25話 日常
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話し終えたあと、部屋には静かな沈黙が落ちていた。
ぱち、と薪が爆ぜる音だけが、小さく響いた。
誰もすぐには口を開かなかった。
「僕は、もう寝るよ。」
静寂に耐え切れなくなったように、エドは席を立つ。
「もう、大丈夫なの?」
リラが心配そうに声をかけた。
「うん。疲れたけど、大きな怪我はなかったし、細かい傷もリョーフさんが治してくれたから。僕はもう大丈夫だよ。」
そう言い残し、エドは自室へ戻ろうとした。
「今の話、村長には俺から伝えておく。お前はゆっくり休め。」
ヴァンスの低い声が背中に届く。
エドは足を止め、小さく振り返った。
「ありがとう。」
それだけを返し、部屋を後にする。
廊下は静かだった。
家族の気配だけが、かすかに背中へ残っている。
家族には心配をかけまいと、ああ言った。
だが、実際はかなり危うかった。
一歩間違えれば、今こうして家へ帰ることすらできなかっただろう。
全部、運がよかったからとしか言えない。
細い糸を、必死に手繰り寄せるような生還だった。
自室へ戻ったエドは、倒れ込むようにベッドへ身体を預けた。
目を閉じる。
けれど、意識はなかなか沈んでくれなかった。
思い浮かぶのは、後悔ばかりだった。
もっと、自分に力があれば。
魔法が使えなくなっていなければ。
もっと、冷静に動けていれば。
アニタだって不安でたまらなかったはずだ。
気丈に振る舞ってはいたが、怖くなかったはずがない。
きっと、心に大きな傷を負わせてしまった。
もっと、自分がうまくやれていれば。
そんな後悔を胸に抱えたまま、エドは浅い眠りへと落ちていった。
朝の光が、窓の隙間からゆっくりと差し込んでいた。
ぼんやりとした意識のまま、エドは小さく身じろぎをする。
その瞬間、身体のあちこちに重だるさが広がった。
「あー......。」
思わず、気の抜けた声が漏れる。
腕も脚も、まるで昨日とは別物みたいに重かった。
森の中を歩き回り、走り続けた疲労が、眠っている間に全身へ染み込んでしまったようだった。
リョーフの治癒魔法のおかげで傷はない。
けれど、疲れていないわけではない。
むしろ安心したことで、張り詰めていたものが一気に抜けてしまった気がする。
ベッドの上でしばらく天井を見つめる。
窓の外からは、村人たちの話し声や、荷車の軋む音がかすかに聞こえてきた。
いつもの朝だ。
昨日まで、自分たちが命の危険にあったことが、嘘みたいに思えるほどに。
階下へ降りると、香ばしい匂いがふわりと鼻をくすぐった。
リラが、いつものように朝食の支度をしている。
焼き立てのパンに、温かなスープ。
小さな家の中には、見慣れた朝の空気が満ちていた。
ヴァンスの姿はない。
どうやら、もう畑仕事へ出ているらしい。
「おはよう。もう起きて大丈夫なの?」
リラが振り返り、心配そうに声をかける。
「おはよう。うん。筋肉痛はひどいけど、元気だよ。」
そう答えながら椅子へ腰を下ろす。
身体は重い。
けれど、こうして朝食の匂いに囲まれていると、不思議と少し安心した。
エドは朝食を手早く食べ終えると、椅子から立ち上がった。
「もう行くの?」
食器を片付けながら、リラが顔を上げる。
「うん。ちょっと外に出てくる。」
そう言って戸口へ向かうエドに、リラは不安そうな視線を向けた。
「どこへ行くの?」
「いつもの小屋だよ。森の、ルメス爺さんが住んでたあの小屋。」
エドは振り返り、小さく肩をすくめる。
「あそこが、一番落ち着くんだ。」
リラは少しだけ目を細め、それから静かに頷いた。
「そう。でも、あまり無理はしないでね。」
その声には、まだ消えきらない心配が滲んでいる。
「遅くならないうちに帰ってくるのよ。」
「うん。」
短く返事をして、エドは家の扉を開けた。
外へ出ると、朝の澄んだ空気が肌を撫でた。
畑では、朝から鍬を振るう大人たちの声が響いている。
家々の煙突からは白い煙がゆるやかに立ち上り、どこからか焼き立てのパンの香りも漂ってきた。
道端では、幼い子供たちが土を蹴り上げながら駆け回っている。
笑い声が風に乗り、鳥の鳴き声と混じり合った。
いつもの村の景色だった。
そのはずなのに。
エドには、その光景が少しだけ遠いもののようにも感じられた。
昨日、自分たちは森の中で必死に生き延びようとしていた。
命を落としていても、おかしくなかった。
けれど村は、そんなことなど知らぬかのように、いつも通りの朝を迎えている。
それがどこか不思議で――そして、少しだけ安心した。
村はずれの小さな森。
その奥へ足を踏み入れると、村の喧騒は背後へと遠ざかっていく。
代わりに耳を満たすのは、葉擦れの音、鳥たちのさえずり、枝を渡る小動物のかすかな気配。
幼いころから何度も通った道。
木々の隙間から差し込む陽光も、踏みしめる土の感触も、すべて身体が覚えている。
やがて見えてくるのは、かつてルメス爺さんが住んでいた古びた小屋。
静かな森の中に、ひっそり佇むその場所は、今でもエドにとって特別な場所だった。
だが、その日はいつもと違っていた。
小屋の前に、見慣れた馬がいた。
二頭のウーマが、木陰で静かに草を食んでいる。
見覚えのある馬を目にして、エドはすぐに気づく。
「リョーフ......」
どうやら、まだ村を離れてはいないらしい。
昨日のことを思い出す。
村長が、今夜は村に泊まっていくよう勧めていた。
だがリョーフは、「近くの友人を訪ねる」と言って、それを断っていたのだ。
あのときは、早く村を出るための口実だと思っていた。
けれど――。
エドは改めて小屋を見つめる。
まさか、その友人というのはルメス爺さんのことだったのだろうか。
そんなことを考えながら、エドは静かに扉へ手をかけた。
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