第984話 残っていたともし火
目を覚ますと、石で出来た天井が出迎えてくれた。
……残念ながら、寝て起きてもこの状態は解決しない様だ。
固い石の上で寝たからか身体が痛む。
夜のうちに床の石も冷え切っており、ぼろの毛布では温まれず疲労が回復した気が一切しなかった。
起きてから小さな桶一杯の水が与えられる。
それで顔や身体を洗えと言われた。
荘園にはオアシスから大量の水を運び込んだはずだ。
ここからでも見える位置に、まるでプールのように保管されている。
だが、ここで働く者にはわずかな量しか分け与えるつもりはないらしい。
(これじゃあ奴隷だな)
罰を与える見張りがいないだけで、まさに奴隷を働かせているに等しい。
顔を洗うだけでほとんどの水がなくなる。
「朝貰った水は使い切らずに少し残して飲んでおいた方がいいぞ。休憩時間にしか水は飲めないからな」
昨日塩を分け与えた男が耳打ちしてくる。
ここで生き抜くための知恵といったところか。
礼を言って言われたようにする。
ああ、熱い風呂に入りたい。
今日言い渡された仕事は、荘園を広げるために外装である石壁を広げることだった。
昨日の水をバケツで運ぶ仕事より楽かと思ったが、容赦ない日光に焼かれながら石を積むたびに立ったり座ったりするのは過酷の一言だった。
滝のような汗が出てあっという間に喉が渇く。
朝水分補給をしていなかったら間違いなく倒れていただろう。
人目のある所で道具袋から水筒を出すわけにもいかない。
働きながら周囲を観察する。
刑罰という割に、ここからの脱走自体は難しくはなさそうだ。
しかし聞いた話では逃げたところでズールの周りをひたすら砂漠が覆っているとのことだ。
水の湧くオアシスも限られており、あてのない脱走は自殺行為だと言われている。
……持っている水も有限だ。
ここで働きながら情報を集めるしかない。
数日ほど過ごしてここのことは分かってきた。
食事は日に二度。
野菜クズと麦を煮たものか、野菜クズを混ぜたパンのどちらかが出される。
肉は出たことがない。
ひどい食事だが、食べないと重労働にすり潰されてしまう。
せめて食事がまともなら筋肉がついてマシになるだろうに……。
意図してこうしているのだろうか。
何をするにしても俺一人では無理だと考え、班内に限り塩と肉を共有することにした。
彼らを味方につけて、体力を取り戻させる。
班長のクリクスは最後まで考えこんでいたが、塩を振った羊肉の匂いの前に敗北した。
効果は覿面だった。
動くのがやっとだった彼らは次第に屈強さを取り戻し、能率よく仕事をこなしていく。
監視役だった老婆がそれを見てどう判断するか心配だったが、仕事が進む分には問題ないようだ。
「あの婆さんは俺らの顔すらろくに覚えてない。なんせ椅子に座っているだけで老後は安泰だからな。死にぞこないが珍しく調子がいいとでも思ってるんだろう」
班内の男が渡した肉をかじりながら言う。
老婆は彼女に不都合なことが起きない限り問題ないと思っていい。
まず、最も疲れる水の運び方を変更した。
バケツリレーのようにして、自分の持ち場だけ運ぶようにすることで最低限の労力でこれまで以上に多くの水を運べるようにする。
他の班もすぐに真似ていたがそれでいい。
そのおかげか使える水の量が少しだけ増えて、衛生的にマシになった。
班内でも頼られることが増えて、意見が通りやすくなる。
だが強烈な日差しだけはどうにもならない。
(クソッ)
ある日、新しい仕事として石壁の土台になる基礎のため、長く大きな杭をハンマーで砂に打ち込む。
砂の部分は楽に入るのだが、粘土質の場所に到達すると途端に抵抗が強くなる。
それをハンマーで無理やり押し込むのだ。
気温と日差しでどうにかなりそうだった。
いくら水を飲んでもすぐに汗となって出てしまう。
周りでは倒れる者も出てきた。
倒れたら回収されるようだが、すぐに別の誰かに交代させられている。
荘園は王族の持ち物であり、俺たちの命を使ってでも広げるつもりだ。
思いっきりハンマーを振りかぶった時、血の気が引く感触と共にふらついて倒れた。
意識が朦朧とするのを感じる。
まずい。交代要員はもういないので、倒れてもすぐには回収されない。
今気絶したら脱水で死ぬ。
そう思っても身体が言うことを聞かない。
(この間抜けめ)
ギリギリ意識を保っていたら、ふと幻聴が聞こえた。
少女の声だが、周囲にはそれらしい人物はいない。
いよいよダメなのかもしれないと思った。
(ペンダントを握れ)
言われるがままに、太陽神のペンダントを握る。
焼けるような熱だったが、なぜか平気だった。
その熱が手から身体に伝わり、少しだけ楽になる。
(チッ。足りんか。いいか、私の言葉を心の中で復唱しろ。できるだけ信心深く祈るように)
少しだけ間を開けて、少女が言葉を発する。
(太陽神に栄光あれ)
朦朧とした意識の中で、無意識に言われるがまま復唱する。
その直後、凍り付くように冷たかった身体が血が通うように動けるようになった。
まるで祝福でも受けたかのように。
「今のは……」
太陽神のペンダントは熱を失っている。
意識はハッキリしており、さっきまでのことが夢ではないのは間違いない。
「おい、大丈夫か?」
そこでようやく倒れた俺のところに人が来る。
「少しふらついただけだ。大丈夫」
「ならいい。今日はもう終わりだ」
どうやら皆限界らしく、仕事は切り上げになった。
失った塩分や水分を食事(+道具袋からの追加)で補給した後、周りが寝静まるのを待つ。
ここは松明なんて用意されていないので夜になったら自然と暗くなり寝るしかやることがなくなる。
そこでようやく小声でペンダントに話しかけた。
「おい、なにかやったのか?」
返事がない。
だが、あの声はまぎれもなくこのペンダントからだ。
確信がある。
(夜に話しかけるな。私は力を温存しているんだ。それといちいち声に出さなくていい)
もう一度話しかけると、頭の中に声が流れ込んできた。
やはりそうか。
(お前は……太陽神なのか?)
(だとしたらどうする?)
姿は見えないが嘲るように笑ったのが想像できた。
あの時アズが倒し、消滅したかのように見えた太陽神はペンダントの中に生き残っていたらしい。




