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彼が廃人になった理由  作者: 紫月 一七
13/16

灼ける大地

 どこまで近付くがことができたのだろう?

 不意にそんな考えが頭を過ぎることが多くなった。

 想い人のいる世界。

 彼女はここで何を感じ、何を思い、何を成すのか。

 同じ大地を駆け回り、その楽しさを実感していってはそんなことを思うようになった。

 しかしまだ彼女には届かない。

 彼女はもっと先を行くものだからだ。

 追い付きたい。

 そしてもっと身近で想いを共感したい。

 共有したい。

 共に在りたい。

 果たしてどこまで追い付いたのだろうか? どこまで行けば追い付けるのだろうか?

 考えても答えは見付からない。

 だが歩みは止めない。

 それが彼女に追い付く唯一の方法だから。

 もう決めたからだ。

 そう。

 必ず君の元へ行くと。



 キョウヤとチアがEROを始めてから一ヶ月が過ぎようとしていた。

 冒険と狩りを繰り返し二人のレベルも順調に上がり、キョウヤが87でチアが89までに成長していた。

 たった一ヶ月でここまで上がるのは驚異的である。

 チアの効率の良さと根性。キョウヤは未熟ながらも課金アイテムによる取得経験値をアップすることでここまでの速度を実現したのであった。

 そんな現在。

 EROでは夏直前の超大型アップデートを控えていて、どこもその話題で持ち切りだった。レベルキャップの解放に新スキルとマップとクエスト等など。

 これまでにない容量と内容らしく、それだけに期待も高まっていた。

 当然キョウヤたちにも情報は入ってきた。

 今日は三人とも休日だったため、朝早くからそのことについてキョウヤの部屋に集まって話し合いをしているところであった。


「とりあえず色々と情報が錯綜しているようだが、私が信頼できる筋から得た情報は以上だね」


 そう言ったのはキョウヤである。

 整えられた黒髪のオールバックに鋭い目付きの少年だ。 白いシャツに赤いネクタイ。黒いスーツのような服の上に黒いコートを着ている。コートは重厚な赤い装甲で装飾されている。


「その二つがアップデート直後に必要になるアイテムなんだ? じゃあ今日はそれを取りに行く?」


 その内容を確認しつつ話を進めるのはチアだ。

 明るい茶髪のショートカット。端正な顔だが、それよりも底無しに元気が秘められた瞳が印象的な少女である。

 赤と白のドレスのような軽装の鎧に、赤いマフラーがトレードマークとして巻かれている。


「大体こっちもそんな感じ……」


 小さい声で同意して話に入るのはツクヨミだ。

 白い肌と質感に癖のある青いセミロング。整った顔付きで気怠げだが深く神秘的な青い瞳を持つ。

 小さな体型に不釣り合いな大きなリボンのついた青い三角帽子に、青を基調とした白いラインの入ったコートを着ている。


「アイテムの場所は火山地帯にいる獣と雪山地帯にいる雪男からのドロップで分かれているね」


「でもみんな時間あるし一日で回れそうだねー」


 チアの言葉にキョウヤが僅かに顔色を変えた。

 それは何かを懸念する様子で、


「本当に一日中掛かってしまうと昼と夜の蓮見くんへの挨拶ができなくなる恐れがあるね」


「……それ休日もやってたんだ」


 内容を聞いて半目になるチアを無視してキョウヤが続ける。


「勿論だよ。休日は特に力を入れて儀式付きの挨拶で、なんと三部作だ」


「まさかのシリーズ化!?」


「第一部、おはよう蓮見くんいい朝だね編。第二部、こんにちは蓮見くんのんびりとしたいい休日だね編。第三部、こんばんは蓮見くん今日も何事もない平和ないい一日だったね編」


