第973話 二度目の死
剣に火を纏わせたアズが前に出る。
魔剣だからか、いつもより魔法剣の効果が高い。
視覚化できるほどの膨大な魔力が剣から放たれている。
ドラゴニュートの二人が露骨にアズを警戒し始めた。
少女の方などはアズを睨みつけたまま一歩下がったほどだ。
それは無意識の行動だったのか、自分が後退したことに気付いた少女はあり得ないという表情をする。
すぐにアズを睨むものの、明らかにアズに気圧されていた。
老人の方は表情には出さないものの、アズから目を離さず私たちをもう見てすらいない。
感情なども含めて操られているのは間違いないが、細かな部分は恐らくそのままなのだろう。
あるいは、神の力を持つ存在を前に怒りを保てなくなったか。
アズが地面を蹴って前に飛び出す。
一瞬にして間合いを詰めると、老人を蹴り飛ばす。
そうして少女と一対一に持ち込み、剣を振るって右腕を斬った。
ジュッ、と剣の熱が傷口を焼く音がする。
……以前少女が見せた凄まじい再生が始まらない。
右腕の傷は塞がらず、新たに生えてもこなかった。
斬り落とされた右腕は燃えて灰になる。
(魔力に弱いのは本当みたいね)
無敵に思えたほどの再生力だったが、あっさりと無力化できた。
といってもこれはアズだからこそできたことだ。
アレクシアの魔法はドラゴニュートの耐魔力を突破できない。
近接戦だとフィジカルの差がすさまじく、傷を与えるのは難しかった。
少女は右腕を抑えながら膝を付く。
その表情は怒りと苦痛が混じった痛ましいものだった。
しかしアズは構わず歩いて少女に近づく。
最後の抵抗とばかりに少女がアズに組み付こうとするが、足蹴にしてそのまま地面へと叩きつけた。
右足に身体を抑えつけられ、もがいてもビクともしない。
そのままアズが心臓へと剣を突き刺す。
少女の左手が剣を防ごうとしたが、構わず貫いた。
ごふっと少女の口から血が流れ出していく。
……遠目から見ても分かる。
少女の生命力が見る見るうちに失われていく。
アズの剣が纏っている魔力が少女の中に巣食っている何かを焼き尽くしているのだ。
「最後になにか言いたいことはある?」
「――ありがとう」
それが少女の最後の言葉だった。
命が尽きたことを確認し、アズが剣を引き抜くと少女の身体は白い灰へと変化し消失する。
まるで初めからそこにいなかったかのように。
アズは感傷に浸るようにしばらく地面を見つめていたが、蹴り飛ばされた老人が戻ってくる。
身体に雷を纏わせており、右腕をアズへと振り下ろす。
その一撃はエルザやアレクシアでも受け止めきれないだろう。
しかしアズは剣から離した左手でそれを受け止めた。
雷が周辺に散らばり足元の地面が衝撃で沈む。
剣を握っている右腕が動いた時にはもうすでに終わっていた。
老人の上半身がずるりとずれ落ちる。
なにをしてもろくに傷付かなかった身体が、剣の一振りで斬られたのだ。
下半身は白い灰になって消失したが、上半身はまだ残っている。
凄まじい生命力だ。
「……心臓を刺せ。そこが起点になっている」
ゴホッとむせながら老人が喋る。
「悪いなヒューマン。どうやら随分と手間をかけさせたようだ」
「意識が戻ったんですか?」
「こんなのは嬢ちゃんの一撃で起きた一時的なものだ。いずれまた頭の中をいじられる。だから早く」
せかされるままにアズは剣で心臓を貫く。
すると老人は苦痛など一切ないかのように、安らかな表情を浮かべた。
身体の端からゆっくりと白い灰になっていく。
「ようやく恥を晒していた時間が終わる……」
「教えてください。あなたたちに何が起きたんですか?」
「何か少しでも教えてあげたいところだが、私にも理解が及ばないことばかりだ。……最初は白い木が一本生えていただけなんだ。しかしそれを目にした瞬間、頭の中で声が聞こえた。それからずっとこの有様だ」
老人の話はいまいち要領を得ないものだった。
だが嘘をついている気配はない。
きっと起きたことをそのまま話しているのだろう。
「よもやこんな終わり方だとは……。そこの娘、顔を見せてくれないか?」
「私ですか?」
老人はルーケの顔を見ると、少しだけ驚き近くに呼ぶ。
何かあるのではと警戒しつつ、ルーケが老人の傍にきて座る。
「名前を教えてくれ」
「私はルーケといいます」
「ルーケ……。そうか。親はどうしている?」
「分かりません。赤子の時に預けられてそのままです」
「……。手を握ってくれないか」
言われるがままにルーケは老人の手を握った。
「ああ、許しておくれ。私はあの時――」
言い終わる前に老人が白い灰となり、消えてしまった。
何を言おうとしたのかは分からない。
だが直前まで死を恐れていなかった老人が、後悔を滲ませていたのは間違いない。
「私の両親について何か知っていたのでしょうか」
「かもしれないわね。ルーケはハーフなんだっけ?」
「そのようです」
「じゃあ、ドラゴニュートの中で揉めたのかもしれない」
人種を越えた愛というものは珍しいものではない。
だがドラゴニュートという種族にとってそれは難しい問題だったのだろう。
少数かつ寿命が長く、絶対的な力を持つ。
独特の価値観を持っていてもおかしくない。
ルーケの親がこの大陸出身にもかかわらず、隣の大陸の人間に託された時点でドラゴニュートにとっては受け入れがたかったのだろう。
「出生がどうであれ、私は気にしません。私が人間でないことを知ったのですら最近ですし、今が幸せかどうかが大事です」
「それもそうね」
しんみりとした雰囲気になる。
「……ちょっとあんたたち。もう一人いるの忘れてない?」
フィンの言葉で、襲撃者が三人だったのを思い出す。
慌てて最後の一人を探す。
たしかタリアが向かっていったはず。
少し離れたところで、泥仕合をしている二人の姿があった。




