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チートが無いなら無いなりに  作者: 古賀仁成
1章 11歳少年エド。魔法を失う。魔法が無いなら無いなりに。

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23話 帰還2

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誰かがこちらを指さし、声を上げる。

それが合図になったかのように、ざわめきが広がっていった。


「帰ってきた......!!」

その声は、次第に確信へと変わる。


走り出す足音が増える。

何人もの村人が、こちらへ向かって駆けてくるのが見えた。


「アニタ!」

鋭い声が、空気を切り裂いた。

村長だ。


普段の落ち着きは影もなく、年齢を感じさせない勢いで駆け寄ってくる。

その後ろから、奥さんも必死に追いかけていた。


「無事なんだな......!」

言葉は途中で崩れる。

村長の手が、アニタの肩に触れる。確かめるように、何度も。


「......うん!」

アニタは一瞬だけ目を見開き、小さく、それでもはっきりと頷いた。


次の瞬間、奥さんがその身体を強く抱きしめる。

「よかった......!本当に......!」


抑えきれなかった嗚咽が、零れ落ちた。

アニタの身体がわずかに揺れる。

けれど、振りほどかない。そっと、その背に手を回す。


「うえぇ......こわ、こわかったよぉ......っ」

アニタは顔を押し付けるようにして、母にしがみついた。

嗚咽が、何度も何度もこみ上げる。


その光景を、エドは少しだけ離れた場所から見ていた。

ここまで来て、ようやく。

終わったのだと、思った。


「エドっ!」

今度は自分の名前だった。

顔を上げると、見慣れた二人の姿。

リラとヴァンスだ。


リラはもう、転びそうな勢いで駆けてくる。

ヴァンスはその少し後ろで、歩幅を大きく保ったまま距離を詰めていた。


何度も自分を呼ぶ声は震え、次の瞬間、リラの腕がエドの身体を包み込んだ。

その細い腕からは想像できないほどに、強い力だった。


「無事で、よかった......!」

胸元でくぐもった声が聞こえる。

エドはそっとリラの背に手を回し――


「ただいま。」


短く、それだけを言った。

ヴァンスがすぐそばまで来て、立ち止まる。

そして、ただエドの顔をじっと見て、小さく頷いた。


言葉はなかったし、必要もなかった。

エドもまた、軽く頷き返す。


周囲のざわめきが、少しずつ戻ってくる。

安堵と興奮が入り混じった声が、あちこちで上がっていた。


少し遅れて、リョーフの馬車が村へ入ってくる。

軋む車輪の音に、何人かが振り返った。


「......あなたは?」

最初に声をかけたのは村長だった。

アニタから手を離し、ゆっくりと一歩前に出る。


その視線は、まっすぐに馬車の男へ向けられていた。


この村に出入りする商人の顔は、ある程度決まっている。

長く暮らしていれば、自然と覚えるものだ。

だが、この男は違う。


それに――


村長の視線がエドとアニタへ一瞬だけ移り、

そして、再びリョーフへ戻った。


――この二人を連れてきた。

話を聞かないわけにはいかない。


「どちら様でしょうか。」

声の調子は落ち着いていたが、先ほどまでとは違う硬さが混じっていた。


「私は旅の商人、リョーフと申します。」

軽く一礼してから、言葉を継ぐ。


「この村の近くで野営の準備をしていたところ、森から出てくる二人を見かけまして。」

一度だけ、エドとアニタへ視線を向ける。


「かなり消耗している様子でしたので、ひとまず保護しました。」


声は穏やかだが、よく通る。


「話を聞く限り、誘拐犯から逃れてきたとのことでしたので、野営は切り上げ、こちらまでお連れした次第です。」

そこで言葉を切り、わずかに間を置く。


「ご家族のもとへ、......無事お届けできたようで何よりです。」

村長は、リョーフの言葉を最後まで聞き終えると、ゆっくりと息を吐いた。


「そうでしたか。」


短くそう言ってから、深く頭を下げる。

「このたびは、村の子らを助けていただき......本当に、ありがとうございます。」


その声には、先ほどまでの緊張とは違う重みがあった。


「こんな時間です。今から次の場所へ向かうのも、骨が折れるでしょう。」


一歩、間を置く。


「あいにくこの村には宿がありませんで。よろしければ今夜は我が家にお泊りください。」

穏やかな口調で、そう続けた。


「ささやかなもてなししかできませんが、せめてもの礼とさせていただきたい。」


村長の提案に、リョーフは軽く礼を返し、小さく首を横に振った。

「いえ、この子らが助かったのは、あくまで自らの力です。」


一度だけ、エドへ視線を向ける。

「私はほんの簡単な手当をしたに過ぎません。それに――」


そう言ってから、わずかに間を置く。

「この近くに、ひとり友人がおりまして。」


言葉を選ぶように続ける。

「今夜は、そちらを訪ねるつもりなのです。」


最後に柔らかな笑みを浮かべた。


「......せめて、食事だけでも」

村長は引かず、言葉を重ねた。


「いえ。本日中に片付けておきたい用もありまして」

リョーフは穏やかな口調のまま、やんわりと首を振る。


「......そうですか」

わずかな間が落ちる。


「お気遣いだけで十分ですよ」

やわらかな声音に、拒絶の色は薄い。だが、線は引かれている。


「では、明日。この村を発たれる前に、我が家へお立ち寄りください」

村長は間を置かず、形を変えて言葉を差し出した。


「......」

リョーフはすぐには答えない。


「その際に、改めて礼をさせていただきたい」

静かな調子で続ける。


「......では、お言葉に甘えましょう」

わずかに間を置いて、リョーフはうなずいた。


「ありがとうございます。心よりお待ちしております」

村長は深く頭を下げた。


「さて、今日はもう遅い。皆、それぞれ家へ帰ろう。二人もかなり疲れているだろう。事情はまた、ゆっくり聞かせておくれ」

村長はそう言って、手を打った。


乾いた音が、夜気の中に広がる。

それまで一か所に集まっていた気配が、ゆっくりとほどけていく。


誰かが安堵の息を漏らし、誰かが小さく笑った。

張り詰めていた声は、どれもどこか力が抜けている。


「よかったな......」

「本当に......」


ささやき合う声が、あちこちで重なる。

名残を惜しむように、何度も振り返りながら、村人たちはそれぞれの家へと歩き出した。


砂を踏む足音が、ばらばらに広がっていく。

近くで交わされていた言葉が、少しずつ遠ざかり、やがて形を失っていく。


夜の匂いが、静かに戻ってくる。

エドは、その流れの中に身を置いたまま、しばらく動かなかった。


視線の先では、まだアニタが母に手を引かれている。

何度も何度も、振り返りながら。


その小さな背中が、やがて人混みに紛れて見えなくなる。


「......エド。」


呼ばれて、振り向く。


リラが、すぐそばに立っていた。

その隣で、ヴァンスが静かにこちらを見ている。


「帰ろうか。」


その言葉は、どこか慎重で、やわらかかった。

エドは一度だけ、村の入り口の方へ目を向ける。


さきほどまで人が集まっていた場所には、もうほとんど誰もいない。

残っているのは、夜の気配だけだ。


「うん。」

短く答えて、歩き出す。


隣に並ぶ気配が、いつもより近い。


足音が、三つ。

ゆっくりと重なっていく。


家へと続く道は、見慣れているはずなのに――


どこか、ひどく懐かしく思えた。

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