「やめなよ、それっ! 迷惑な上に台詞がストーカーっぽいよっ!」


「感動の超大作に全蓮見くんが涙した!」


「まーそんな挨拶が自分にされてたことを本人知ったら泣きたくなるとは思うよ……感動とは別の意味でっ!」


 するとそこにツクヨミが何か言いたそうな目で寄ってきた。


「キョー……」


 その瞳は真剣だった。怒っているのだろうか。

 話が逸れたのもあるが、内容がふざけすぎていたからかも知れない。

 その唇が微かな空気を吸い込むと、言葉を繋いだ。


「三時のおやつの挨拶が抜けてる……!」


 チアがその場で盛大にずっこけた。


「なんと! 私としたことが失念していた! ふふふ、さすがはツクヨミくんだね。……それにしてもチア。君はなかなか芸術的な転び方をするね」


 グッと親指を立てるツクヨミを見てチアは立ち上がり、


「ツクヨミちゃんもアホな言動を煽らないのっ!」


「ははは、アホな言動とやらは置いといて……思ったのだが、おやすみ蓮見くんの挨拶もあった方がより良いとは思わないかね?」


「だからそれを置いとけーっ!」


 メモを取るだの言い出したキョウヤを無視し、一度溜息をついてからチアはアップデートの事前情報に目をやった。

 超大型アップデートと宣伝するだけあって内容も豪華だ。その中でも特に目を見張るのが新職業が三つも増えるというもの。


「新しい職業かぁ……まーあたしは狩人気に入ってるし、これでいいかな」


 チアが言うとツクヨミも同意とばかりに小さく頷いている。

 だがキョウヤは違ったようだ。


「私は大いに興味があるね」


 へー、と若干の関心を示してからチアはあることを思った。

 ……魔法剣士も結構板についてきたのになぁ。

 そんな胸襟での感想を余所にキョウヤはこう言った。


「ついに職業サラリーマンが解禁されると思うと期待してしまうね!」


「うっわ、まだ諦めてなかったんだ、それ……」


「ふふふ……私の脳内に諦めるという言葉はないのだよ」


「だよねー。ストーカーみたいな行動も未だに諦めてないし」


「いやストーカーは立派な犯罪だよ。そのようなことをする者がいるならば更生させるべきだね」


「鏡見たらきっと更生させるべき人物が見つかるよっ!」


 半ば沈痛そうな表情になっていたキョウヤだったが、言われた通りに部屋にある鏡を見た。

 ふむ、と唸って様々な角度から見たり、顎に手を当てポーズをとったりした後に、


「イケメンの好青年が映ってること以外は特に異常は見当たらないよ?」


「うん、もうなんかいっそその思考自体が異常だよね……」


「ははは、確かに他者とは違う特異なものが私の思考にはあるかも知れなくて見事だね」


「そのポジティブさだけは称賛するよ、ホントにねっ!」


 言い切ったチアは話を戻し、火山と雪山のどちらから攻略するか考えようとしていると、そこに動きがあった。

 キョウヤだ。彼は急にスッと立ち上がると自信たっぷりな表情で告げた。


「それではそろそろ出発しようかね、諸君」



 そこは荒野だった。

 それも高熱を持っている。

 熱を出すのはマグマだ。赤く燃え盛る表面が常に大気を熱しては猛威を奮う。辺りから崩れ落ちた岩石すらも発火させては溶かして飲み込んでいく。

 そんな灼熱の絨毯の上には、土砂などが荒く敷かれた濁った灰色の地面が通路を成していた。

