2話 混線
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何も見えなかった。
だが、見えないという認識だけはあった。
――暗い。
そう判断した瞬間、その言葉に違和感が生まれる。
暗いとは、光を知っている者の言葉だ。では、己はそれを知っているのか問いかける。
幾度となく行ってきた自問自答。いくら月日が経てどもそれだけはやめることができないのだろう。
知っている。
知っているはずだ。
森の木漏れ日、差し込む光、目を細めた記憶。
カーテンの隙間から差す光、窓から見えるりんごの実。父さんの背中。
――違う。
もっと強い光を、知っている。
ガラス越しに差し込む朝日。書類の山。ネオン街。
数字。判断。金色に輝く仏像。剃った髪。
それは、子供の記憶ではなかった。
では、これは誰のものだ。
立っているかもわからないが、ひどく足元が不安定に思う。
確か先ほど子供と話していたような、
――いや。
目が合っただけだったか。
誰かと問答をしていなかったか。
――いや
誰かを探していたのだったか。
そんなことより薪割りをしなくては。掃除の続きをしようか。
真っ暗なはずなのに何を掃くというのか。
右脳と左脳が混ざり合ってとけあって、その中で再分離しながら
また脳を形づくるような、奇妙な感覚があった。
長く時間を過ごした気もするし、せいぜい十年と少ししか過ごしていなかった気もする。
――ただ、
何か虚しさだけは、ずっと感じていたような気がする。
深い深い、海の底を揺蕩う感覚。
海なんて見たこともないのに、不思議だ。
ゆっくりと、走馬灯のように、記憶が流れてくる。
そこで自分を再認識する。
――遠くから声が聞こえる。
自分を呼ぶ声だ。ずいぶん長く眠っていたせいか、ひどく懐かしい。
そして必死な響き。
もっとはっきり聞こうと耳を澄ませた、その瞬間――
「ごめんよ、少し壊れてしまったようだ。」
すぐ耳元で囁かれた。
あまりにも近すぎて、距離の感覚が狂う。
ドクン、と心臓が跳ね上がる。
――息。
一気に空気が流れ込み、肺が焼けるように膨らんだ。
視界が弾け、光が差し込む。
土の匂い。湿った草。背中に当たる硬さ。
「エド!」
すぐそばで、今度は確かな声が聞こえた。
目を開けると、覗き込むアニタの顔があった。
「よかった......!急に倒れるから――」
――倒れる?
言葉を受け取りながら、遅れて理解する。
「大丈夫、ですよ。」
一拍遅れて言葉がつながる。
それなのに、口に出してから、違和感に気づく。
「あ、いや。大丈夫。」
エドはゆっくりと体を起こす。記憶より身体が軽い。
それに内側が妙に静かだ。
「エド、本当に平気?」
「……エドウ」
「え?エドゥ?」
「いや、今のなし。エドでいい。」
立ち上がると、いつもの小屋の裏手が見える。
ただ、見慣れたはずの景色が、ほんの少しだけ違って見えた。
――気がした。
日差しが高い。
思ったより、長く倒れていたらしい。
「ごめん、心配かけたね。」
そう言って、帰ろうと促す。
歩き出そうとして――
気づけば、アニタの手を取っていた。
「え、ちょっ......」
気にせず、そのまま手を離さず歩き出す。
見慣れたはずの帰り道。
なのに、どこか輪郭がはっきりして見える。
――いや、違う。
見えているのは同じで、
変わったのは、見ている側かもしれない。




