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チートが無いなら無いなりに  作者: 古賀仁成
1章 11歳少年エド。魔法を失う。魔法が無いなら無いなりに。

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1話 頭痛

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庭先で赤く実ったリゴの木の実は、2階の自室で寝ているエドの部屋までその芳醇な香りを漂わせ、

食べごろであることを知らせてくれる。

裏手の森から、ケンの鳴き声が村に朝を知らせる。

誰かが井戸を引く音。木を割る音。家畜の鳴き声。そして、パンが焼ける香り。当たり前の朝。

まだ眠たげな瞼をこすりながら起き上がり、カーテンを引く。

窓から見える畑では、エドの父が野菜に水やりをしていた。

少し身を乗り出してリゴの実を一つとる。

「おはよう父さん!」

リゴをかじりながら種を飛ばし、軽く声をかけると、そのまま階下へ向かった。


調理場でエドの母が朝食を作っている。

「おはよう、母さん。」

「おはよう、エド。あなた、昨日の薪割りさぼったわね?足りなくなる前にさっさと追加して頂戴。」

早速怒られバツが悪そうにするエド。


エドは一瞬だけ考える。

昨日、確かに薪は割っていない。だが、割らなかった理由はある。

湿っていた。乾かしたほうが燃費がいい。足りないことも無いだろう。急ぐ理由は無かった。

――予定外に使った?


