幽霊パニック!
幽霊船。
それは唐突に海へと現れては冒険者を襲うとされる呪いの船だ。船内には莫大な財宝があると言われ、それを狙っていくつも冒険者が挑戦したが帰還したものは未だにいないという。
外観は巨大だが全体的に傷み古ぼけている。帆にはいくつもの穴が空き、腐って折れている柱などもある。船底も壊れていて、もう船としての命を終えていた。
しかし朽ちて浜辺に打ち上げられてあってもその船が醸し出す異様な雰囲気は消えることはなかった。
そんな幽霊船にまた冒険者の一団が足を踏み入れていた。
キョウヤたちである。
余裕たっぷりの顔で先頭を行くキョウヤとその腕にしがみつき忙しなく周囲を見て歩くチア。そんなチアの様子を口元を押さえて見下すツクヨミだ。
内部も無惨な状態だった。
部屋は家具などが散乱し荒れ放題で、やはり所々傷んでいた。歩く度に床が軋む音だけが周りに広がっていく。
「チア。君はそこまで怖がりだったのか」
纏わり付いて離れようとしないチアを見てキョウヤが言った。
チアは組んだ腕とコートをしっかりと握りしめて、キョウヤに顔を向ける。
「う、うるさいなぁ……だって怖いものは怖いし」
「では気分の高まる話でもするかね? 私たちの学校にまつわる怪談などがあるよ」
「もっと怖い方に高まらせてどうすんだーっ!」
「怪奇! 首なし人体模型の恐怖!」
「いやぁ! やめてー!」
「頭部をサッカー少年たちのおもちゃにされた人体模型だ。さぞ辛くて怖いだろうね」
「って本当に模型が感じてる恐怖かいっ!」
「おや? 君の隣に白い肌の女性がいるよ?」
ひい、と恐怖に顔を引き攣られてそちらを見ると、そこにはツクヨミが歩いていた。確かに肌は白い。
「おーまーえー!」
チアが目に涙を溜め、キョウヤの胸倉を掴んで頭を揺らす。
ははは、と乾いた笑い声を漏らすキョウヤ。
一通りじゃれあってからチアはふとツクヨミがいた方を見た。
するとさっきまでいたツクヨミの姿がなかった。
「ツクヨミちゃん……?」
不安になりキョウヤに向き直ろうとする。
その瞬間だった。いきなり正面に薄明かりに照らされたツクヨミの顔がドアップで視界に飛び込んできたのだ。
「きゃああああっ!」
叫び驚いて地面に尻餅を着くチアに、ツクヨミは口元を隠して意地の悪い笑みを浮かべた。
「こらー! ツクヨミちゃーん!」
チアとツクヨミの鬼ごっこが始まった。
小さい割に脚の速いツクヨミの背中を追っていくと、大きな広間へと出る。
中央付近でターンして避けたツクヨミは後から追ってきてキョウヤの背後に隠れる。
「二人とも元気だね」
言うとキョウヤは周囲を見渡した。
何かイベントをやるための場所なのか、船の中にしては広い造りとなっていた。
チアは追うのを諦め気を抜いてボーッとしていると、急に前方の二人が構える素振りを見せた。
「チア……後ろだ」
僅かに焦りを含んだキョウヤの声。
しかしチアはまた驚かす気かと思い、
「もうその手には乗らないからねー」
「いや……今度は本当だ。後ろに白いのが……」
「あー、はいはい」
全く相手にしないチアだったが、そこで真横からの変な動作を視覚が捉えた。刃物のようなものが鋭い光を放っていた。
ゆっくりと振り返ると、そこには宙に浮いた白い幽霊がいた。
「っ……いやぁああああああ!」
チアは普段よりも更に素早い身のこなしでキョウヤの背中に隠れてから驚きに息を乱す。
正面には白い物体があった。
一見すると布切れのようだが、ちゃんとした形を持っていた。それはローブを目深に被ったような人型である。身の丈ほどある大鎌を携えた姿はまるで死神だった。
