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チートが無いなら無いなりに  作者: 古賀仁成
1章 11歳少年エド。魔法を失う。魔法が無いなら無いなりに。

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25話 日常

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話し終えたあと、部屋には静かな沈黙が落ちていた。

ぱち、と薪が爆ぜる音だけが、小さく響いた。


誰もすぐには口を開かなかった。


「僕は、もう寝るよ。」

静寂に耐え切れなくなったように、エドは席を立つ。


「もう、大丈夫なの?」

リラが心配そうに声をかけた。


「うん。疲れたけど、大きな怪我はなかったし、細かい傷もリョーフさんが治してくれたから。僕はもう大丈夫だよ。」

そう言い残し、エドは自室へ戻ろうとした。


「今の話、村長には俺から伝えておく。お前はゆっくり休め。」

ヴァンスの低い声が背中に届く。


エドは足を止め、小さく振り返った。

「ありがとう。」


それだけを返し、部屋を後にする。

廊下は静かだった。


家族の気配だけが、かすかに背中へ残っている。

家族には心配をかけまいと、ああ言った。

だが、実際はかなり危うかった。


一歩間違えれば、今こうして家へ帰ることすらできなかっただろう。

全部、運がよかったからとしか言えない。

細い糸を、必死に手繰り寄せるような生還だった。


自室へ戻ったエドは、倒れ込むようにベッドへ身体を預けた。


目を閉じる。

けれど、意識はなかなか沈んでくれなかった。


思い浮かぶのは、後悔ばかりだった。

もっと、自分に力があれば。

魔法が使えなくなっていなければ。

もっと、冷静に動けていれば。


アニタだって不安でたまらなかったはずだ。

気丈に振る舞ってはいたが、怖くなかったはずがない。

きっと、心に大きな傷を負わせてしまった。


もっと、自分がうまくやれていれば。


そんな後悔を胸に抱えたまま、エドは浅い眠りへと落ちていった。




朝の光が、窓の隙間からゆっくりと差し込んでいた。

ぼんやりとした意識のまま、エドは小さく身じろぎをする。

その瞬間、身体のあちこちに重だるさが広がった。


「あー......。」

思わず、気の抜けた声が漏れる。


腕も脚も、まるで昨日とは別物みたいに重かった。

森の中を歩き回り、走り続けた疲労が、眠っている間に全身へ染み込んでしまったようだった。


リョーフの治癒魔法のおかげで傷はない。

けれど、疲れていないわけではない。

むしろ安心したことで、張り詰めていたものが一気に抜けてしまった気がする。


ベッドの上でしばらく天井を見つめる。

窓の外からは、村人たちの話し声や、荷車の軋む音がかすかに聞こえてきた。


いつもの朝だ。

昨日まで、自分たちが命の危険にあったことが、嘘みたいに思えるほどに。

階下へ降りると、香ばしい匂いがふわりと鼻をくすぐった。


リラが、いつものように朝食の支度をしている。

焼き立てのパンに、温かなスープ。

小さな家の中には、見慣れた朝の空気が満ちていた。


ヴァンスの姿はない。

どうやら、もう畑仕事へ出ているらしい。


「おはよう。もう起きて大丈夫なの?」

リラが振り返り、心配そうに声をかける。


「おはよう。うん。筋肉痛はひどいけど、元気だよ。」

そう答えながら椅子へ腰を下ろす。


身体は重い。

けれど、こうして朝食の匂いに囲まれていると、不思議と少し安心した。


エドは朝食を手早く食べ終えると、椅子から立ち上がった。


「もう行くの?」

食器を片付けながら、リラが顔を上げる。


「うん。ちょっと外に出てくる。」

そう言って戸口へ向かうエドに、リラは不安そうな視線を向けた。


「どこへ行くの?」

「いつもの小屋だよ。森の、ルメス爺さんが住んでたあの小屋。」


エドは振り返り、小さく肩をすくめる。

「あそこが、一番落ち着くんだ。」


リラは少しだけ目を細め、それから静かに頷いた。

「そう。でも、あまり無理はしないでね。」


その声には、まだ消えきらない心配が滲んでいる。

「遅くならないうちに帰ってくるのよ。」

「うん。」


短く返事をして、エドは家の扉を開けた。

外へ出ると、朝の澄んだ空気が肌を撫でた。


畑では、朝から鍬を振るう大人たちの声が響いている。

家々の煙突からは白い煙がゆるやかに立ち上り、どこからか焼き立てのパンの香りも漂ってきた。


道端では、幼い子供たちが土を蹴り上げながら駆け回っている。

笑い声が風に乗り、鳥の鳴き声と混じり合った。

いつもの村の景色だった。


そのはずなのに。


エドには、その光景が少しだけ遠いもののようにも感じられた。

昨日、自分たちは森の中で必死に生き延びようとしていた。

命を落としていても、おかしくなかった。


けれど村は、そんなことなど知らぬかのように、いつも通りの朝を迎えている。


それがどこか不思議で――そして、少しだけ安心した。


村はずれの小さな森。

その奥へ足を踏み入れると、村の喧騒は背後へと遠ざかっていく。


代わりに耳を満たすのは、葉擦れの音、鳥たちのさえずり、枝を渡る小動物のかすかな気配。

幼いころから何度も通った道。


木々の隙間から差し込む陽光も、踏みしめる土の感触も、すべて身体が覚えている。

やがて見えてくるのは、かつてルメス爺さんが住んでいた古びた小屋。


静かな森の中に、ひっそり佇むその場所は、今でもエドにとって特別な場所だった。

だが、その日はいつもと違っていた。


小屋の前に、見慣れた馬がいた。

二頭のウーマが、木陰で静かに草を食んでいる。

見覚えのある馬を目にして、エドはすぐに気づく。


「リョーフ......」


どうやら、まだ村を離れてはいないらしい。

昨日のことを思い出す。


村長が、今夜は村に泊まっていくよう勧めていた。

だがリョーフは、「近くの友人を訪ねる」と言って、それを断っていたのだ。


あのときは、早く村を出るための口実だと思っていた。


けれど――。


エドは改めて小屋を見つめる。

まさか、その友人というのはルメス爺さんのことだったのだろうか。

そんなことを考えながら、エドは静かに扉へ手をかけた。

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