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チートが無いなら無いなりに  作者: 古賀仁成
1章 11歳少年エド。魔法を失う。魔法が無いなら無いなりに。

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17話 帰路2

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獣道を見失い、二人はその場に立ち尽くしていた。


周囲を囲む木々はどれも似たような姿をしており、わずか先ですら見通せない。

頭上では枝葉が幾重にも重なり、差し込む朝の光を細かく砕いて地面へ落としている。

そのまだらな明るさが、かえって森の奥行きを曖昧にしていた。


風が吹くたび、葉擦れの音が静かに波打つ。

遠くで鳥が鳴き、どこかで小さな獣が草を揺らした。

森は確かに生きている。

だが、その気配は二人を導くものではなく、ただ無関心にそこにあるだけだった。


エドは動かない。


視線を巡らせ、足元を見つめ、再び周囲を見渡す。


焦りを押し殺しながら、頭の中では考えを絶えず組み立てていた。


下手に動けば、さらに状況を悪化させるかもしれない。

かといって、ここにとどまり続けるのも得策ではない。


何を優先すべきか。

どの情報を信じるべきか。

自分たちにできることは何か。


ひとつひとつを慎重に整理していく。


隣でアニタがそっとエドの顔を覗き込んだ。

不安を隠しきれない瞳が、答えを求めるように揺れている。


だが、エドはその視線にすぐには気づかなかった。


あるいは、気づいていたとしても、応える余裕がなかったのかもしれない。


いつもなら安心させるために浮かべるはずの微笑みさえ、このときばかりは忘れていた。


それほどまでに、エドは思考の深みに没頭していた。


「エド、大丈夫?」

不安を滲ませたアニタの声が、静かな森の中にそっと落ちた。

その声ではじめて、エドは我に返った。


いつの間にか、アニタがすぐ目の前で、自分の顔を心配そうに覗き込んでいる。

大きな瞳は不安げに揺れ、その表情には戸惑いと心細さがありありと浮かんでいた。


「あ、ああ。ごめん。」


エドは少したどたどしく答えた。

考えに没頭するあまり、彼女を不安にさせていたことに今さら気づいたのだ。


どう伝えるべきか、一瞬迷う。


道を見失ったことを正直に話すべきか。

それとも、これ以上不安を与えないよう、まだ大丈夫だと装うべきか。


だが、すぐにその考えは意味を失った。


二人はすでに足を止め、森の中で立ち尽くしている。

進むべき道を見失っていることなど、隠しようもない。


誰の目にも明らかだった。


下手な取り繕いは、かえって不安を大きくするだけだろう。


エドは小さく息を吐き、頭の中を整理するように一度だけ目を伏せた。

今必要なのは、根拠のない安心ではない。

状況を正しく共有し、そのうえで最善をさぐることだ。


「アニタ。どうやら、僕たちは道を見失ったみたいだ。」


エドはそう言って、一度周囲へ視線を巡らせた。

どこを見ても、似たような木々と草むらばかりで、先ほどまで確かにあったはずの獣道は

森の景色の中へすっかり溶け込んでしまっている。


「たぶん、あの男たちがあらかじめ細工をしていたんだと思う。必要なとき以外は道が分からないように、痕跡を隠していたんだ。」


落ち葉に覆われた地面、自然に起き上がった草、消された踏み跡。

思い返せば、そのどれもが人の手を感じさせた。


エドは唇を引き結び、それから静かに続ける。


「だから、一度見失った道をそのまま探し出すのは、たぶん。簡単じゃない。」


言葉を選びながらも、曖昧にごまかすことはしなかった。

現実は現実として伝えなければならない。


それでも、その声色には不思議と落ち着きがあった。

ただ不安を告げるのではなく、状況を整理し、次を考えようとしている響きがあった。


アニタは唇をキュッと結び、足元を見つめた。

小さな肩がわずかに震えている。


「じゃあ、どうするの?」


その問いに、エドはすぐには答えなかった。

代わりに、もう一度ゆっくりと周囲を見渡す。


焦って歩き回れば、さらに深く迷い込む可能性が高い。

森で道を失ったとき、もっとも危険なのは方向を定めないまま動き続けることだろう。


「まずは、むやみに動かない。」


エドは落ち着いた声で言った。


「今いる場所を基準にして、周囲をよく観察する。人が通った痕跡や、不自然なものが残っていないか探そう。」


そう言いながら、足元の土、折れた枝、踏みしめられた草を順に見ていく。


「それでも見つからなければ、目印を残しながら移動する。戻れるようにね。」


アニタはエドの言葉を聞き、少しだけ表情を和らげた。

完全に不安が消えたわけではない。

それでも、何をすべきかが分かるだけで心は幾分落ち着く。


「うん、わかった。」


エドは小さく頷いた。


「大丈夫。落ち着いて一つずつ確かめれば、きっと帰れる。」


そこで一度言葉を切り、わずかに視線を伏せる。

続けるべきか、一瞬だけ迷うように。

だが、これは今の状況であるからこそ、伝えなければならない。


「ただ、ひとつ伝えておきたいことがある。」


アニタは首を傾げた。


「今の僕は、魔法がまったく使えない。魔力そのものを感じられなくなったんだ。」


静かな森の中、その言葉は思いのほかはっきりと響いた。


「この前、森の古小屋で倒れただろう?あのときからなんだ。」


アニタの目が大きく見開かれる。


「え......?」


驚きの声が、思わず漏れた。


風の魔法に長けたアニタにとって、魔力は呼吸のように当たり前にそこにあるものだ。

感じられない、という感覚そのものが、すぐには理解できない。


だが、理解できるかどうかとは別に、その告白がどれほど重大なものかはわかった。


魔法が使えない。

それは、この世界で生きる者にとって、あまりにも大きな意味を持つ。


アニタは言葉を失い、ただエドを見つめることしかできなかった。


「ごめん、不安にさせたかな?」


エドは努めて穏やかに微笑んだ。


「でも、大丈夫。大丈夫なんだ。魔法は使えないけど、頭はずっと冴えている。だから、心配しないで。」


自分に言い聞かせるようでもあり、アニタを安心させようとするようでもあった。


だが、アニタは小さく首を横に振る。


「ううん。不安とか、心配もちょっとあるけど、そうじゃないの。」


言葉を探すように、一度唇を結ぶ。

それから、まっすぐにエドを見つめた。


「だって、魔法が使えないって。それ、すごく大変なことじゃない。」


その声には、驚きよりも、エドを案じる気持ちの方が強くにじんでいた。


「怖くなかったの?」


問いかける声は、ひどくやさしい。


自分のことより、まずエドの気持ちを気遣っている。


魔法を失ったと知ったとき、混乱しなかったわけではない。

戸惑いも、不安もあった。

この先どうなるのか、考えなかったわけでもない。


けれど――。


「それでも、無いなら無いなりにやるしかないからね。」


エドは苦笑しながら、正直に答えた。

その言葉には、諦めではなく、与えられた現実を受け入れたうえで前へ進もうとする意志が宿っていた。

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