幽霊はローブの頭部付近から赤い双眸を光らせると風を撃ち放ってきた。それは竜巻のように一直線に伸びる。
しかしキョウヤたちに直撃する前に障壁が阻んだ。
ツクヨミの防御効果だ。
障壁が風を吹き飛ばすと、キョウヤが前へと出る。
踏み込みから布の中心を切り裂く刃の一閃。
だが幽霊は寸前で身を躱した。
続けて追撃から連続で斬り掛かっていくが、幽霊は白い残像を生み出しては移動する。
やがてキョウヤの背後に回り込み大鎌を振りかざした。
剣で防御するキョウヤだったが、直後に衝撃波を喰らって吹っ飛んだ。キョウヤが使うのと同質の風の魔法だ。
チアも射撃するが幽霊は素早い動作で回避していく。
ツクヨミの爆薬は命中するが緑色の障壁に遮られダメージはない。
キョウヤは起き上がると幽霊に向かって飛び込んだ。
剣からは炎を噴き出し、熱を帯びた剣の立ち筋が幽霊の全身に襲い掛かる。
しかし幽霊には目に見えるほどのダメージはない。
効かないとでも主張するかのように、すぐさま反撃に出た。
風を呼び炎を弾き飛ばすと、大鎌を掲げる。
すると幽霊の浮いている辺りの地面から風が巻き起こった。風はすぐに勢いを増し、幽霊を飲み込む竜巻と化した。
近くにいたキョウヤに風の力が直撃し、遠くまで弾き飛ばされ地面に倒れた。
「キョーヤ!」
チアの心配する声とツクヨミの回復薬がキョウヤへ届いた。
チアは竜巻にバーストショットを撃ったが、防御の力もあるようで爆発はするも全く威力を発揮しなかった。
ツクヨミの調合爆薬を以ってしても同様だ。
竜巻はその猛威を増していき、内部で閃光が走っていく。
そしてついに爆ぜた。
部屋全体へと広がった竜巻は巻き込むもの全てを破壊していく。床がバラバラになり、上空へと飛ばされる。
「チア! ツクヨミくん!」
崩壊していく部屋でキョウヤが駆け寄ろうとするが、その前後の地面が消え去っていき、やがて支えられる力を失い落下し、眼下の闇に吸い込まれていった。
「キョーヤー!」
彼の落下からすぐにこちらの地面も崩れ、チアとツクヨミも視界が暗闇に埋め尽くされていった。
気が付くとチアは床に倒れていた。
天井は深い黒に覆われ見えないが、周囲は落ち着いていた。
どうやら落下したことで一時的に戦闘状態も解除されたのだろう。
安心した吐息を漏らすと、そこに顔に被さる陰影が降ってきた。
またしても正面にはツクヨミの顔がドアップで現れた。今度は口の端を引っ張り表情を歪めている。
「ばあ……!」
「きゃああ!」
チアはバッと起き上がり心臓の辺りを押さえて息を荒げた。
「もー! やめてって言ってるでしょー!」
「だいせいこーう……」
悪びれた様子のないツクヨミに溜息をつくが、すぐさま界隈を見回す。
「ツクヨミちゃん……キョーヤは?」
その問いにツクヨミは首を横に振った。
離れた位置で落ちたから逸れたのか。
肩を落としたチアだったがすぐに思い直して立ち上がった。こちらに目を向けるツクヨミに、
「よし、じゃあキョーヤを探そっか?」
ツクヨミは小さく頷いた。
歩いていると周囲の様子が少し違うことに気が付いた。何というか、ここは他よりも空気が軽い感覚だ。なぜかは分からないがそんな感じがした。
少なくともモンスターの気配はないので安全なのは確かなようだ。
「チー……」
並んで歩いていると隣から声がする。
ツクヨミから話し掛けてくるなんて珍しいことだったので少し戸惑いつつも、
「ん? どうしたの?」
キョウヤが居なくて寂しいのだろうか、などと考えている次の言葉は思いも寄らないものだった。