 その通路は最初は広い空間に自由に道を作り、やがて奥にある岩壁の谷まで伸びている。

 キョウヤが選択したのは火山地帯だった。

 移動を宣言してから特にどちらかも告げずにここまで来て答えを得ることになった。

 チアとツクヨミにはいつものことで慣れていたが、普通は自分勝手な態度だとか思われるかもしれない。

 しかしキョウヤがするとどこか胸が踊る不思議な気持ちになってくるのだ。次はどんな場所に行って、どんな冒険をするのかと。

 そういった魅力の持ち主である。

 チアは周りの風景を見ながら口を開いた。


「それにしても暑さ感じなくてよかったねー。もう見てるだけで暑いくらいだし」


「特にこれから真夏日だしゲームに夢中で本体が汗だくになってしまうね」


 そこまでいうとキョウヤが急に足を止めた。

 少し考える仕草をしてからポツリと呟く。


「汗……」


 目を閉じてその単語を噛み締めるように溜めてから、一気に腕を広げて微笑んだ。


「うんっ! いいねっ!」


「なにがっ!? ねぇ何が!?」


「ふふふ、いやなに私の逞しい想像力と汗という単語が溶け合って無限のシンフォニーを奏でてしまっただけのことだよ」


「うん、まあ想像力が変態の域に達してたのは知ってたよ」


「変態とは心外だね。私は蓮見くんのしか興味がないよ?」


「そんなこと聞いてないし、おまけに充分に変態じゃないかーっ!」


 そこで横で聞いていたツクヨミが会話の流れをよく整理してから適切な一言を発した。


「くんかくんか……?」


「うぉいっ! だれ!? 誰だツクヨミちゃんにそんなこと教えたのはーっ! ってか何となくわかってるんだけど……キョーヤ!」


 おそらく元凶と思われるキョウヤに視線を送ると彼は、ははは、と笑い、


「誤解だ、チア。私はただ彼女のファンクラブからツクヨミくんへ届いたメールの翻訳を頼まれ懇切丁寧に説明しただけだよ」


「それがダメなの! ツクヨミちゃんに悪影響だから! っていうかそんな気持ち悪い内容のメール通報しとけーっ!」


「チア……人が勇気を出して真剣に書いた言葉を無下に扱うのはどうかと思うよ? だからこそ私は本気に応えたまでなんだ」


「そんなときだけ妙な親切心出すなっ!」


 チアが息を切らせて叫ぶ。

 そんな様子を見兼ねてか、ツクヨミがどーどーと宥めに入る。

 ややあってから落ち着いたチアは、


「あー疲れた……もう先に行こ」


 チアが前方へ足を踏み出す。

 するとある変化が起きた。地面からだ。

 それはいきなり周囲から浮かび上がった。白い塊が人型になって現れると、辺りを一瞬で包囲した。

 人間と変わらない体格だが、白い岩のコートを羽織っているような風体である。その姿は岩男とでもいうか。

 その中の一体がチアへと向かってきた。

 反射的に弓を構えたが、それよりも先に眼前で届いた刃が岩男を切り裂いた。

 キョウヤの剣だ。

 構える二本の剣は以前とは違うものだ。

 黄金の両刃の刀身と、その刃の外周には微細な光が灯っている。柄の先端にはそれぞれ赤と青の宝石が付けられていた。

 幽霊船の一件から強敵に備えキョウヤが買ったもの。こしらえたのはツクヨミで、彼女曰く世界に数本しかない聖剣らしい。効果は単純に剣と魔法の威力上昇だが、それ以外に二つの特殊効果を持つようだ。

