12話 別れ
励みになるのでブックマークと評価をお願いします。
か細い月明かりが、幾重にも重なる枝葉の隙間からこぼれ落ちていた。
森の中はなお深い闇に包まれ、浮かび上がる木々の幹は黒い柱のように立ち並ぶ。
足元で小枝が折れるたび、その乾いた音が静寂の中に鋭く響いた。
冷えた夜風が頬を撫で、草をかすめるたびに夜露の湿り気が足首に触れる。
先を行くルナの小さい背中だけが、彼らを導く唯一の道しるべだった。
緊張のせいか、吐く息は自然と浅く速くなる。
枝葉の擦れ合うかすかな音、絶え間なく続く虫の声。
その合間に響く、自分たちの荒い呼吸だけが、やけに大きく耳に届いた。
だが、エドはその喧騒の中から、一本の糸を手繰り寄せるように、追手の気配だけを探り当てようとしていた。
神経を研ぎ澄まし、耳を澄ませる。
「くそっ、どこに行きやがった!」
男たちの怒声が、夜の森に荒々しく響く。地面を乱暴に踏みしめる足音も、断続的に聞こえてきた。
まだ距離はある。だが、その方向は決して見当違いではない。
おそらく、森を抜けようとしていると踏んでいるのだろう。
だからこそ、出口へ通じる道筋をしらみつぶしに探している。
追手は確実に、こちらへ近づいていた。
「おい、やっぱりこっちだ!ガキの足跡がある!」
ついに、手がかりを見つけられてしまったらしい。
その声の後、男たちの怒号はふっと途絶えた。
潜伏しながら追ってくるつもりだ。
闇に紛れ、気配を殺して距離を詰めてくる。
――そう考えるだけで、背筋に冷たいものが走る。
それは、相手がただ力任せに追い回すだけの愚か者ではないということだった。
足跡を見つけた瞬間に騒ぎ立てるのをやめ、こちらに気取られぬよう行動を切り替えた。
逃げる者の心理を理解し、どこへ向かうかを読み、その上で最も効果的な追い方を選んでいる。
森を熟知しているのか、それともこうした追跡に慣れているのか。
おそらく、その両方だろう。
暗闇の中でも地形を把握し、足跡や折れた枝、踏み荒らされた草のわずかな変化から進路を割り出してくる。
しかも焦りに任せて無暗に突っ込むことはしない。
こちらが疲れ、判断を誤る瞬間を待ちながら、着実に包囲を狭めてくる。
逃げる側にとってそれほど厄介な相手はいない。
力だけなら、隙をつく余地もある。
だが、知恵と経験を備えた追手は、その隙そのものを与えてくれない。
この森は、彼らにとってもまた狩場なのだ。
そして自分たちは、今まさに追い立てられる獲物に過ぎない。
ただ走るだけでは、いずれ追いつかれる。
どこかで必ず、この追跡そのものを断ち切らなければならない。
あとどれほどで森を抜けられるのか。
本当に逃げ切れるのか。
だが同時に、それは自分たちが森の中で迷っていない証でもあった。
追手が正しい方向を追ってきているということは、こちらもまた、森を抜ける道を進めているということだ。
いずれにせよ、追手をまくだけでは足りない。
あの二人をどうにかしなければならない。
でなければ、たとえ逃げ切れたとしても、安心して元の生活に戻ることはできないだろう。
エドは思考を加速させながら、ただ黙って、目の前を行く小さな背中を追い続けた。
しばらく森を走り続けると、目の前に小さな獣道のような、か細い道が現れた。
木々の間を縫うように伸びるその道を見て、ルナはほっと息をつく。
「やっと、ここまで来た。」
そう呟く声には、わずかな安堵が滲んでいた。
「ここまでくれば森を抜けるのはもうすぐだ。僕は右に進んで森を出る。お前たちは左へ行け。進んでいけば村へ続く道に出られる。」
ルナはそう言うと、さらに念を押すように続けた。
「ただ、途中に分かれ道がある。そこも左を行け。右に行くと、途中から上り坂になって、最後は崖で行き止まりだ。間違えるなよ。」
どうやら、ここでルナとは別れることになるらしい。
ルナは右へ続く道へ向き直り、そこでふと足を止めた。
いつの間にか、空はわずかに白み始めている。
木々の隙間から差し込む淡い光が、夜の闇を少しずつ押し退けていた。
「ここから先は、自分たちで行けよ。」
ルナはぶっきらぼうにそう言うと、しばらく黙り込んだ。
何かを言いかけては、飲み込むように唇を結ぶ。
やがて、小さく息を吐き、背を向けたまま呟いた。
「悪かった、な。」
その一言には、監禁していたことへの後ろめたさも、危険に巻き込んだことへの悔いも滲んでいた。
エドは静かに首を振り、優しく応える。
「いいんだ、ここまで案内してくれてありがとう。」
ルナがわずかに肩を揺らし、それから短く言った。
「じゃあな。」
朝の薄明かりの中、小さな背中が獣道へ駆けていく。
やがてその姿は、木々の向こうへと溶けるように消えていった。
追手の目的はアニタだ。
誘拐の目的が彼女にある以上、どちらを追うべきか迷うことはないだろう。
しかも、あの男たちは追跡にも長けているようだ。
わずかな痕跡からでもこちらの進路を見抜いてくるはずだ。
間違いなく、追ってくるのはこちらだ。
ならば、あとは自分たちの力を信じて進むしかない。
そして――本当の危機は、まだこれからだった。
はげみになるよ。ぶっくまーくとひょうかちょーだい。