「チーは……キョーのこと好きだよね……」
「へ……? あ、いや……え……? つ、ツクヨミちゃん二人になると大胆というかガールズトーク全開? よーし、お姉さん付き合っちゃうよーあははっ!」
おどけるチアにツクヨミの真剣な眼差しが突き刺さる。
一切のごまかしなど許さないといった瞳にチアはたじろいだ。ただでさえ威圧するような瞳なのに、今は彼女が答えを要求する意志が混じってより強力だ。
チアは呆気なく陥落した。
「う……。まあ……す、好きだよ?」
ツクヨミ並の声量になっていた。
ツクヨミはそれを当然とばかりに受け取って頷くと、
「チーの気持ち……キョーに伝えないとダメ……」
「ツクヨミちゃんって結構押し強いのね……っていうかあたしってそんなにわかりやすい?」
「近くにいれば……誰だって分かる……」
「そ、そんなにですか……」
つい敬語になって気落ちするチアに、ツクヨミが気にせず続けた。
「キョーはとてもまっすぐな人……でもまっすぐ過ぎてチーが見えない……隣にいるだけじゃダメなの……」
ツクヨミはそれ以上は何も言わなかった。
その言葉はチア自身の中にもあったが、いざ誰かに言われると心に深く、あの向けられた視線よりも突き刺る。
チアはツクヨミの言葉を噛み締めた上で、
「ありがと、ツクヨミちゃん。今度少しだけ頑張ってみようかな」
笑顔を見せるとツクヨミも満足したのか普段よりも大きな頷きで答えた。
それにしても、とチアは思った。
ツクヨミがここまで恋愛事に敏感とは。こういったことには興味がないと思っていたのに。しかも大人の意見だし。もしかしてこんな容姿だけど自分よりも年上なのだろうか。いやキャラがロリだからってリアルとは関係ないといえばそうなんだけど……。
色々な思案が駆け巡る。
もはやお姉さんとしての対応すら忘れ去ってしまうほど、ツクヨミの言葉は正鵠を射ていた。そして圧倒されてしまった。
……この娘、何者……!
視線を送るチアに、今はもう気怠な顔に戻っていたツクヨミが首を傾げた。
そんな折、通路の奥に扉が見えてきた。
二つだ。一直線伸びた先の突き当たりにある扉と通路の途中の脇にある扉だ。
後者の扉は少し開き、隙間から微かな明かりが漏れていた。
この場に釣り合わない談笑も聞こえてくるので気になって覗き込むと、そこにはなんとキョウヤの姿があった。
部屋はなぜか畳張りで四畳半ほどの広さの中央に暖炉と鍋が置いてある。キョウヤはそこに座りのんびりと出されたお茶と茶菓子に舌鼓を打っていた。
人が心配していたいうのに暢気に茶をシバいているとは。この男は……。
若干怒りにボルテージが傾いてきたが、そこに疑問が生じた。
キョウヤが喋りかけている相手だ。ここにはそんな話をするような相手はいないはずだが。
気になってゆっくり扉を開く。
「ひいいいい!」
キョウヤが話し掛ける視線の先を見てチアが今日何度目かの悲鳴を上げた。
話相手はなんと骸骨だった。
そのまんま骨だけの身体の上に毛皮を羽織り、海賊帽子を被っていた。
反射的に弓を構えるチアにキョウヤがまたお茶を啜りながら言った。
「彼は敵ではないよチア。私を介抱してくれた恩人だ。紹介しよう。名をムクロボーンくんという」
「ちょっと捻っただけじゃん!」
「ムクロボーンくん。こちらは私の友人のチアとツクヨミくんだ」
チアのツッコミを無視してキョウヤが紹介していく。
骸骨は立ち上がり帽子を取ると会釈して、
「これはこれは美しいお嬢さん方! お初にお目に掛かります、ムクロボーンと申します。年齢不詳の紳士です。趣味は骨盤の矯正。好きな物はカルシウムで嫌いな物は骨粗鬆症です。どうぞ、よろしくお願いします!」
