とある少女と夢の獣のおとぎ話
――こんな悲しいおとぎ話を、母から聞いた。
この村に、帝国で働いている研究員の親子が引っ越してきたという。
研究員の父親と、天真爛漫な十五歳の少女だったそうだ。
少女は病弱であり、喉が非常に弱かったそうで、そのために科学と煙の詰まった帝国から自然豊かなこの街に越してきたということだったそうな。
父親はあくまで研究員であったため、引っ越しのできるギリギリのラインが、この帝国沿いにある街しかなかったようだと、参拝客の女性から一方的に捲し立てられた。スピーカーが人間に化けているのか、喉の中にくっついているのではないか? というくらいに噂好きで声の大きなおばさんは、なおも聞いてもいないのに母へと語ったそうだ。
少女は引っ越ししたのが自分のためであることを分かっていながら、父親の職場にたびたび出入りしたのだという。
その辺の野花を小さなビンの中に入れて行ったり、河原で取れるコロコロとした綺麗な石をお土産に持って行ったりと、まるで幼子のように明るい笑顔でついて行った。
父親がそれを止めると、「将来私のことを研究員にしたいのでしょう? なら今のうちに色々と学ばせてくださいな。娘をそばに置きたい親なら本望でしょう?」と笑顔で言ってのけて、父親をたいそう困らせていたという。
父親が困って頷き後ろを向くと、決まって少女は悪戯っぽくニヤッと笑い、街の住民におどけて手を振っていた。自身の我が儘を皮肉っぽく父親のせいにして言いくるめるのは、彼女の得意技だったようだ。
そんな日々があって一年、二年としばらく。
少女は父親の職場……魔獣が持つ固有のスキルと、それを利用するための研究施設で友達ができたと嬉しそうに母へと語ったそうだ。
神社の神主であり、神社の主人だからと帝国に徴収されずに済んだ神獣と暮らしている母は、彼女の丁度良い話し相手になっていた。
いわく、白黒の可愛い子。
夢に関する固有のスキルを持っていて、夢の中の世界や、そこに満ちたエネルギーを現実で利用することができないかという研究に関わっている魔獣だと。
二年間押しかけて、アプローチをして、ようやく心を開いて聖獣に戻ったのだと嬉しそうに語った。
少女は由来を語ることはなかったが、その聖獣に「シルヴィ」と名付けたと、こっそり母に耳打ちしたのだという。
それからさらに一年ほど。
親子がとんと姿を見せなくなってしまい、街の住民が不審に思い始めた頃。
街に指名手配書のようなものがまかれた。
それには白黒の四つ足の獣の写真が貼られていた。ゾウのように鼻が長く、しかし足や胴体はしなやかでトラのようであり、尻尾はウシに似ている不思議な獣だ。
母は直感的に、少女の言っていた「シルヴィ」がこの獣だと気がついたようだった。
手配書にはこの獣が野に放されたことと、その足取りが掴めず発見したらすぐに帝国へ報告してほしいという旨、そして、この有益な獣を逃した下手人は捕らえられていることが書かれていた。
嫌な予感を抱いた母親は親子の家に向かったが、家は帝国の兵士により焼き討ちにされていて、なにもできずに縮こまって帰るしかなかったそうな。
手配書配布から四日後、今度は号外の新聞が各家にばら撒かれた。
そこには、拷問の末に口を割らなかった下手人が、看守に帝国批判を語り、言いくるめ、洗脳するような行動を取っていたため、重罪とし処刑が決まったという「決定事項」が書かれていた。
その人相書きを見て母は涙したという。
案の定、それはあの少女だったからだ。
少女は、たびたび帝国が作り上げた「獣を取り上げ利用する政策」に否定的な態度を取り、父親に研究員となることを決定づけられて抵抗しないのは、内部から変えてやるためだと母に語っていたそうなので、そういうことなのだろう。
彼女は前時代の獣と共存する社会に憧れを持っているようだった。
その結末がこれかと、母は嘆いた。
しかし、神社に宿る神獣を見逃されている母は、それ以上帝国に楯突くことができず、己の無力さを嘆くばかり。そうして、涙で小さな海ができてしまうのではないかと思えるほどの後悔と無力さに打ちひしがれた母は、帝国の広場で行われるという処刑を見に行くことはなかった。できなかった。
しかし、あのうるさい参拝客によると。
処刑されるというのに少女は、笑顔を保ったまま火刑でチリになっていったそうだ。いっさい苦しみの声をあげず、そしてその様子がいっそうに不気味であったと得意げに語る参拝客に、とうとう母は泣いてしまったと。
慌てた参拝客は、ひらひらと洒落た帽子から落ちた百合の花の飾りだけが焼け残り、たいそう哀れだったと慌てて取り繕ったが、母は泣き止まなかった。
そして自分にこの話を言い聞かせ、この悲しい話を受け継いで行かなければならないと説いた。帝国のやることは残虐であり、悪虐非道であり、やはり獣と人は共存して生きるべきだったと。
故に自分はこの記録を残しておくことにする。
自由を奪われ、そして再び愛そうとした人物をも帝国と炎によって奪われてしまったあの悲しい獣の話を。
今、あの獣はどこにいるともしれない。
もしかしたら、彼女がもう死んでいることも知らないのかもしれない。
もし、そうなら。
ずうっと、知らないまま生きていてくれと願うばかりである。
なぜなら、そんな話を知ってしまったのが自分ならきっと……永遠に幸せだったときの夢を見たまま、その世界を凍結保存させてしまおうと思ってしまうかもしれないから。
1話丸々おとぎ話という名の記録になってしまった。




