第982話 灼熱の地
「熱っ」
胸の辺りから感じる焼けるような熱さで目を覚ます。
……気が付くと、俺は砂漠のような場所に倒れていた。
「ペッ」
気を失っていたようで、口の中に入った砂を吐きだす。
周囲を見渡すが、近くにいたはずのミーリアやノラスの姿がない。
砂漠と見たことのない形状の木があるだけだ。
身体を起こし、その場に座り込む。
懐を探ると、太陽神のネックレスが異様な熱を持っていた。
迂闊に触ると火傷しそうだ。
砂漠の砂の熱でも移ったのだろうか?
しばらくすると熱は収まり触っても平気になった。
空を見上げると、ギラギラとした太陽の日差しが降りそそぐ。
頭がくらくらする。
道具袋の中から水筒を取り出し、喉を潤して道具袋の中に戻した。
水分をとったことでようやく少し落ち着いてきた気がする。
こうなる前のことを思い出してみよう。
たしか魔道具を使って連絡を取ろうとしたが、アズたちに繋がらなかったのでノラスに用意してもらった部屋でミーリアと共に待機していた。
祈ることくらいしかできずにいたところ、突然魔防壁に何かが衝突してシージ全体が大きく揺れたんだ。
それからノラスが慌てて部屋に来たのを覚えている。
今度は領主の館に何かがぶつかり、ミーリアを庇った辺りで記憶が途絶えていた。
ここがどこなのかは全く分からない。
こっちの大陸では砂漠は一度も見かけていないはずだから、シージの近くとは思えないのだが……。
「ノラスさん! ミーリア! 返事をしてくれ!」
なるべく大きな声で周囲に向かって叫ぶ。
だが返事はなかった。
そもそもかなり見通しのいい場所だ。
もし近くにいれば見逃さないはず。
(じっとしていても仕方がない)
状況を把握するためにも、立ち上がって人を探すことにした。
たしか前にも似たようなことがあったな。
あの時はたまたま出会ったイエフーダたちに助けられたんだっけ。
今回は彼らに期待できそうにない。
……しばらく歩いて分かったのは、ここは降水量の極端に少ない土地だということだ。
カラカラに乾いた砂に、骨となった動物の死骸。
後は太陽を反射してか赤く見える山くらいしかない。
容赦ない日光は体力を奪う。
幸い、飲み水や食料は一人ではとても消費できないほど道具袋に詰まっている。
着替えもあるが、洗濯できるような水がないのが難点だなと苦笑した。
やはりミーリアやノラスは見つからない。
それどころか獣人すら見かけなかった。
せめて人と会いたい。
集落にはきっと水もあるはず。
どれだけ歩いただろう。
あれだけ暑かった気温が一気に下がり始めた頃に、三人組の男が歩いているのが見えた。
軽装の鎧を身に着け、槍で武装している。
シージの兵士だろうか?
とにかく、声をかけることにした。
だが少し近づくと向こうもこっちに気付いたようで、急いで駆け寄ってくる。
……様子がおかしい。
表情は険しく、敵意があった。
そもそも、彼らは獣人ではない。
「こんな所で何をしている!」
「誰の許しを得て我が国に入ってきた!」
槍を突きつけられ、慌ただしく問い詰められた。
彼らの様子を見る限り、返答を間違えばそのまま突かれてもおかしくない。
(どういうことだ……?)
「お前、名前は?」
「私はヨハネといいます。あの、ここは一体……」
「聞かれたことだけに答えろ!」
友好的とは言い難い態度だった。
なるべく情報を聞き出したいが、これでは難しそうだ。
「何をしに来た」
「迷ってしまって。人がいる所を探していました」
「案内人もなしに砂漠を歩いてきたと……? 怪しい。おい、隊長の所へ連れて行くぞ」
有無を言わさず男たちは俺を捕まえ、縄で縛られる。
ほとんど弁明の機会すらない。
おそらく、結論ありきの尋問だったのだろう。
……こういう荒事は全部アズたちに任せてきたので、一人になった今は手も足も出ないな。
隊長の所へ連れて行くと言っていた。
少なくとも人のいる場所には行けるようだ。
そこで話ができるといいのだが――。
「この者を徒罪とし、労働刑に処す」
隊長と呼ばれた大柄の男が最終的に言い渡した言葉だった。
「ヨハネといったか。お前は自らを商人であり国に地位のある人間と申したな。しかしシージやスワン公国。それにデイアンクル王国など聞いたことがない! ましてや売り物すら所持していないではないか!」
隊長は道具袋を逆さにし、振り回す。
尋問室に連れて行かれ、すぐに持っていた道具は全て没収された。
道具袋もその一つだ。
その中に全て入れてあると説明したのだが、彼らには空っぽの袋としか認識できなかった。
あれは持ち主以外は許可がないと使用できない。
だが不思議なことに許可を出しても彼らには使用できなかった。
そのため俺は身一つで砂漠を越えてきたと思われ、間者かなにかだと決めつけられたというわけだ。
しかしスワン公国やデイアンクル王国だけではなく、シージすら知らないと言われるとは。
「空の袋とこれを返してやろう。みすぼらしい」
道具袋と、太陽神のネックレスが投げて渡された。
「さて、どこに配属してやろうか。鉱山か。それとも王の城か」
冗談じゃない。
こんな砂漠の鉱山なんて過酷すぎて間違いなく死ぬ。
王の城も、口ぶりからしてかなりの重労働のようだ。
そもそもいきなり捕まえて労働刑なんてめちゃくちゃすぎる。
「ずいぶんと生意気な目をしているじゃないか。元気が有り余っているようだな。ならば鉱山送りにでも……」
こんこんと奥のドアからノックの音がした。
隊長は俺を睨むのを止めて、部下にドアを開けさせる。
するとそこには青色のドレスを着た女性が立っていた。
(アズ!?)
信じられないことに、その女性はアズにそっくりだった。
ただ、年齢が違う。
成長したアズよりも更に年上で、儚げな表情をしていた。
隊長や傍に控えていた兵士は慌てて立ち上がり、脇に控える。
それだけで女性が高い地位にいることを伺わせた。
「ラピス殿下。このような場所に来られては陛下がなんとおっしゃるか」
「人が連れてこられたと聞いて見に来たの。そこの人がそう?」
声までそっくりだ。
蒼い瞳が俺を見る。
……俺の知らない表情だった。
思えばアズは俺には笑顔ばかり向けていたな。
ラピスと呼ばれていたし、似ているだけで別人のようだ。
「たしかに見たことがない人ね。彼をどうするの?」
「鉱山に送ろうと」
「あそこは重罪人を送る場所です。そんなに悪いことをしたのかしら?」
「いえ、しかし怪しい様子でしたので」
「私はあんまりそういうのは感心しないわ」
「では荘園の開拓に参加させましょう」
どうやら鉱山送りは免れたようだ。
だが、労働刑そのものは覆す気がないらしい。
ラピスは俺に興味をなくしたようで、部屋から出ていった。




