどね。」
さらりと言った。
「着弾しても燃え広がるとは限らないし、威力そのものも高くない。だったら直接対象に熱を加えて燃やしたほうが確実だ。」
その口調は穏やかだった。
穏やかなまま、人を燃やす話をしている。
「何より、自分が燃えるって相当怖いからね。」
その言葉に、エドはまだ熱の残る腕を見た。
火傷はない。傷もない。
それでも、炎が自分の身体を包んだ光景だけは鮮明に残っている。
確かに。あれが一瞬でなく、数秒でも続いていたらと思うだけで背筋が冷えた。
「あと、火に限らずだけど、対象が近いほど魔法の精度は高くなる。」
「精度......?」
アニタが小さく首を傾げる。
「そう。遠くに飛ばすほど制御は雑になる。狙いも、威力も、作用もね。」
リョーフは当然のことのように言った。
「だから近づかれたら危険。そう思わせることが大事なんだ。」
その言葉に、エドは少し理解した。
火魔法そのものより、火を使える相手に近づくこと自体を躊躇わせる。
それだけで間合いが生まれる。牽制になる。判断を鈍らせられる。
「そして、実はさっき闇魔法も使っていた。」
エドは顔を上げた。
「......え?」
腕の痛みで意識がそちらへ向いていたせいで、一瞬意味がわからなかった。
リョーフは穏やかに続ける。
「エドくん。君、無警戒に腕を差し出しただろう?」
その言葉に、エドは言葉を失った。
確かにそうだった。言われるまま、何も考えず右腕を出していた。
だが、本来ならそんなことはしない。理由を聞く。
少なくとも、何をするのか確認くらいはしたはずだ。
リョーフは指先を軽く揺らした。
「闇魔法はいろいろできるけど、一番近い解釈は精神干渉かな。」
「対象の魔力に干渉して、認識を操作する。」
エドは息を止めた。
「さっき行ったのは、私という存在の認識を薄くする操作だ。」
リョーフは自分の胸を軽くさす。
「風景の一部みたいなものだと思わせた。そこにいて当然のもの。警戒する必要のないもの、ってね。」
エドは思わず目を見開く。
だからだった。不自然だと思わなかった。疑問すら浮かばなかった。
木や石、流れる川と同じように。
そこにいるリョーフも、同じように『ただそこにあるもの』として処理していた。
「相手に直接使うこともあるけど、自分に使うことの方が多いかな。」
リョーフは続けて言う。
「気配を薄くしたり、視線を逸らさせたり。」
アニタが小さく息を呑む。
リョーフはそこで、少しだけ真顔になった。
「それでも六属性の中では一番扱いが難しい。」
穏やかな声色のまま、断言する。
「目に見えないから理解しづらいし、効果も曖昧になりやすい。使う本人が仕組みを理解していないと、ただ魔力を垂れ流すだけになる。」
火より恐ろしいと感じた。
気づかないまま操作される。それがどれほど危険か、想像するだけで背筋が冷えた。
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