表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
チートが無いなら無いなりに  作者: 古賀仁成
1章 11歳少年エド。魔法を失う。魔法が無いなら無いなりに。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/82

14話 風

励みになるのでブックマークと評価をお願いします。

淡い朝の光が、木々の隙間から細く差し込んでいた。

夜の名残を残した森の中を、エドとアニタはただひたすらに駆ける。


湿った土を蹴り、露に濡れた草を踏みしめるたび、足元がわずかに滑る。

乱れた呼吸が喉を焼き、胸の奥では心臓が激しく打ち鳴らされていた。


それでも、止まるわけにはいかない。


エドは一瞬だけ背後を振り返った。

木立の向こう、まだ距離はある。

だが、二つの影が、確かな速さでこちらへ迫ってきていた。


一歩ごとに、その姿はわずかに大きくなる。

枝を払い、起伏のある地面をものともせず、迷いなく追ってくる。


ただ速いだけではない。

獲物を逃がすまいとする、研ぎ澄まされた執念があった。


――追いつかれる。


その予感が、冷たい手となって背筋をなぞる。


「エド......!」

不安に揺れるアニタの声。

だが、エドは前を見据えたまま、その手を強く握り返した。


「まだだ、走れ。」


走り続けると足元の草は次第に丈を増していった。

はじめは足首ほどだったそれは、やがて膝を覆い、ついには腰のあたりまで伸びる。

露をたっぷりと含んだ葉が衣服を濡らし、走るたびに足へまとわりついた。


いつの間にか、足元にあったはずの獣道はほとんど見えなくなっていた。

踏み分けられた痕跡も、高く生い茂る草に呑み込まれている。


それでも二人は止まらない。

ただひたすら、高台を目指して駆け続けた。


やがて、その先に終わりが見えた。


草の向こう。朝靄に霞ながらも、地面が不自然に途切れている。

高く伸びた草に遮られ、全貌は見えない。だが、あれは間違いない。


――崖だ。


逃走の果て。

二人がたどり着いた、文字通りの行き止まり。

背後からは、なおも追手の気配が迫ってくる。

あの二人ならほどなくここへたどり着くだろう。


エドは足を止めると、素早く周囲を見回した。

そして、崖際から少し離れた草むらへアニタを導く。


「ここに隠れて。絶対に、声をあげず、見つからないように。」


切迫した声に、アニタは息を呑みながらも頷いた。

震える手で草をかき分け、その中へ身を沈める。

高い草が彼女の姿を覆い隠していく。

その姿が完全に見えなくなるまで確認してから、エドはようやく視線を外した。


そして、ゆっくりと振り返る。


荒い呼吸を整えながら、迫り来る足音に耳を澄ませる。

胸の鼓動は激しい。だが、不思議と頭は冴えていた。

エドは草をかき分け、追手を迎える位置へと進み出た。


崖際まで進むと、一本の木が斜面に根を張るように立っていた。

その周囲には、腰の高さまで伸びた草が密に生い茂っている。

エドはそこへ身を滑り込ませた。

草が体を覆い隠し、外からはほとんど見えない。


崖下は高く、絶壁だ。落ちたら這いあがってくるどころか命もただでは済まないだろう。


息を潜めながら素早く手を動かす。

足元に生えた長い草を束ね、結び、いくつもの輪を作っていく。


草結びの罠。

粗末なものだが、足を取らせるには十分だろう。


追手が踏み込んでくるであろう場所を見定め、いくつかを慎重に仕掛ける。

時間はない。それでも、手元に迷いはなかった。


次に、エドは周囲へ視線を巡らせる。

必要なのは武器だ。

ただし、何でもいいわけではない。


細すぎれば折れる。太すぎれば振り回せない。

長すぎれば扱いづらく、短すぎれば間合いが足りない。

振り抜くのに抵抗がなく、叩きつけても容易には折れないもの。


そんな都合のいい枝が、そう簡単に転がっているわけ――


いや、あった。


地面に半ば埋もれるように落ちていた一本の枝を拾い上げる。

手に馴染む重さ。太さはやや心もとない。だが、長さはちょうどいい。


エドはそれを利き手で握り、二、三度振ってみた。

風を切る感触が腕に伝わる。


悪くない。