やたら陽気な声で聞いてもいない自己紹介を終えると、丁寧な動作で部屋へ入るように促してきた。
「ささっ、こちらへ! 狭いところですがごゆるりと『ホネ』を休めていってください」
少し躊躇したチアだったがあまりに強く勧めてくるので渋々中に入る。ツクヨミは特に何も反応もなく、すでにキョウヤの隣に座っていた。
座るとすぐに二人分のお茶と茶菓子が出された。
「あ、どうも」
一応礼を言うと骸骨は、
「いえいえ、これくらいしかお構いできませんで申し訳ないです。客人など滅多にないもので、はっはっ!」
無駄に明るい声。
ツクヨミが静かにお茶を啜る。
「キョーヤもこの近くで倒れてたの?」
「うむ。そこを彼に助けられてね」
チアの問いにキョウヤが答える。
「いやはやびっくりしました。あんなところで倒れているなんて。キョウヤさんを運ぶのは大変『ホネ』が折れましたよ、はっはっ!」
「ふふふ、ムクロボーンくん。君もなかなかの『ホネ』のある男だね」
むしろ骨しかない。
「……つっこまないよ? つっこまないからね?」
色々と衝動に駆られるも我慢するチア。
そんな調子で話していると、内容はチアたちがこの場に至るまでの経緯などの話題になった。
財宝のクエストでやってきたことや、途中で出会った風を操る幽霊のこと。幽霊の話題になると骸骨は少し声のトーンを落として語りだした。
「奴はいつ頃からかこの船に住み着いては冒険者を襲っているのです。ワタシも最初は上方を住家にしていましたが、抵抗も虚しく奴の圧倒的な力に追いやられ、今はこの下層に移りました」
「確かにあの敵の風の攻撃は強力だったね」
「あ、いえ……ワタシのような種族は風への耐性がとても高いのですけど。ただそんなものがなくても鎌だけでやられてしまいますね」
骸骨は自嘲気味に言ってから一度会話を止め、こちらを眺めてから、
「もしかして奴と戦いに行かれるのですか?」
「そのつもりだよ」
キョウヤが答える。
骸骨は一瞬だけ戸惑う態度と何かを言いたげではあったが、やがて落ち着いてから告げた。
「冒険者さんの意志ですからね。止めはしません。奴の土属性に弱いです。戦われるならそこを攻めるといいでしょう」
「貴重な情報感謝する」
「あとはワタシのように『ホネ』を斬らせて肉を断つ戦法が有効ですよ! ほら、こう……『ボーン』ってやって! こうやるのが『コツ』ですよ?」
急に身振り手振りを加えて説明し出した骸骨についにチアが限界を超えた。
「いやそれ意味合い的にこっちのがダメージ大きいから! っていうかその喋り色々とワザとだろっ!」
「チアさんナイスツッコミ! とても『ホネ』身に沁みますよ、はっはっ!」
「もういいわっ!」
チアのツッコミが炸裂したところでキョウヤが立ち上がった。ツクヨミも食べたものをお茶で流し込んで続く。
ツッコミ衝動に負けたチアは頭を抱えて自分の行い後悔している。 相手はNPCだというのにキョウヤがするような対応をしてしまったことへのだ。
しかし同時にチアは思った。
このムクロボーンは他のNPCとは違って会話の対応も柔軟だし、反応もまるで人間のようだ。
だからといってプレイヤーではないし、誰かが操ってるといわけでもないだろう。こういった珍しいNPCも中にはいるのか。
そんな結論を出すとチアは部屋の外へと出た。
骸骨は外まで見送りに来ると、奥のドアを指差した。
「あの扉から出てまっすぐいくと奴が根城にしているデッキに出れます。おそらくそこにいるでしょう」
「ありがとう。色々と世話になったね、ムクロボーンくん」
