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チートが無いなら無いなりに  作者: 古賀仁成
1章 11歳少年エド。魔法を失う。魔法が無いなら無いなりに。

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28話 試験2

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エドはその場へ、すとんと腰を下ろした。

向かい合うように、リョーフの正面へ。


踏み固められた土の感触が尻越しに伝わる。

まだ先ほど巻き上がった土埃が完全には落ちきっておらず、風が吹くたび薄く舞った。


少し離れた場所では、アニタが駆け去った先の枝葉が揺れている。

その音もすぐに遠ざかり、開けた場所には妙な静けさだけが残った。


向かい合う二人の間にあるのは、土に描かれた円だけ。

たったそれだけなのに、不思議と距離はずっと遠く感じられた。


リョーフは胡坐を崩さない。

先ほどエドの蹴りを額で受けたとは思えないほど穏やかな顔で、静かにこちらを見ている。

その視線を受け止めながら、エドはまっすぐ相手の目を見返した。


「どうしたんだい?」


リョーフが小さく首を掲げる。


「まさか、世間話でもするつもりかい?」


口調は軽い。

けれどその目は、少しも油断していなかった。

アニタを走らせた理由を探っている。そんな気配があった。


エドは肩をすくめる。


「最初はそれもいいかもしれないな。」


その返事に、リョーフの眉がほんのわずかに動いた。

笑うでもなく、怒るでもなく。

ただ、その変化だけで相手がこちらの意図を測ろうとしているのが分かる。


「それより、エド君。君はまだ魔法を使っていないようだけど?」


エドは少しだけ視線を落とした。

地面に引かれた円。

その線を見つめながら、短く息を吐く。


「僕はもう魔法を使えないんだ。魔力を、まったく感じることができない。」


言葉にした瞬間、自分でも妙にその響きが重く感じた。

リョーフの表情がわずかに変わる。


「魔力を?」

エドは小さく頷いた。


「つい最近ね。小屋に魔力で動く風車があるだろ?あれもまったく動かせなくなったんだ。」

ふと、小屋の窓際に置かれたそれが脳裏に浮かぶ。


若葉を透かしたような淡い緑色の羽根。

表面はなめらかで、指先を滑らせればひんやりとした感触が返ってくる。

巨大な虫の翅を、そのまま厚く固めたような、不思議な素材でできた小さな風車。


以前なら、意識を向けるだけで羽根はカラカラと回った。

けれど今は、どれだけ集中してもぴくりとも動かない。


リョーフは静かに頷いた。


「それは、辛い出来事だったね。」

その声に軽さはなかった。


「私も魔法が使えなくなった人を何人か見たことがある。高熱とか、ひどい頭痛とかあったのかい?」

エドは少しだけ口を閉ざす。


あの時の間隔を思い出した。


内側から、何かが食い破ってくるような感覚。

熱でも冷たさでもない。言葉にできない刺激。

視界の裏側、脳の奥を、無数の何かが這い回るような、ひどい頭痛。


「......まあ、そんなところ。」

短く返す。


リョーフはそれ以上追及しなかった。

ただ、エドを見る目が少しだけ変わる。

「その状態でなお、アニタちゃんを守れたんだね。」


エドは答えない。

守れたと言い切れるほどの結果ではなかった。

偶然が重なっただけだ。

一つ嚙み合わなければ、どちらかが死んでいてもおかしくなかった。


「でも、足りない。」

ぽつりと漏れた声は、自分でも驚くほど静かだった。


リョーフはその言葉を聞いて、ふっと口元を和らげた。

「わかった。」

穏やかに頷く。


「足りない分は、できるだけ補おう。」

その笑顔は、軽いようでいて真剣だった。


エドは小さく息を吐く。


ありがたい言葉だった。

きっと、本気でそう思って言っている。


――だが、その前に。


まだ終わっていない。これを終わらせなければ。


リョーフはエドを見つめたまま、小さく首を傾げた。

「それで、私をどうやって円から出すつもりなのかな?」


エドは肩をすくめる。

「いまからそれを考えるのも、あなたの仕事だ。」


その言葉に、リョーフの眉がわずかに上がる。

問い返すことはなかった。


エドはそのまま姿勢を整えた。

背筋を伸ばし、浅く息を吸う。


両手を下腹の前で重ねる。

指先を自然に合わせ、力を抜く。


それは、座禅の姿勢だった。


この体で、こうして座ることは無かった。

それでも、なんだか身体に馴染んでいるような気がした。



土の冷たさが、足の裏からじんわりと伝わってきた。


踏み固められた地面は思ったより硬い。

何度も人が踏みしめた土だ。わずかに湿り気を含み、体重を預けてもほとんど沈まない。

裸足ではないのに、その感触が妙に鮮明だった。


指先から力が抜けていく。

肩の奥に残っていた強張りが、ゆっくりほどけていくのがわかる。



息を吸う。

森の匂いが胸いっぱいに広がった。



湿った土。

切り倒された木の断面から立ち上る、生木の青臭さ。

少し離れたところに積まれた薪の乾いた香り。

風に揺れた草の青さ。

どこかに咲いている小さな花の、甘さにも似た薄い匂い。



吐く。

頬を撫でる風が、さっきまでとは別のものに感じられた。



暴風ではない。アニタがおこした荒々しい力の流れでもない。

ただ、森を渡るだけの自然な風だ。


頭上で葉が擦れ合う。

枝がしなる。

遠くで鳥が鳴く。

その間を、名も知らない虫の羽音がかすめる。


一つひとつは小さな音なのに、不思議と耳に入ってくる。


さっきまでは聞こえなかった。

必死だったからか。

焦っていたからか。



それとも――。

自分がただ見失っていただけなのか――。



呼吸が、自然と深くなっていく。


吸って。

吐いて。


その繰り返しだけで、胸の奥に張り付いていた焦りが少しずつはがれていく。



目を、半分だけ閉じる。

単純な力では敵わない。

その現実は、もう十分理解していた。

だからこそ、落ち着く。



呼吸がさらに静かになる。

意識が、自分の内側と外側をゆっくり往復していく。


土。

風。

匂い。

音。


その全部の中に、自分もただ座っていた。

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