 ちなみにそれが何であるのかキョウヤ自身も知らないようだ。まだ発動させたことがないらしく、ツクヨミに聞いても発動してからのお楽しみだそうだ。

 キョウヤの一撃を合図に全員が動き出した。

 一斉に襲い掛かってくる岩男。

 前からくる敵をキョウヤが剣で薙ぎ払い、背後の敵はツクヨミが爆薬で応戦している。チアは全方向に気を配り、弓を放っていく。

 前に出過ぎたキョウヤの背後からくる岩男を矢で倒し、側面の敵への威嚇攻撃。ツクヨミの近くにいた敵を爆発の矢で吹き飛ばす。

 すると後方からまた岩男の群れが出てくるのが見えた。


「後ろからまた……キョーヤ!」


 前方で岩男の胴体を分断したキョウヤがこちらに目を向け、


「道を作る……走るぞ!」


 叫ぶと走り出した。

 先頭を行くキョウヤもだが、後に続くチアとツクヨミもである。

 駆けるキョウヤの眼前に岩男が来る。

 腕を振り上げ打撃しようとするが、次には腹部を斬られていた。

 斬られた岩男の後方には斬撃を行った者の背中がある。

 背中は止まらない。

 飛び込んできた二体を続け様に切り払い、左右からの挟撃に対して風の魔法で粉砕する。

 敵は前方にまだ居る。しかし向かってくる相手ではない。

 この有利な陣形を保とうとする集団だ。

 それはつまり包囲の最も外側の壁としての役割を果たす者たちだ。

 キョウヤはそこに迷い無く踏み込んでいく。

 今度は受ける側でなく攻勢だ。

 高速の駆け足と共に岩男の懐まで飛び込み頭部を斬り、すぐ近くにいた敵の攻撃を避け、左肩から斜めに斬り付けた。

 正面の岩男の打撃を左の剣で受け、右の剣で腕を斬り飛ばし、弾いた左の剣の勢いで胸部を切り裂いた。

 まだくる。

 またしても挟撃しようとする岩男たちに二つの動作が入った。

 それは貫く意志の矢と爆撃の力だった。

 チアの弓とツクヨミの爆薬である。

 キョウヤは剣と魔法を駆使し残りを倒していく。

 道が開けた。駆け抜ける。

 やがて景色が道を挟む壁しか見えなくなった。高い壁が峡谷となっているのだ。

 後続の追っ手は脚自体は遅く、意外と簡単に振り切れた。


「なんとか逃げれたねー」


 チアが安堵の表情を浮かべるが、反対にキョウヤは神妙な面持ちだった。

 チアが首を傾げて覗き込むと、気付いたのか考えを口にした。


「何か引っ掛かることがあるのだがね。さっきの一団はまるで私たちをこの場所に誘い込むような対応だった気がして……」


 言われると確かに背後の増援は多かったが、正面が少なかったような気になってくる。岩男は地面から出てくるのだから、わざわざ背後ばかりに出現しなくても正面で待ち構えた方が良さそうなのに。

