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チートが無いなら無いなりに  作者: 古賀仁成
1章 11歳少年エド。魔法を失う。魔法が無いなら無いなりに。

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9話 誘拐

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最初に戻ってきたのは、鈍い痛みだった。

後頭部の奥で、脈打つたびにずきりと響く。

まぶたはひどく重く、開けるだけでひと苦労だった。


鼻をつくのは湿った土と古い木、そして苦いたばこの匂い。

どこかひんやりとした空気が、肌を撫でていく。


ここは――


薄く目を開けると、ぼんやりとした光が視界に滲んだ。

小さな窓から差し込む、細い一筋の光。

その淡い明りのなかで、自分が見知らぬ木造の部屋にいることを知る。


断片的な記憶が脳裏をよぎる。

泣いていた子ども。駆け寄るアニタ。

不意に迫る気配、衝撃――。


「......アニタ!」


はっと身を起こし、慌ててあたりを見回す。

すぐ傍らに、アニタの姿があった。

手足を縛られ、口を布でふさがれたまま、床に横たわっている。


だが、胸は微かに上下していた。

生きている――。

その事実に、エドは息をついた。


だが、すぐに違和感を覚える。

自分の手足は自由なのに、アニタだけが厳重に拘束されている。

手首も足首も縛られ、口までふさがれている。

風の魔法を使わせないためだろうか。


いずれにせよ、連中はアニタの力を警戒しているのは間違いない。

しかも、よく見るとアニタには目立った外傷はなく、衣服にも乱れがない。


薬か、それとも魔法か。

何らかの手段で眠らされているのだろう。

泣いているふりをしていた子供のこともある。


そう考えると、これは突発的な犯行ではない。

あらかじめ準備された、計画的な誘拐だ。


自分は暴力的な手段によって気を失った。

つまり、最初から狙われていたのはアニタの方だ。

自分はあの場に居合わせために巻き込まれたのだろう。


そう考えるのが自然だった。


エドは膝をつき、そっとアニタの肩に手を置いた。

「アニタ......。」

小さく呼びかけながら、ゆっくりと肩を揺する。


反応は無い。

だが、呼吸は規則正しい。深く眠っているだけのようにも見える。


「アニタ、起きて。」

今度は少しだけ強く揺する。

その声に、アニタのまぶたがかすかに震えた。


やがて、アニタはゆっくりと目を開けた。

焦点の合わない瞳がエドを捉え、次いで周囲へ向く。

そして、自分の状況に気づいた瞬間、目を大きく見開いた。


「んぐっ......!」

布越しのくぐもった声が漏れる。

エドはすかさず口元に指をあてた。


「大丈夫。静かに。」

アニタが小さく頷くのを確認すると、エドはそっと口をふさいでいた布をほどいた。


「ぷはっ......」

アニタは小さく息をつき、何度か深呼吸を繰り返す。

エドはすぐに手を縛っている縄に指をかけたが、結び目は固く、びくともしない。

背中側で複雑に縛られており、子どもの力では簡単にほどけそうになかった。

足首をしばっている縄も同様に、いますぐ何とかするのは無理そうだった。


「ごめん、縄はほどけそうにない。後で何とかするとして、今は状況を確認しようか。」

「気分はどう?どこか痛む?」

エドが尋ねると、アニタは少しだけ眉をひそめ、それから小さく首を横に振った。


「大丈夫、ちょっと頭がぼんやりするけど。」

「それならよかった。」

エドは少しだけ安心した表情を見せた。


「誰かに狙われるような心当たりはある?」

アニタは困ったように視線を落とし、しばらく考え込んだ。

「......ないと思う。少なくとも、私は知らない。」


その答えに、エドは小さく頷く。

エドは立ち上がり、部屋の中を見回した。

粗末な木造の部屋。壁板には隙間があり、湿った空気がわずかに入り込んでいる。

窓は高い位置に一つだけ。小さく、とても人が通れる大きさではない。

扉は厚い木製で、外から鍵がかけられているようだった。


部屋の隅には古びた木箱と水桶が置かれている。

ほかに使えそうなものは見当たらない。


エドは扉にそっと耳を当てた。

わずかに男たちの話し声がかすかに聞こえた。

少なくとも、見張りは一人ではなさそうだった。



しばらくすると、扉の向こうで鍵の外れる音がした。

軋む音とともに扉が開く。


入ってきたのは、エド達とそう年の変わらない、あの子供だった。

つやのない黒髪は肩口で不揃いに切り揃えられ、前髪は少し長く、目元に影を落としている。

痩せた頬に浮かぶ表情は硬く、その瞳には年齢に似合わない警戒の色が宿っていた。


両手には、パンを一切れずつ持っている。


「なんだ、もう起きたのか。」

少年は、呆れたように、それでいて無機質な声で言った。


エドは少年を見つめた。

そばに駆け寄った際に見せたあの怯えた表情は、もうそこには影も形もない。

やはり、あれは演技だった。

だが、その顔には勝ち誇った色も、悪意に満ちた笑みもなかった。


「食え。」

少年はそういうと、手にしていたパンをこちらへ放った。

パンは床に落ち、ごとりと音を立てて転がった。

「こんなの、食べるわけ――」

アニタが怒りかけるが、エドがそれを静かに制した。

「いや、いただこう。」


エドが床に落ちたパンを拾うことで、少年は少し意外そうな反応を見せる。

「ふん。まあ、君は動けるみたいだけど、あまり変なことは考えない方がいい。」

「君たちはもう二度と帰れないんだから。」

少年は、静かに、冷たく言い放った。


「ありがとう。教えてくれて。食事も、ありがたくいただくよ。」

エドはあえて、穏やかな声で礼を言った。

少年の目が、わずかに細くなる。

一瞬だけ意表を突かれたような色が浮かんだが、それはすぐに消えた。


代わりに現れたのは、より鋭い警戒心だった。


「......気味の悪い奴だな。」

吐き捨てるようにそういうと、少年はエドを睨みつけた。

それでもエドは、まるで意に介さないように口を開く。


「パンはうれしいん。でも、彼女はそのままじゃ食べられない。せめて手だけでもほどいてくれないか?」

少年の表情がさらに険しくなる。

「駄目だ。」

即答だった。

「どうせ逃げられないんだ。すこしくらい――」

「知らない。這ってでも食べればいい。」


そこにあったのは、まぎれもない敵意だ。少なくとも、この少年はそう見せようとしている。

だが、本当にこちらを拒み切っているのなら、わざわざ言葉を返したりはしない。

少年は応じ、拒絶の言葉を重ね、なおこちらを睨みつけている。



エドは、そのなかにわずかな綻びを見ていた。

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