小さく息を吐くと、再び草むらへ身をかがめた。

枝を握る手に、じっとりと汗が滲む。

耳を澄ませば、遠くから草をかき分ける音が近づいてくる。


――来る。


やがて、少し離れた場所から男の声が響いた。

「やーっと追いついた。残念だったな。二択を外しちまって。」


草をかき分ける音とともに、嘲るような笑い声が続く。

「あそこは左に進まねえと森からは出られねえんだよ。」


もう一人の男が低い声で言った。

「こっちは崖だ。もう、てめえらは逃げられねえよ。」


その声は、明らかにエドへ向けられていた。


――見つかっている。


位置は完全に割れていた。これでは隠れている意味はほとんどない。

エドは小さく息を吐くと、先ほど拾った枝を竹刀を持つ剣士のように構え、草むらの中からゆっくりと立ち上がった。


二人の男が、じっとこちらを見据えている。


革鎧を身につけ、手には短剣。

無精ひげに覆われた厳つい顔。


自分たちを急襲し、さらった男たちに間違いなかった。


「お前の周りだけ草が倒れてるぞ?」

片方の男が口元を歪める。


「あれで隠れてるつもりだったのか。笑わせてくれる。」

もう一人が周囲を見回し、鼻で笑った。


「もう一人はどうした?お前に用はねえんだ。近くにでも隠れてるんだろ。」


エドは枝を握る手に力を込め、声を張り上げた。

「彼女はもう逃がした!ここにはいない!僕がお前らの相手になる!」


その言葉に、男たちは顔を見合わせ、次の瞬間、声を上げて笑った。

「お前みたいながきんちょがか?その棒切れでか?」

「俺らにかなうとでも思ってんのか?」


さらに一歩、また一歩と近づいてくる。


「しかも、てめえのすぐ後ろは崖だぜ」


男は短剣を弄びながら、にやりと笑った。

「すぐに突き落としてやるよ。そこで震えてろ。」


草を踏み分ける足音が、ゆっくりと迫る。エドの背後には、数歩の余地を残すのみで断崖絶壁が迫っていた。

男たちが草結びの罠にかかれば体勢を崩す。この場所なら、そのままがけ下へ転落する可能性は高い。


罠まで、あと数歩――


その瞬間だった。

思わず、エドの視線が男たちの足元へ落ちる。


ほんの一瞬。

だが、それで十分だった。


男の片方が口元を歪める。

「ククク......。まさか、これで俺らを転ばせるつもりだったのか?」

男は足元の草を乱暴に踏みつけた。


束ねられた草の輪が、あっけなく潰れる。


もう一つ。

さらにもう一つ。


即席の罠は、何の役目も果たせないまま踏み荒らされていった。

「子どもだましもいいとこだな。」

男たちは笑みを浮かべたまま、一歩、また一歩と距離を詰めてくる。


エドは枝を握る手に力を込めた。

だが、その手も、両ひざも恐怖と緊張を抑えきれずがくがくと震えている。

男たちとの距離を少しでも保とうと、じりじりと後ずさる。


しかし、その差はもうほとんどない。

にやける男たちの顔。

短剣の刃先すら届きそうな距離だった。


そのとき――


ぱらぱら、と。

乾いた砂の落ちる音がした。


次の瞬間、エドの足元の地面がわずかに崩れる。


「あ。――」

声になるより早く、体が傾いた。

バランスを失ったエドの身体は、そのまま崖の外へ投げ出された。


「うわあああああああ!!アニタああああああ!!」


エドが最後に叫んだのは、幼馴染の少女の名前だった。


次の瞬間――


突風。


何が起きたのか理解する間もなく、男たちの身体が大きく揺らぐ。

「なーー!?」


足元をさらうように吹きあがった風が、二人の体勢を奪った。

そのまま、男たちは崖の外へと大きく投げ出された。


悲鳴を残して。


ほどなくして、大きな実が弾けるような破裂音が響いた。

その後、辺りは静寂に包まれる。


エドは崖のすぐ下で、自らの身体に結び付けたロープをしっかりと握り、その身を宙に支えていた。


荒い呼吸が、静寂の中に小さく響く。

胸は激しく上下し、指先にはまだ力がこもっていた。


だが、もう終わったのだ。


崖下を吹き抜ける風だけが、静かに二人の勝利を告げていた。

皆様のブックマークと評価が原動力の一助となっております

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