テーブルには朝食のパンとハムと野菜。先ほど目が覚めた時にパンが焼ける香りがした。

いつもよりパンを多く焼いているのか、まだ焼いている途中のようだ。

「またサンタナおばさんから小麦をもらったの?」


「ええ。今朝も来てくれてね。」


エドは軽く頷く。

あの人はよく何かを持ってくる。


「なんでわかるのよ、そんなの」


母があきれたように言う。

エドは首をかしげる。


「見ればわかるよ。昨日と薪の減り方が違うし。」


自分では当たり前のことを言っているつもりだった。


兎に角――

足りなくなるのであれば、切るしかない。


エドは食べかけのリゴの実をテーブルに置くと、代わりにパンに野菜とハムをはさみ、それをほおばる。

のどに詰まらせてはいけない。

時間をかけてゆっくりと食べきると、裏庭へ向かった。

途中、父親が切り株に腰を下ろし汗をぬぐいながら休んでいる。

どうやら朝食をゆっくり食べたかいがあったようだ。

「ありがとう、父さん。」


「ん?あぁ。そうだ、エド。薪が少なくなっていたから切っておいたぞ。って、なんのお礼だ?」

「それのだよ。」

父親はなんのことかわからず戸惑いながらエドを見るが、エドはその視線の意味が分からない。

一仕事やらずに済んだため踵を返す。

そろそろ幼馴染のアニタが古小屋に着いている時間だろう。

村はずれにある森、その奥にある古小屋へ向かった。


村はずれの森は、子供たちの遊び場だった。

うっそうと生い茂る木々。朝露に濡れた草が足首を撫でる。

踏みしめるたび、湿った土がわずかに沈み込む。


古小屋は、森の中でも少し開けた場所にあった。

壁はところどころ剥がれ、屋根も少し傾いている。だが、子供たちにとっては十分な拠点だった。


「遅いよ、エド!」


声が飛んでくる。

振り向くと、アニタが手を振っていた。

足元には摘みかけの花がいくつか転がっている。


「別に遅くないと思うけど」


エドがそう返すと、アニタは頬を膨らませる。


「待ってたんだから遅いの!」


言いながら、黄色いポンタタをひとつ放り投げる。

それは途中でふわりと浮き、風に乗るよう軌道を変え、

そのままエドの顔をめがけて飛んできた。


エドは軽く首を傾けそれを避けようとしたが、

――避けられる軌道だった。

花はさらに軌道を変えて

エドの鼻を軽く小突いた。


アニタは満足げに笑う。

その表情に、悪びれる様子は一切なかった。

そして、また花を摘みに森の中に入っていった。


小屋の中は相変わらず散らかっていた。

かつてここに住んでいた老人が集めたものが、そのまま残されている。


棚には見慣れない花が干されたままつるされている。

虹色に光る花弁は、今でもかすかに、甘くも酸っぱい、少し眠たくなるような香りを放っていた。


分厚い図鑑が無造作に積まれている。

何度も読み返したせいで、角は擦り切れ、ところどころ頁が外れかけている。


壁際には、刃の無い剣の柄。

大昔、神すら切り裂いた剣の一部だと老人は言っていたが、確かめようはない。


窓辺には小さな風車。

魔力を流し込めば風が無くても回り続ける。

ほんの数秒、エドはその風車を回してみた。カラカラと子気味よい音が聞こえる。


部屋の隅にある机の下には用途のわからない球体が転がっていた。

触るたびに微かに温度が違う気がする。


どれも村の大人たちはガラクタだと笑っていた。

だが――

エドにとっては、或いは老人にとっては違った。


エドは棚から一冊の本を取り出す。


擦り切れた表紙。何度も開いた跡。

とある旅人が記した、冒険譚だった。


ページをめくる。

そこには、まだ見たことのない世界が広がっている。


ラッシア大陸の王国を出発し、

灼けつくアリラトの大地を駆け、

ティーベイ海に沈む船から財宝を引き上げ、

ベイ大陸の乾いた風に追われる。


さらに遠く。


ドドイン海の嵐。

イティック海の凍てつく風。

そして――バンキョクの、凍りついた大地。


エドは頁を止める。


そこには、青年が魔法を使い、知恵を絞り、

どうにかして生き延びた記録が書かれていた。


派手な話ではない。

むしろ、失敗ばかりだ。


それでもエドは――


こんなふうに、生きてみたいと思った。


外から声がする。


「エド、見てこれ!」


アニタの声で、エドは不意に現実に引き戻された。

――本を閉じる。


小屋の外に出る。誰もいない。

さっきまで聞こえていたはずの声が、嘘のように消えていた。


「......アニタ?」

呼びかけるが返事はない。


小屋の周囲を見渡す。

花がいくつか落ちている。さっきまでいた形跡はある。

だが、姿がない。


こんなに離れることはないはずだ。

もう一度、声をかける。返らない。


――静かすぎる。


さっきまで気にならなかったはずの森の音が、妙に遠い。

エドは一歩、踏み出す。


土の沈む感触だけが、やけに、重い。


小屋の裏。

木の陰。

少し奥まで視線を伸ばす。


いない。


――おかしい。


胸の奥で、何かがざわつく。


大人を呼ぶべきか。


そう思った、そのときだった。


視界の端に、何かが映る。

森の奥。

人影。


「......アニタ?」


呼びかけるが反応は無い。


近づく。


違う。


背丈が、違う。


子供ではある。だが、知らない。


見たことが――

ある、気がする。


思考が止まる。




それは、最初からこちらを見ていた。




目が合う。

――その瞬間。

視界が揺れる。立っていられない。来る。

理解するより先に。頭の奥が弾けた。痛い。


痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い


もはやどこが痛いのかすらわからない。

内側から、何かが食い破ってくるような感覚。

熱でも冷たさでもない、理解できない刺激。

視界の裏側、脳の奥。無数の何かが這い回る。


声が出る。叫ぶ。

だが、それが自分のものかどうか、分からない。


――流れ込んでくる。


知らないはずの記憶。

知らないはずの時間。


寺。

言葉。

人。


少年の視点。

青年の視点。

老いた男の視点。



――違う。


――だが、


同じだ。


そして、

不思議な子供。


全部が混ざる。

区別がつかない。

ただ、ひたすら、痛い。


――これは、誰だ。


痛みはついに限界を超え――


そのまま、何もわからなくなった。

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