「いえいえ、皆さんお気をつけて……ご武運を!」
歩き出す背中に骸骨は帽子を取って一礼する。それから手を振った。
キョウヤが手を挙げて応え、ツクヨミが小さく手を振って応えた。
そして三人は扉の奥へと進むのだった。
骸骨の情報通り進んでいくと特に何事もなくデッキへと辿り着いた。
そこには待っていたとばかりにあの幽霊が佇んでいる。
幽霊はすぐにこちらへ反応すると一度身を回転させてから大鎌を構えた。
「それでは再戦と行こうかね」
キョウヤの言葉にチアが弓を引き、ツクヨミが身構える。
そしてキョウヤは剣の刀身を重ねて打ち鳴らし、力を呼び起こした。
「グラウンドブレード!」
硬質な岩の塊が一瞬にして剣を覆うと、そこから爆ぜて拡散する。黄色のオーラが溢れ出し散らばった岩はそれに引き付けられるように刀身の周囲を浮き、間に白い閃光が走っていく。
キョウヤは力の解放と共に飛び込みからの一撃を放つ。
振り払った剣の衝撃が地面を穿つが、幽霊には命中しなかった。
高速でキョウヤの背後を取ると鎌を振り下ろす。
キョウヤは空中で身を翻すと両の剣で鎌を受け止め、身体の回転の勢いを利用して一気に左に弾き飛ばし、また一回転して右側から二本の剣を平行にして薙ぎ払った。
二つの剣は幽霊の一部を引き裂く。
更にそこを岩石が穿ち爆ぜて吹き飛ばした。
幽霊が怯んだ。ムクロボーンの言った通り土系統に弱いようだ。
好機だった。
キョウヤが仕掛ける。前方へと斬り掛かった。
一撃は大鎌に遮られた。
剣を引き、もう一度。
次は幽霊の残像を裂いた。
キョウヤの刃が向かうのは幽霊の移動先。
今度は全身でステップを踏み、体ごと力のある剣で行く。
しかし剣は空を切り、気付けば背後には影があった。
布切れのようなにひらひらと浮いているものと、その影から上方に伸びる刃の影。死神の一撃だ。
キョウヤが地面を蹴った直後、そこは切り裂かれた。
横からチアの弓が飛ぶが、幽霊の高速の移動の前にしては命中させられない。
あの残像からくる驚異的な移動速度は厄介だ。
だがキョウヤはその動きを見てあることに気が付いた。
それは幽霊が二度見せた動きだ。
……そうか、あれは……。
「キョー……」
ツクヨミから速度強化の薬品が飛んできた。
ありがたい、とキョウヤは思う。
爆発的な速度を得て一直線に突っ込む。
剣戟。剣と鎌の刃が弾き合う音だ。右剣を薙いで、移動する姿を追いかける。
幽霊のステップが終えると、前方に着いた。
ほぼ同時だった。身体強化ありならば幽霊の速度にも負けていない。
剣が空を切る回数が減り、鳴り響く刃の交え。
一瞬とはいえ防御で動きが止まるため、チアの弓が狙い撃つ。
幽霊が鎌で矢を防ぐ。直後に手元が爆発した。
ツクヨミの爆薬だ。
キョウヤは飛び込みから剣の軌道を交差させて振り下ろす一撃を放った。
だがこれには幽霊が反応を見せた。
その場から消え去り一瞬にして背後に回り込んでくる。
攻勢の刃を避けたキョウヤは思った。いや思うのではなく、それは確信だった。
やはりか、と。これで三度目だ。間違いない。
地面を蹴った。
速度は互角。相手の行動パターンにも慣れた。もはや剣は届く。
鎌に向かって剣を交互に打ち付けた。
そこで残像。
キョウヤもステップを踏み追いつき、再び互いの得物が鋭い声を上げた。
矢の援護を防ぐ幽霊に切り込むが、やはり残像で回避される。
キョウヤは踏み込んだ。
加速を最大にしてから目標の眼前に到着し、速度の勢いを殺さずそれ威力として繰り出す攻撃だ。
それを見た幽霊が赤い瞳を光らせた。
……この瞬間だ!