 キョウヤに釣られて思案しているとツクヨミの手が動いた。上空に指をやり、


「あれ……」


 差した先は岩壁だった。

 しかし普通の岩壁ではなかった。

 動いている。

 岩から分離したその物体は先程と同じ岩男だった。

 だがその体の大きさは桁違いだった。遥か上空の岩壁まで届きそうな巨体だ。

 ジャイアント岩男。そんな名が相応しいだろう。

 その巨体は歩くだけで大地で揺らした。

 しかもそれは背後からもきた。


「チア。ツクヨミくん。後ろは任せたよ」


 キョウヤは剣を構えていた。

 軽く言うな、とツッコミを飛ばそうとしたチアだったが、即座に中断した。

 後ろの岩男が攻撃態勢に入っていたからだ。

 地面に向かっての右拳の振り下ろし。そんな単調な攻撃だが、巨体ならば破壊力を発揮した。

 地面が歪み、突風が吹き、轟音が衝撃の凄さを語った。

 隕石でも落ちてきたようだ。

 落下地点から逃れたチアは矢を放つ。胴体に命中して小規模な爆発を起こすがあまり効果がない。巨体すぎて急所への狙いが付けにくい。

 反対側からも音が伝わってきた。

 キョウヤ側の岩男の拳だ。彼は生じた死角に入り上手く避けている。

 そこでこちら側の岩男の足元が爆発した。

 ツクヨミは無駄のない動きで攻撃を避け何度か足元に爆薬を当てている。

 それから敵の正面に立ち身構えた。

 相変わらず拳の単調な攻撃がくるが、ツクヨミは今度は避けずに調合障壁での強い防御で受け止めた。

 ……どうして? 避けれないわけではないのに。

 思ったチアにツクヨミが視線を送ってきていた。あれは何かを求めている。

 チアは状況を見て彼女が何を言おうとしているのかを悟った。

 いま攻撃受け止めていることで発生してる状態がある。

 一つは相手の攻撃からの突風などがないこと。これならすぐに次の行動に移せる。

 そしてもう一つは相手の動きが止まっているということだ。今ならどこでも攻撃を通せる。

 ツクヨミは、狙え、と言いたかったのだろう。

 狙いは一点だ。腕を降ろすために前のめりになって狙いやすい顔面だ。


「バーストショット!」


 強力な一撃が顔面を粉砕した。

 巨体から低い呻き声が漏れた。顔が弱点なのか。

 ツクヨミは怯んだ隙に障壁を解き、またしても脚に爆薬を当てる。

 すると蓄積のダメージからか岩男は崩れ膝をついた。

 ツクヨミがチアの足元にまで寄って振り返る。

 胸元に手をやり、白い光に二つの爆薬を集めている。肩越しにこちらを覗き合図しているようだ。

 チアも笑顔で応え、ツクヨミの頭上で弓を引き絞った。

 矢の先端には白い光が集まっている。

 目標は前方。地面に踞っている岩男だ。


「超爆薬……!」


「ブラストショット!」


 同時に撃ち出された強大な力は、その巨体を捉えた。

 顔面から胸部付近を激しい爆発が直撃し、更にその直後に全身を光のシャワーが駆け、突き抜けていく。

 岩男の身体は砕けて粉々にされ、最後は空気に散っていき消滅した。

 素晴らしいコンビネーションだと自負する満足げな視線をツクヨミと重ねてから、チアはもう一つの戦闘に目を移した。

 すると音が響いてきた。三つの音だ。

 一つは巨人の拳が地面を穿った衝撃。

 一つは剣が打ち鳴らされたもの。

 一つは実行に移す者の声だ。

 キョウヤは岩男の攻撃を避けると剣同士の刀身を当て、


「ストームブレード!」


 風の力が剣に宿ると周りの光が緑色に変わっていく。

 そしてキョウヤは振り降ろされた拳に飛び乗ると、なんと岩男の腕の上を走り始めたのだ。

 腕が上空に行き揺れるも、キョウヤは揺るがない。岩男の肩に向かっていく。

 駆ける。途中で迫った左腕を加速からの跳躍で空中に回避し、そのまま飛び移り更に疾走する。岩男が乱暴に振り落とそうと腕を上げると顔面へと跳んだ。

 両方の剣を掲げ交差させて描いた軌跡は疾風の刃となり岩男の顔を切り裂いた。

 のけ反る巨体。

 キョウヤの攻撃は終わっていなかった。

 剣を逆手に持ち替えると、それを胸部へと突き立てた。

 突き刺す風と落下する勢いが重なり威力となった。

 岩男の身体には縦のラインが二本刻まれると、そこから激しく波打つ緑色の光を噴き出した。

 キョウヤが着地する。突き立てた剣で落下速度を抑えた為にダメージは少なかった。

 逆手に持ったままの剣を腰に収め振り返ると、岩男は仰向けに倒れて地面へと還った。

 チアは腕を組んで得意顔のキョウヤを見ていた。

 見惚れていた。

 数瞬してからそんな自分に気付いてハッとした。隣のツクヨミも思い出したようにキョウヤを回復する。


「すまないね、ツクヨミくん」


 ツクヨミは小さく頷く。


