第1028話 健康は大事
「妊娠が分かったのはとってもおめでたいことだけど、騒ぐのはその辺にしてねー。まだ健康診断は終わってないよ」
ラミザさんが手を叩いて浮かれていた俺たちに釘を刺す。
ずっとエルザを抱きしめていたが、一旦離れる。
しかしソワソワするのは止められなかった。
アズとフランはまだ決着がついていないようだったが、ラミザさんの静かな怒りを感じ取ったのか素直に引き下がる。
洗礼は必要だが、まだ生まれてもいないのに祝福をどうするかなんて気が早い。
「さっきも言ったけど、エルザには健康的な問題は見受けられなかった。妊娠したんだから今後とも気を付けるように」
「分かりました。診察ありがとうございます」
エルザはニッコリとほほ笑む。
次はフィンだ。
元々お腹を出す服をよく着ているので服をまくる必要はない。
「こんなことしなくても、自己管理は怠ったことないんだけど。毒も病気も問題ないし。……あんたが新しいのを生み出さなければ」
「あの時のことは謝ったじゃない。耐性については研究させてほしいところだけど」
「経緯はラミザと変わらないんじゃない? 生まれた時から耐性があったうえに少量を幼い時から摂取し続けただけ」
以前起きたピンクの煙がラミザさんの家の中で充満した事件か。
救出のために飛び込んだのはいいものの、毒に耐性があるフィンですら無効化できないレベルの毒物だった。
幸い……なのかはともかく、効果は強烈な催淫作用だけで副作用もなく後遺症も残らずにすんだ。
フィンとラミザさんが乱れる姿なんて普段からは考えられなかったので、貴重な場面でもあったわけだが、口に出すと怒られそうなので黙っておいた。
「それを一般の人にも付与する実験はしてるんだけど、中々ねぇ。特に権力者って毒殺を怖がるから需要はあるんだよ。ヨハネ君やユーペちゃんだっていつ狙われるか分からないから。私の場合はひたすら実験してたら勝手に身に付いてたから再現性もないし……」
「うちの場合はエルザがいるんだし、薬だって用意できるんだからそこまで気にしなくていいんじゃないの。そもそも毒を盛る侵入者なんて私がいれば許さないし」
強い自信が感じられる言葉だった。
国の諜報部門はフィンに一任してある。
元暗殺者ということもあり、手口なども熟知しているので安心だ。
「頼りにするとしましょうか。うん、診察はお仕舞い。残念ながら妊娠はしてない」
「べ、別に残念じゃないし。子供なんて……」
「いつかはできちゃうと思うよ〜。私も欲しいなぁ」
「ほら、終わったなら次に進みなさいよ」
「はいはい。次はルーケが座って」
「分かりました」
フィンが立ち上がり、ルーケと代わる。
フィンはしばらく俺を見た後、ぷいっと顔を逸らす。
「あの、ラミザ様」
「何かな?」
「ミーリアにも健康診断が必要かと思うのですが」
「獣人の女の子ならもう済ませたよ。こっちじゃ獣人は珍しいんだから、我慢できずについ。若干の栄養失調気味ではあったけど、食欲もあるしすぐ回復するよ。大陸を移動して免疫が心配だったけどその心配もなさそう。そもそも獣人は肉体が人間ほどひ弱じゃないし」
ルーケはミーリアのことを気にかけていたようだ。
俺も体調に関しては気になっていたのでほっとする。
オルレアンもそうだが、身寄りもなく預かった子供なので健康面にも責任を持たないといけない。
「ならよかったです、それともう一つ……」
「まだ何かあるの?」
「ドラゴニュートと人間のハーフだと分かりました。診察の役に立てばいいのですが」
ラミザさんの動きが止まる。
ルーケがドラゴニュートだろうという話は、ノラスたちと最初に会談した際に分かっていた。
向こうの大陸に渡り、本物のドラゴニュートと交流することでハッキリと分かったことだ。
「ドラゴニュートってだけでも調べたくてたまらなかったのに、まさかハーフだなんて」
「……少し目付きが怖いのですが」
「ラミザさん、落ち着いてください。ここで終わりにしますよ」
「ヨハネ君のいじわる。それは困るから……深呼吸して落ち着くわね」
スーハーと何度か息を整える。
その度に大きな胸が上下した。
ようやく落ち着いたようで、診察を再開する。
「ドラゴニュートの特徴といえば、人型でありながら翼竜の翼を持ち、魔力を蓄える角と爬虫類の爪を持つ。要は人型ドラゴンだね。本物はどうだった?」
「まさにそんな感じでしたよ。恐ろしい強さを持っていました。アズがいなければかなり危険でした」
「私やフィンでも戦えるけど、勝てるかといわれたら本物の竜と同じくらい難しかったわ」
アレクシアが実際に戦った感想を述べる。
足止めや時間稼ぎなら高ランクの魔導士であるアレクシアや身軽なフィンでも可能だ。
しかし膨大な魔力によって守られた肉体にダメージを与えるのは簡単ではない。
「実物を見たかったなぁ。お留守番も良し悪しだよね。まあ、それ以上に貴重なハーフのルーケがいるからいいけど」
「よろしくお願いします」
ルーケがメイド服をまくり上げると、白い肌が露わになる。
ラミザさんはルーケを後ろに向け、背中側もまくり上げた。
「角とか翼は遺伝しないんだね。ハーフなら小さく発現してもおかしくないんだけど」
「外見的な特徴は一切ありません。預けられた時にも調べられたようですが、特徴で引き継いだのは魔力だけらしく」
「上手く利点だけ引き継いだ感じ。見事なハイブリットだと思うよ。空なんて魔法でも飛べるんだし、人間ほど工夫によって魔力の貯蔵に長けた種族もいないから」
「そうでしょうか? この魔力で怖がられたこともあるのですが」
「少なくともそんなの、ヨハネ君の周りじゃそのくらいたいしたことじゃないわよ。魔力だけならエルフのエヴァリンの方が多いんだし。神なんて存在するくらいだしね。ね、ヨハネ君」
「そうですね。むしろ助けられてばかりです」
最初は前財務卿に押し付けられるように付いてきて、どういう人間なのか分からなかった。
魔道具の扱いに長けていたり、魔力も多くて底が見えない部分もあった。
しかし一緒にいるうちに誠実で仕事好きなだけだということが分かり、今ではかなり打ち解けている。
「うん、異常なし。高ランクの魔導士以上の魔力があるんだから、そりゃそうよねー。例え勢いよく何かにぶつかっても、ルーケじゃなくて相手が吹っ飛ぶもん」
「……あまり嬉しくない例えなのですが。仕事に支障がなくてよかったです」
ルーケがメイド服を直す。
正直その仕草がちょっとエロい。
「それじゃあ、ごく普通の人間であるヨハネ君に座ってもらおうかな。他の子と違って君はちゃんと診察しないと、何かの拍子でぽっくり死んじゃうからね」
「怖いこと言わないでください」
「へへへ。小さい頃はよくケガしてポーションをあげてたよね。懐かしいな」
「その話詳しく聞かせてください!」
ラミザさんが昔のことに浸り始めると、アズが興味津々に乗り出してくる。
そんなに知りたいものなのか。
親父がまだ生きていた頃で、俺は道端で金になるものでもないかと走り回っていた。
ラミザさんはあの頃から優しくて美人で……ちょっと変わったお姉さんだったな。