剣は虚しくも空振りに終わる。
しかしここでキョウヤはある行動に出た。
振った剣で背後に持って行く行為だ。大きく刃が背後に流れる。
そしてそこには手応えがあった。逸らした刃は背後で幽霊に深く突き刺さっていた。
斬撃したわけじゃない。ただ刃を移動しただけの剣に自ら刺さりにきた。
そう。奴は剣に反応して移動してたのでなく、正確には剣の使用者の身体の動きに反応していたのだ。
人が力強く動作するときはどうしても身体全体の動きも大きくなる。あの幽霊はそれを見極めるように作られ、そして一つの命令を与えられていた。
敵が大きく動いたら、背後を取れと。
幽霊はそれに従順にしたがっただけだ。刃の軌道を読むだとかは一切考えてない。
そのパターン化が仇となった。
キョウヤは剣を抜くと振り向き様に連続で切り払った。
剣は見事に幽霊を捉え、爆発の力が吹き飛ばした。
剣に力を込める。
接近はせずにそのまま地面を裂く軌道だ。
地面を叩くと鋭利な岩の塊が下から飛び出し、波のように走り後方に飛んだ幽霊の足元からも噴き出した。
「バーストショット!」
ふらつく幽霊に横からも爆発の力がきた。頭部付近に命中し幽霊を身を折った。
更にツクヨミの爆薬が直撃する。
これで倒れたかと思ったが、まだだった。
幽霊は体勢を立て直すと瞬時にチアとツクヨミの方向にワープし、大鎌で薙ぎ払うと二人は吹き飛ばされた。
今までとは違う動きだ。ライフ減少で行動が変わるタイプなのか。
幽霊はまたワープする。直後に背後から気配がした。
振り返ると鎌の一閃。
キョウヤは何とか剣を前に出して防御する。続けて風の渦がくるも、これも剣を交差して堪えた。
だが強力な風の攻撃に後ろに押され、防御が解けた。
幽霊はその場に留まり、またしても突風で攻撃してくる。
風は二つ。ガードの下がったキョウヤと隣で立ち上がったチアに命中した。
身体が吹き飛ばされ壁に打ち付けられる。
キョウヤは片膝をついた。
ライフが激減していた。残りは僅かだ。
幽霊はまた風を撃とうと準備している。このままではやられる。
そう思ったとき、一つの動きがあった。
調合の回復薬がキョウヤとチアに振り掛かりライフが一気に回復したのだ。
やったのはツクヨミである。
しかし調合は強力なスキルではあるがクールタイムが存在する。こんな一瞬で両方を調合により回復するのは不可能なはずだ。
答えはツクヨミにあった。
ツクヨミの立つ地面と身体の周囲から青いオーラが湧き出ている。
「オーバードライブ……!」
普段よりも語気の強いその台詞。
アイテム師のオーバードライブの効果である。
効果時間中は調合スキルの効力を上げ、クールタイムはゼロとなり連続調合が可能になる。
幽霊は回復効果の影響でツクヨミを狙う。ワープして鎌を振り下ろした。
だがツクヨミは調合での強力な防護で鎌を押し返す。
そして怯んでるところに光をぶつけると、幽霊がツクヨミの作り出した障壁の中へと閉じ込められた。
抵抗するが抜け出せない。
ツクヨミはこちらを見た。
その視線はキョウヤではなく、
「チー……」
チアだった。
チアもダメージから立ち直り障壁に近寄っていく。
なぜキョウヤではなくチアだったのか。チアの職業の狩人には魔法剣士にはないものがあったからだ。
チアは障壁の正面に立つと弓を構えた。
気を溜めると、矢の先端に白い光が集まっていく。
そして光が限界まで溜まると激しくうねりを上げて波打った。
「行くよ! ブラストショット!」
障壁が壊れるのと放たれたのは同時だった。
チアの弓から矢が飛ぶと先端の光が散り、それが無数の光線となって前方の広範囲を飲み込んだ。
これでは動きの早い幽霊でも回避は不可能。それも至近距離で浴びせられての直撃だ。
光線が最後まで打ち切られると幽霊は原形を留めておらず小刻みに痙攣していた。
キョウヤはそれに向かって最期の一撃を放った。
大地の力を持った斬撃は裂いたものに圧倒的な重圧を与え地面に叩き伏せた。
「なかなか手強い相手だったね」
二人の位置に歩いて行きながらキョウヤが笑みを見せた。
「あたしの一撃みた? すごかったでしょ!」
チアの快活な声。
それも凄かったがやはり目を見張る活躍だったのはツクヨミだ。
「オーバードライブとはすごいものだね」