「無茶するねー」


 歩み寄ってから意識して普段の語調で言うと、キョウヤは、


「ふふ、ただの前座だよ。本番はこれからだからね」


 組んでいた腕を解き、前方を見つめていた。

 岩男が倒れて消えた場所よりも、ずっと奥のほうだ。

 地面がくっきりと灰色から黒くなっており、そこから通路が広がり部屋となっていた。灰色の岩壁も途切れて代わりに黒い壁がその部屋の外周を包み込んでいる。

 部屋の隅は切り立った崖でその下はマグマとなっていた。溢れた熱気は黒い外壁の下部に仄かな赤みを与えている。

 部屋というよりは決戦の舞台とでも表現したほうが相応しい。

 そしてその部屋の中央。

 一匹の獣が静止していた。

 四足歩行の巨躯。身体に炎を纏い、鋭い眼と牙を持つ凶悪な面構えだった。ライオンを何倍かでかくして火を付けたような感じだ。

 岩男ほどではないにしろ巨大なので威圧感がある。

 そして一番不気味なのは落ち着いて待機しているところである。こういうモンスターは普通ボス級でも獰猛そうな態度を見せて威嚇するものだ。

 しかしこの獣は他とは明らかに様子が違った。

 ただこちらを見据えるだけで静かに佇んでいる。

 嫌な予感がするチアだったが、そこで見つめ合っていたキョウヤが動いた。



 キョウヤは歩き出す。

 ゆっくりと剣を抜き、力を入れずに足元に垂らした。

 歩み寄っていく。チアとツクヨミも警戒しながら続いていた。


「フローズンブレード……」


 押し殺した声。

 冷気を得た剣は青い光と氷の刃に包まれる。見た目からして弱点は水系統で間違いないだろう。

 キョウヤも感じていた。この敵は今までの相手とは違う、と。

 様子も変だし、あからさまに弱点を晒すのも逆に警戒する要素となっていた。


「ツクヨミくん。速度強化をしてもらえるかね?」


 彼女は頷くと調合を発動しキョウヤに与えた。

 獣との距離が迫ってきた。

 チアが脚を止める。彼女の射程範囲に到達したのだろう。弓を構えて待っている。

 一度止まり、息を整える。

 速度強化された今ならばここから加速しても一気に切り込める。

 獣はまだ動かない。

 地面に伝える力を強くし、剣を正面に構える。

 戦いの空気に同調する。

 しっかりと相手の眼と全身に気を配り、戦闘へと移行するその一瞬見定める。

 半歩近寄ってみる。まだ反応はない。

 一息。

 息を吸い込み、吐き出す。

 もう一度吸い込み、吐き出した。

 呼吸がリズムを刻む。

 何度か終えると、繰り返しもう一度息を吸う。

 吐いた、瞬間。

 足元を爆発が伴った加速と共に爆ぜた。

 キョウヤが一瞬で間合いを詰めていく。だがそこで相手にも変化があった。

 向こうからも差を詰めていた。

 二つに加速は距離は無にして互いの眼前まで場面を運んだ。

 ……だが先手はもらう!

 思い、実行する。

 剣を薙いだ。

 加速した身体に任せて正面へと刃先を向けるだけだ。

 この速度同士から繰り出された攻撃だ。相手も速いが、逆にその速さが自分を窮地へと追い込むことになった。

 行け、と刃の行方を見届ける。

 しかし剣は手応えを残さなかった。

 ただ宙を泳いでいた。

 キョウヤはそこにある動きを感じ取った。

 それは瞬時の移動で揺らめいた獣を取り巻く炎だ。僅かに右へと消えていった。

 右側を見ると獣がいた。

 既に左前脚を振り下ろす段階だった。

 速い。身を躱しつつ攻撃に転じるまでが非常に滑らかだ。

 鋭い爪を右の剣で受ける。

 脚を強く着き、身体を正面に向ける。

 獣は右脚を退かないまま飛び込みを見せた。顔ごと持っていき、牙で攻撃でするつもりか。

 今度は左の剣で受けるが、全身で突き通す相手の勢いに押され吹き飛ばされた。

 パワーもスピードもある。幽霊もスピードはあったが、こいつは動作に癖がなく純粋に強い。

 獣は口を開け、そこから熱を溜める。喉奥から炎の塊を生み出すと一気に吐き出した。

 迫ってくる。


「くっ……!」


 何とか反応して避ける。

 しかし安心してはいられない。

 獣が速度を上げ、もう向かってきている。

 速度を失ったキョウヤは防御に回ろうと両の剣を交差して衝撃に備える。

 だが獣の動きが止まった。

 その背中にダメージを負ったからだ。

 攻撃はチアとツクヨミ。もう一度構えていた。

 獣は咆哮を上げると、脚を踏み鳴らしそちらへと向かっていく。

 疾走から全身の炎が噴き出し、それはやがて獣自身を飲み込んでいき、巨大な火の玉と化した。

 炎は弾丸のように飛び、チアとツクヨミは跳ね飛ばしても勢い収まらず壁に激突した。すると覆っていた火が消え中空を回転しながら舞い、そこから難無くツクヨミの傍に着地した。

