間話『誰かと誰かの対談、あるいは一方的なひとりごと』
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「隨ャ荵晏、」
第九夜。
悲しい話よなぁ。
とんと帰らぬ夫を待ち侘びて、赤子を連れて八幡様へとお百度参りをする。幾晩も、幾晩も。しかし、とうの昔にその人は殺されていた。
九番目は本当に悲しい話だ。
しかし、お前が望む一番目は帰らぬ者が戻ってくる物語。
お前がどこでその文献を見つけたのかは知らぬが……縋りたくなる気持ちは分からないでもないぞ。
……「待ち人が帰ってくる物語」を終わりから始まりへと辿る。
これは、御百度参りを模した願掛けなのだろう? 分かっている。だからこそ、何度も挑戦させるような仕掛けにしているのだろう。しかし、何度踏襲したとて、何度も繰り返したとして、お前の待ち人は戻っては来れぬ。
死者は帰らぬ。我らがどれほど希ったとて、戻らぬ。
我も、名前をお供に見送って、戻ってくるなどとは考えてはおらぬ。
そのようなことは、お前も分かっているだろう?
「――」
何度繰り返せば満足なのだ。帰ってくるまでか。
我儘な奴め。我も諦めたことを成そうというのか。
しかし、そうか。
……共存者達は己の努力を、結果として反映できる力を持っている。
あの者達ならば、もしかしたら……お前の望む結末も、夢物語ではなくなるのかもしれぬな。
絵に描いた絵空事が本物の空になる可能性を秘めた者。それが我らが見守る人の子らよ。
幸い、大勢の者達を頼ってユリの花が一輪。咲こうとしておるようだ。
しかし、花が咲くにはまだ寒すぎる。
百年は、もうすぐそこだぞ。理想を夢見る獣よ。
もう、理想にだけ浸っていられる時間はとうに過ぎたのだ。
目を覚ますときは近い。
それまでは、我も静かに観戦しているとしよう。
管理者として子らの勇姿は見届けてやらねばなるまいて。
手を出せぬのが、ちと口惜しいがな。
我は黙って、神としてそこにいるのみ。
神とは、願いを聞き届ける者。
しかし、その願いを叶えるのは、願った者でなければならぬ。
聞き、見守り、心の支えとなる。それが神の役目であり……神に見られているからと己を奮起して、立ち上がることができる。それこそが人の強みと言えよう。
傍観者はただ見守るのみ。
頑張れよ、人の子らよ。
誰も辿り着けない結果にも、大勢が詰めかけ踏み固めていけば道は無理矢理にでもできてしまうものだ。道さえあるなら、辿り着くことができるはずだ。
眠ったまま、現実逃避に忙しい馬鹿者を「パートナー」と共に叩き起こしに行ってやっておくれ。
閉ざした心を開く鍵は、とうに手に入っておる。
あとは、「理想」の世界ではなく、「十夜の果て」にいる奴にその鍵を届け、「会わせてやる」だけだ。
次回はシズクとジン君の久々の出番!!
お楽しみに!!




