35話 戦闘訓練
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「次は戦闘訓練だ。」
リョーフは朝食の献立でも告げるような気軽さでそう言った。
内容は簡単だった。
アニタには全属性の攻撃魔法を放てるようになってもらう。
エドはその相手役になる。
つまり、アニタが放つ魔法を、エドがひたすら受ける。
エドは一瞬、何かがおかしい気がした。
戦闘訓練。
それは本来、戦闘を想定し、戦闘に対応する力を身に着けるための訓練である。
少なくとも、一方的に攻撃を受け続けることを指す言葉ではないはずだ。
口を開きかけて、エドは閉じた。
言ったところで内容が変わるとは思えなかったし、
何よりリョーフの表情に冗談の気配が一切なかったからだ。
受けろ、と一言で言っても、その意味は曖昧だ。
広く解釈するなら、躱すことも、捌くことも、反撃することさえ含まれるだろう。
攻撃を受け流し、その先を読むこともまた「受ける」のうちだ。
おそらくリョーフが言ったのは、その程度の意味だ。
どうにかしろ。
どうにか適応しろ。
要するに、そういうことなのだろう。
だが一方で、ただ受けることにも意味はある。
火に焼かれればどうなるのか。
風に裂かれればどう痛むのか。
各属性の攻撃が身体に何をもたらすのか。
それを身をもって知っておくことは、おそらく無駄にはならない。
知らなければ、対処もできない。
知らなければ、避けるべきか耐えるべきかの判断すらできない。
「さて、始めようか。」
リョーフは軽く手を打つと、そのままアニタの側へ歩み寄った。
「えっ、今から?」
アニタは目を丸くした。
無理もない。
服はリョーフに乾かしてもらったとはいえ、ついさっき川から上がったばかりだ。
足元には大小さまざまな石が転がり、川の中よりはましという程度。
まともに踏み込める場所ではない。
少なくとも、一度小屋近くの開けた場所へ戻るものだと思っていた。
「当たり前じゃないか。」
リョーフは首を傾げ、呆れたような口調で言った。
「時間は有限だ。それに、君たちはいつも準備万端な状態で、敵が律義に待ってくれると思っているのかい?」
「それは......。」
アニタが言葉に詰まる。
リョーフはそのまま続けた。
「甘すぎるよ。実際の戦闘は、不意打ちから始まると思っていた方がいい。相手が凶悪な魔物ならなおさらだし、
人間相手ならもっとだ。知性の低い獣とはわけが違う。」
その声音は穏やかだった。
だが、その内容は容赦なかった。
エドは無意識に足元へ視線を落とした。
確かに、と思う。
足場が悪いから待ってくれ、などと敵に言えるはずがない。
戦う場所を選べるのは襲う側だけだ。
「まあいい。」
リョーフは軽く肩をすくめる。
川辺を抜ける風が、まだすこし湿っている服の裾を揺らしていく。
アニタは背筋を伸ばしたまま、話を聞いていた。
「アニタちゃん。魔法六属性の基本的な扱い方はわかるかな?」
突然の問いに、アニタはぱちぱちと目を瞬かせた。
だがすぐに真面目な顔になり、記憶をたどるように口を開く。
「はい。えっと、まず火は、対象に熱を加えることです。物を温めたり、発火させたりできます。」
指を一本立てる。
「水は、対象の水を操ること。土は地面とか石とかを動かして。」
二本、三本と指が増えていく。
「風は風を起こしたり。光は明るくしたりで、闇は、えっと、音を小さくしたり、気配を薄くしたり......ですかね?」
最後だけ少し声が弱くなった。
自信がないのだろう。
リョーフは頷いた。
「うん。概ね正解だ。まだ幼いのによく勉強しているね。」
そのまま、柔らかな笑みを浮かべる。
褒められた瞬間、アニタの肩がぴくりと跳ね、それから少し照れくさそうに視線を落とす。
「うちに、本があるから。」
そう、小さく答えた。
リョーフは思い出したように顎へ手を当てた。
「そういえば、来年から王都の学校に行く話をしていたね。」
「あ、はい。その予定です。」
「なるほど。それなら特待生も狙えるわけだ。」
アニタは慌てて両手を振った。
「い、いや。まだ特待生になれるかは......」
「そっか。まだ決まってないんだね。」
リョーフはあっさり頷く。
だが次の瞬間、当たり前のような口調で続けた。
「大丈夫。特待生どころか、主席になってもらうから。」
一瞬、風の音だけが流れた。
アニタの口がぽかんと開く。
「えっ......ええっ!?」
素っ頓狂な声が川辺に響いた。
リョーフはきょとんとした顔で首を傾げる。
まるで、そんなに驚くことだったかと本気で思っているようだった。
「ん?」
穏やかな声で返し、そのまま続ける。
「所詮、王都の学校だもの。一番くらい取ってもらわないと。」
アニタは言葉を失ったまま、口をぱくぱくと開閉させていた。
リョーフはそんな反応にも構わず、川の流れに目を向ける。
「だって、子供の集まりだよ?」
その言葉に、エドは思わず眉をひそめた。
王都の学校。
地方の子供にとっては、選ばれたものだけが進める学び舎だ。
少なくとも、この村で育ったアニタにとってはそういう場所のはずだ。
それを、この男は子供の集まりと切って捨てる。
「君たちが目指すものって、それの遥か先だろう?」
さらりと告げられたその言葉に、アニタだけでなく、エドまで一瞬返す言葉を失った。
その声音には誇張も励ましもなかった。
本当に、当然のことを口にしただけの響きだった。
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