「うんうん、ホントだね!」
言われてツクヨミは腰に手を当て胸を張った。
二人でツクヨミを称賛していると背後で動きがあった。
地面に倒れていた幽霊が復活したのだ。
キョウヤたちは気付いて構える。
幽霊は動かないが大鎌を身体の正面で構え、自身の周囲に風を集め始めた。
「しまった!」
キョウヤがいち早く察して飛び込む。
幽霊に斬り掛かろうとするが寸前で巻き上がった竜巻に遮られた。それでも突き進もうとするキョウヤだったが、風の力に弾き出された。
吹っ飛ばされて地面に倒れる。
「キョーヤ! 平気?」
「私は平気だが、しかし……」
焦りを浮かべて正面を見た。
あの時の技だった。幽霊との一度目の対決で部屋を破壊した強力な魔法だ。
しかも今度は更に大きく渦巻いていく。力の全てを注ぎ込んで自爆でもするつもりなのか。
船のマストなどがへし折られ空へと飛んで行く。
あんなのが撃たれればこの船ごと消し飛ぶだろう。
だが、どうすることもできない。
あの竜巻にはキョウヤの剣も、チアの弓も、ツクヨミの爆薬も通らない。
竜巻が発動しようとした、その時だった。
キョウヤたちの来た扉から一つの影が動き出した。
三人はそちらを見る。
現れたのはムクロボーンだった。帽子を目深に被り、両腕に爆弾を抱え歩いていく。
キョウヤたちの横にまでくると一度足を止めて軽く頭を下げる。そしてまた竜巻に向かった。
「ムクロボーンくん……一体何を……」
そう言い切る前にキョウヤは思い出す。
骸骨の種族は風への高い耐性を持っていると話していた恩人の様子をだ。
完全に背中を見せた骸骨はもう一度止まり、背後へと声を飛ばした。
「キョウヤさん。チアさん。ツクヨミさん。ほんの一時の短い間でしたが、ワタシは貴方たちと楽しくお話できて本当に嬉しかったです」
そして一息付いてから、肩越しにこちらを一瞥するとそれきり正面だけを向いた。それはもう何かを決意をした者の背中だった。
「ありがとうございました。そして皆さんどうかお元気で……さようなら!」
「よせ! ムクロボーンくん!」
キョウヤの制止を聞かず骸骨は走り出した。
竜巻に突っ込み中へ入り込むと姿が見えなくなり、そして竜巻の隙間から光が漏れ始める。
直後に大爆発を起こした。
「ムクロボーンくーーーーーーんっ!!」
キョウヤの叫びが爆発音の中で悲しく響き渡った。
爆発が収まった頃には、黒煙が辺りを漂っていた。
悲しみに肩を落としていたキョウヤだったが、ふと正面に落ちていたものを見る。
それは骸骨の頭だ。
キョウヤはそれを拾い上げると、
「帰ろうか……彼の墓を作ってあげよう……」
顔を上げようとした、その時だ。
キョウヤが持っていた頭部をヒョイッと掴んで持ち上げた腕があった。
腕はただの骨だったが、その頭部の持ち主の物だった。
「これはこれはキョウヤさんご丁寧に頭を拾って頂いて感謝です」
頭をくっつけ陽気な声を発するその姿は紛れも無くムクロボーンだった。
……あれ?
三人が呆然と骸骨を見ていると、その視線に気付いたのか首を傾げ、
「どうかしましたか、皆さん? そんな幽霊をみるような目で! あ、わかりましたよ、ワタシの魅力に『ホネ』抜きになっているのですね? はっはっ!」
色々ツッコミどころが満載ではあったがそれを無視し、何とか言葉を見つけたのはチアだった。
「いやだってお別れの言葉いってたし……」
「ああ、それはここのボスを倒したら皆さんとお会いすることもないと思うと寂しくなりまして、つい……」
「紛らわしすぎるわーーーっ!」
チアの叫びが晴れ渡った空へと響いていった。
それから骸骨に見送られ幽霊船を後にした。
最後にキョウヤは恩人と固い握手と、またいつか再会すると約束を交わして。
結局財宝は見付からなかったが、そんなものよりも大切なものを手に入れたのであった。
後日。
驚愕の事態が判明した。
どうしても幽霊船のことが気になったチアが色々な方法で調べたのだが、どこにもムクロボーンというNPCが存在するといった情報は一切載っていなかった。
これにはチアは勿論のこと、ツクヨミも顔を真っ青にし怯えていた。
そんな中で平然としたキョウヤは空を見上げて言った。
「きっとまたいつか必ず会えるさ」




