八幡神社のある階層
扉が開く。
扉の中に入る。
扉の中の空間で仲間の編成を選択し、アカツキ、オボロを残しザクロとレキを送還。シズクとジンを選択して召喚をすることとなる。
送還を選ぶと、ザクロとレキはそれぞれ炎の舌とツタを「バイバイ」と振って光の粒子になり、ワープしていった。
暗闇の中に浮かぶようなディスプレイの前。
鳳凰が背景に描かれたそのディスプレイの前で、召喚のための龍笛を吹く。
暗闇の中に浮かぶ白いディスプレイを目の前にしても、不思議と目が痛くなるようなことはない。リアルなら暗くして端末の光を見るなんてよろしくないのにね。
心地好い音色が暗闇の中に溶けていって、この空間だけのエフェクトなのか色とりどりの音符がポロポロと溢れ出る。
召喚用の曲を吹き終わると、地面と空中にそれぞれ紫色と水色の陣が浮かび上がって、その中から元気な声が飛び出して来た。
空中の水色の陣からはシズクがポンと飛び出して私に飛びかかってくる。空中から私の首に着地するように身を投げ出していた彼女を受け止め、次いで地面から飛び出して来たジンが大ジャンプしてきたために両腕を広げて受け止める。
可愛らしい妖精の羽根が生えた三毛猫を抱きしめ、その場でくるくる回る。
「なあん!」
「シャア!」
やっと呼んでくれた。
そんな喜色の浮かんだ声で、二匹が鳴く。
「わふん!」
「みゃ!」
下から鼻を高く上げたオボロが、私の腕の中にいるジンへと挨拶する。そして、ジンはその鼻に笑顔で肉球をちょんと触れさせた。可愛らしい猫の手とオボロの鼻の頭とのハイタッチ。もしくは握手。
それから、アカツキが右肩の上から首に巻きついたシズクへとクチバシを突き出す。そのクチバシにシズクも鼻の頭をちょんと触れさせて、静かな挨拶を交わしていた。
微笑ましい光景に笑う。
「さ、二階の探索に行きましょうか」
「カァ!」
「うぉん!」
「しゅー」
「みゃあん!」
扉をくぐる。階層と階層を繋ぐ扉の内部の空間から一歩踏み出す。
こうして、一番最初の四匹を連れて私は二階に足を踏み入れた。
◇
隨ャ荵晏、
◇
一歩踏み出すと、そこは雪の積もった神社だった。
正確には拝殿を背にして、拝殿から出て来たような形になっている。
ガランガランとすぐそばで神社の鈴が鳴っていたのでそちらを振り向いてみるが、そこには誰もいない。むしろ、私がここに来たことで鳴ったようなタイミングだったかもしれない。
『びっくりした』
『鈴の音はそこに来た時点で鳴るのは検証済み』
『ジンだ!』
『シズク姉さん〜!!』
扉の中でセッティングしていたときは、どうやら配信画面は「ちょっと待ってね」状態になっていたらしく、ジンとシズクを加えたパーティメンバーにコメント欄が盛り上がっている。みんなにまんべんなくファンがいてなによりだ。
さて、目の前にあるのは石畳の道で、後ろにある神社の拝殿と合わせて「また和風な場所だなー」と思いながら悩む。ここはどこの神社だろう? 鳥居を確認すれば分かるだろうか?
『動かないの?』
「んー、ちょっと待ってくださいね」
しかし、背後の拝殿も気になるところだ。
一歩も動かないうちから次の行動に迷うことになるとは……。
辺りを見回す。鳥居まで続く石畳の上には、わずかに雪が降り積もっていて、寒い。空は暗くて、夜であろうことが分かる。
さて、どうするべきか?