 連続攻撃を仕掛ける気だ。

 ツクヨミはまだダメージから立ち直ってない。

 キョウヤは剣を振り、氷の槍を撃つ。

 獣に槍が突き刺さる。

 ツクヨミから視線を剥がす獣へ飛び込みから斬撃を放った。

 反射的に出してきた獣の右前脚と衝突する。

 今度は体ごと持ってきたキョウヤのが押していた。

 このままいけると思うのも束の間だった。

 パワーで負けていると理解したのか、獣が口を開き火炎弾の構えをとったのだ。

 まずい、と思うと同時に獣の真横から衝撃が走った。

 立ち上がったツクヨミの爆薬だ。

 そして後方からも矢が突き刺さり爆発した。

 チアも復活していた。

 二度の攻撃に怯む獣に、キョウヤは突進状態から力を込めてそのまま斬撃へと持って行った。

 巨体が吹き飛んだ。

 脇腹辺りから地面に激突し岩を刔って撒き散らし転がっていく。更に沸き起こる氷の力が刃となり追撃した。

 獣は吹っ飛びながらも体勢を直した。

 後方に退く。直後にチアの矢が獣のいた地面に届いた。

 チアが微かに唸り、惜しむ声を出した。

 獣は落ち着き、一旦距離をとって口を開いた。

 火炎弾だ。しかも連続の。

 近接戦だけじゃないと見せびらかすように射撃してくる。

 途切れない攻撃に回避行動を優先するしかない。

 かなりの距離を取られているために、キョウヤとツクヨミは射程外だった。

 だがそこで動いたのはチアだった。パーティーで最大の射程を誇る者だ。

 弓を獣の頭上に向けて引く。放つと上空まで到達し、そこに矢の嵐が吹き荒ぶ。

 獣は事前に察知して真横に飛んで避けていた。

 だがこれで攻撃が途絶えた。

 火炎を放つタイミングを逸したことで獣が次の行動へと移った。

 今度は自らが飛翔する。炎の玉となって体当たりするつもりだ。

 加速から燃え盛る。

 ここで行動を見せたのはツクヨミだった。

 キョウヤの前に立つと調合障壁を展開した。

 高熱を以って突き進もうとする力と、堅固な防護にて跳ね返そうとする力の激突だ。

 ぶつかった炎が障壁まで覆って迫るが、徐々に勢いを落とし、ついには獣が折れた。

 離れると空中を舞う。

 キョウヤはその瞬間を狙った。

 走り、跳躍して剣を向ける。

 獣は前脚を出してくる。空中だというのに大した反射神経だ。

 衝突すると押される力で虚空に投げ出された。

 着地と同時に走り出す。目指すのは獣の着地点だ。

 地面を踏む音と刃の一閃。

 またしても衝突音が響く。

 剣と爪が噛み合う音だった。着地からでも剣に反応してきた。

 だが当たった剣には力がなかった。簡単に押し返されている。

 その理由はキョウヤの表情にあった。得意顔で口を開く。


「ふふふ、フェイクだよ」


 言い切ると脚の爪先で顎を蹴り上げた。

 透かさず斬撃を叩き込む。

 氷が炎を巻き込もうと猛威を奮うが、獣は大きく身体を振って抵抗して冷気を割るとキョウヤに向き直った。

 そして左脚を振り上げたが、それをまたツクヨミの爆薬妨害した。

 キョウヤは軸足を強く踏み込み、剣で黒煙を裂いて獣の身体を斬り付けた。

 獣は強烈な一撃に体ごと横へ持っていかれる。

 しかしお返しとばかりに体勢が不十分なままで火炎弾を吐いてきた。

 この近距離では避けれない。

 何とか剣で受け止めるも身体ごと押されていく。脚が地面を削って激しい音を立てていた。

 直撃ではないが、熱気だけでライフが減少している。

 やがて熱と冷気との衝突で火炎が弾けた。

 生じた圧力で地面に叩き付けられる。

