18話 帰路3
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「とにかく、まずは今いる場所に目印を作ろうか。」
エドはそう言って、周囲を見回した。
最初に、先ほどまで自分たちが歩いてきた方向を確認する。
そして、その方角に最も近い木の幹を選び、足元に落ちていた鋭い石を拾い上げた。
硬い樹皮に石を押し当て、ぎり、と音を立てながら線を刻む。
一本、そしてもう一本。
やがて、木肌には自分たちが来た方向を示す矢印が浮かび上がった。
「これで、少なくともどちらから来たかは分かる。」
そう言って石を置くと、今度は周囲に落ちている枝を集め始める。
太さと長さのあるものを選び、数本を抱えて戻ってきた。
「ただ地面に置くだけじゃ、森に紛れてしまうからね。」
枝を交差させ、下を広く、上を細く。
倒れにくいように組み合わせながら、慎重に積み上げていく。
即席ながら、遠目にも自然物とは違うと分かる形。
小さなやぐらのような目印が、やがてその場に姿を現した。
「これなら、少し離れても見つけやすいはずだ。」
アニタは感心したように目を丸くする。
「すごい......。こんなの、すぐに思いつくんだ。」
エドは肩をすくめ、わずかに笑った。
「言っただろ、大丈夫って。」
エドがそう言うと、アニタは一瞬きょとんとしたあと、ふっと表情を和らげた。
不安でこわばっていた肩から、少しだけ力が抜ける。
それからしばらく二人で周囲を探ってみたが、元の道らしき痕跡はついに見つからなかった。
ここまで何も見つからないとなると、相当入念に痕跡を消しているのだろう。
少なくとも、ここ二、三日でどうにかできるような仕事ではない。
あるいは――。
そもそも、この先に森を抜ける道があるというルナの話自体が、思い違いだった可能性もある。
だが、その可能性を今ここで考えても意味はない。
確かめようがない以上、信じて進むしかなかった。
「それに。」
エドはふと、自分たちが作った目印へ視線を向けた。
ここまで痕跡を徹底して消しているのなら、誘拐犯たちもまた、自分たちにだけ分かる印を残しているのではないか。
露骨なものではなく、注意してみなければ気づかないような、小さな合図。
その考えをアニタに伝えると、彼女は真剣な表情でうなずいた。
「じゃあ、そういうのを探せばいいんだね。」
「ああ。不自然なものがないか、よく見てみよう。」
二人は改めて、木々の幹や足元の地面へと注意深く目を向け始めた。
しばらく時間をかけて探したものの、それらしい印は見つからなかった。
エドは立ち止まり、考える。
自分だったら、どうするだろうか。
道が途切れたと感じれば、まず足元を見る。
地面に残った痕跡や、踏み跡を探すはずだ。
実際、自分たちもそうしている。地面や木の幹に注意を向けていた。
そんな場所に印を残すだろうか。
いや、むしろ逆だ。
相手が下を見ると予測できるなら、印は上に残す。
自分たちの目線より高く、意識しなければ見落とすような場所に。
さらに、ここまで徹底して痕跡を消している相手だ。
遠くからでも目立つような印を残すとは考えにくい。
だとすれば、目立たない代わりに、一定の間隔で繰り返し残しているはずだ。
頻繁に、だが確実に道しるべとなるもの――。
そう考えながら視線を上へ移した、そのときだった。
自分たちが矢印を刻んだ木のすぐ近く。
少し高い位置。
大人が手を伸ばして、ようやく届くかどうかという高さにある枝が、折れているのに気づいた。
エドはさらに注意深く周囲を見渡した。
すると、少し離れた木にも、同じような高さで枝が折られているのが見えた。
一本だけでは偶然かもしれない。
だが、二本、三本と続けば、それはもう偶然ではない。
――これだ。
エドの胸に、確かな手ごたえが生まれる。
「アニタ、これだ。」
彼は折れた枝を指さした。
「枝が折られている。同じ高さで、次の木にも。たぶん、これが目印だ。」
アニタは目を見開き、示された先を見つめる。
「ほんとだ!」
「これを追おう。きっと帰り道につながっている。」
探索に思いのほか時間を費やしていたのだろう。
気づけば、太陽はすでに木々の梢を大きく越え、森の上空高くまで昇っていた。
枝葉の隙間から降り注ぐ陽光は、朝の柔らかな色合いを失い、より白く、より力強い輝きを帯びている。
幾重にも重なる葉を透かして差し込んだ光は、地面にまだらな模様を描き、
風に揺れるたび、その形を絶えず変えていた。
さきほどまで薄暗く感じられた森の中も、今ではどこか明るく、閉ざされていた空間にわずかな開放感さえ生まれている。
それは、周囲の景色だけではなかった。
エドとアニタの胸にも、先ほどまで重くのしかかっていた不安や焦りは、少しずつ薄らいでいた。
もちろん、まだ完全に安全が約束されたわけではない。
折られた枝が本当に村へ続く道を示しているのか、それは最後までたどってみなければ分からない。
それでも、ただ闇雲に森をさまようのとはまるで違う。
自分たちの考えが正しかったかもしれない。
その確かな手ごたえが、二人の心に小さく、しかし力強い灯をともしていた。
視線を上げれば、折られた枝の痕跡は、一定の間隔を保ちながら森の奥へと続いている。
一本、また一本と、まるで見えない糸が先へ先へと導いているかのようだった。
それは偶然ではない。
誰かの意図によって残された、確かな道しるべ。
そして同時に、自分たちの発見が決して無駄ではなかったことを示す証でもあった。
エドは小さく息を吐き、隣に立つアニタへ目を向ける。
彼女の表情にも、先ほどまでの戸惑いや不安は薄れ、代わりに静かな期待が宿っていた。
その顔を見て、エドもまた自然と口元を緩める。
「行こう。」
短い言葉だった。
けれど、その一言には、先ほどまでとは違う確かな自信が込められていた。
アニタは力強くうなずく。
二人は互いに顔を見合わせ、小さく笑みをかわすと、
折れた枝が示す道を、再び歩き始めた。
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