不思議と、初動の早いいつもとは違い一歩も動くことなく考えていると、ジンが腕の中を抜け出してトンッ、と地面に降りる。それから、紫色の瞳をした三毛猫は私を見上げてするり、するりと足の間を行ったり来たりしたかと思うと、背後の拝殿の中に入り込んでいった。
「あ、ちょっと待ってくださいよ!」
ジンが、幸運のカーバンクルがこんなことをするときは決まってなにかがある。
私は迷いなく、初期地点から動いて拝殿の中に入り込んだ。
案外、あっさりと拝殿の扉が開いて驚く。神社の拝殿って普通は入れないよね? まあこれはゲームだし、探索できる場所ってことなんだろうけど。
「薄暗い……ですね」
『あれ? 拝殿って入れないんじゃなかったっけ』
『一発目から他の配信者と違う挙動とイベントっぽいの起こしてて草』
『カーバンクルちゃんのお導きだからしゃーない』
『幸運補正による確率イベか? それともなんかトリガーでもある?』
『確率イベじゃないなら、二階に来た瞬間拝殿に入るとかか』
確率イベかどうかは、多分他の人が二階に来たときすぐに拝殿に入れるかどうか調べれば分かるのではないかなと思う。そっちは検証に投げるとして……。
「今、一番進んでいる人は何階層まで行ってるんですか?」
『十階まであるのは間違いないみたいだよ』
『あと階層のモチーフになってる文学がスレで話題になってる』
「あ、まだネタバレは勘弁してください。ネタバレしようものならコメント欄見るのやめますからね」
『分かった』
『不思議とお行儀が良すぎるケイカちゃん信者である』
『ストッキンです。ケイカさん、なんならこちらでNGワードの設定しておきますよ。メッセ飛ばしてNG設定を一回限り許可するパス教えていただければ、勝手にやります』
「お、ストッキンさん。配信見てたんですね。ご自分で潜ってみたりはもうしました? まあいいや、とりあえずありがたいのでお願いします」
メッセージのほうをいじってストッキンさんへパスを渡す。
このパスを使ってNG設定をいじれるのは一回限り。こうして、親切な視聴者さんがこちらへ干渉できるようになるシステムもあるのだ。
「ジンー?」
拝殿の中は暗い。
非常に見えづらいのだが……。
「みゃあん」
ガサゴソと、なにか紙をこするような音が聞こえて来たのでそちらに向かう。
よく見ると、拝殿の中。その片隅でジンがなにやら古い……ノート? こんなのほとんど見たことないなあ……時代劇みたいなのでしか見たことのない……なんて言うんだっけこういうの。和綴じ? の、ノートみたいなものでにゃあにゃあ言いながら遊んでいた。
「あの、これ」
『そもそもこのイベント自体が初出』
『情報出し渋ってる人がいるとかじゃない限りは初出だねぇ』
『まーーーた幸運発揮してるよこの猫』
嘘でしょ。まだ私、これのモチーフもなにも分からない状態なのに。これでモチーフがどうのと言われているものに関連するノートだったら、内容を見ても理解できない可能性が高い。
けれど、見ないわけにもいかない。
仕方ないので、こちらをじっと見つめるジンの紫の瞳に応えて和綴じのボロボロのノートを拾い上げた。
――――――
【ある神主の記録―おとぎばなし―】を取得しました。
――――――
御伽噺ねぇ。
ぱらりとページをめくる。
書き出しはこうだった。
――こんな悲しいおとぎ話を、母から聞いた。
帝国で行われていた研究と、それにまつわる悲しいおとぎ話だ。
この話だけは、この街の出身だった女の子の話だということで、僕らにも代々伝わっている。そして、帝国にこの記録が抹消されないようにと、神社の拝殿の中に記録帳として大事に大事に仕舞い込んでいるのだ。
神社の神様……神獣様に保管することに許可をもらい、決して誰にも見つからないように。どうかこの悲しい話が忘れ去られないようにと願い、代々神主となったものが受け継いでいくようになっている。
一番大切なものを、帝国と炎に奪われてしまった悲しい魔獣のお話を。
第九夜ラストの一文
こんな悲しい話を、夢の中で母から聞いた。
故に、階層に入ってから一歩も踏み出さずに拝殿へ入ろうとしなければ扉は開かない。
階層は文章の終わりから始まりへ向かって動いていくので、ラストの一文を辿るにはそうするしかないためである。