 すぐさまツクヨミから回復薬が飛んできたが、大きく体勢が崩れたままだ。

 獣はすでに持ち直し、全身を炎で包もうとしていた。

 火の玉での突進攻撃か。

 解ってはいるが、こちらはまだ対応できる状態ではない。

 熱の塊が飛び込んでくる。

 そこに自分の前の空間にアイテムが投げ込まれ、障壁ができる。ツクヨミが咄嗟に張ってくれたものだが、しかしこの調合ではない壁では防ぎ切れないだろう。

 回復もまだ不十分だ。壁を破って威力が落ちたとしても、まともに喰らえば死亡するかもしれない。

 キョウヤは倒れたまま剣を前に向け、防御の姿勢をとった。

 なんとか凌ぎ切る。

 覚悟を決めた。

 だがそこで驚くべき光景を見た。

 急に獣から炎と疾走の勢いが消えゆくのを、だ。



 チアは決意した。

 状況からしてここで行くしかないと判断し、そしてそれを実行に移した。


「オーバードライブ!」


 全身と足元から赤いオーラが溢れ、力が漲ってくるのを感じた。

 まずは止める。

 火の玉になった獣を見据え、弓を構える。

 速度を感じ、動きの予測を立て、先の動作に矢が向かえるように。

 引き絞る指に命中させる意志を込める。

 撃ち出すのは矢にオーラを纏わせたもの。

 射た相手の自由を奪う矢だ。


「エイミングショット!」


 今こそ放つ。

 狙う部分はどこでもいい。あの状態でステータス異常を受ければ止まるはずだ。

 命中する。

 そして思惑通り獣は停止した。

 まずはキョウヤの窮地を救った。だがチアの攻撃はここで終わりではない。


「バーストショット!」


 爆発の力の担い手。それも三連続だ。

 普段よりも一際激しい威力を見せている。

 攻撃はまだ続く。


「レインショット!」


 降り注ぐ矢の洗礼。

 爆発にふらつく獣を頭上から襲い、容赦なく全身に突き刺さっていく。

 それでも終わらない。

 構える矢の切っ先に篭っていく光を解放した。


「ブラストショット!」


 進み貫いて行く強さの象徴。

 立ちはだかる全ての物を捩じ伏せ消し飛ばす。

 光線の波は獣を飲み込み打ち砕いていく。

 狩人のオーバードライブは弓の威力を引き上げ、一部の単体攻撃スキルのクールタイムをゼロにする。レインやブラストのような範囲の連発は不可能だが、弓スキル自体で共有しているクールタイムも無くなるのでコンボとしてならば組み込める。

 壮絶な連続攻撃に獣は大ダメージを負っていた。反動で動けないでいる。

 当然だ。まだ生きているというだけでも驚異的なくらいである。

 チアはバーストで追撃を掛けようとする。

 だがそれよりも早く攻撃がいった。

 それは氷の柱だ。獣の足元に青い魔法陣が描かれると、地面から突き出した。

 獣に呻き声を上げる。

 そこへキョウヤが飛び込んでくる。

 全速力からぶち当たると空いた脇腹に剣を突き刺し、獣を横臥させても勢いは収まらない。地面を引き摺って向かっていく正面の岩に衝突してからやっと止まった。

 破砕音と土煙の中で争う物音が続いていた。

 暴れる獣と冷気の中で封じ込めようとするキョウヤの動き。

 獣は凍り付いていく身体を振り払い、キョウヤを突き飛ばす。

 チアは即座に弓を向けた。

 バーストショットを撃ち込むが、獣をそれを無視して長く猛る咆哮をし、火炎弾を撃ち出した。

 正面ではなく上空に。それも五つだ。

 それぞれの弾は大きく広がり、緩やかな軌道で描いて落下する。

 これならまず当たる心配はない。何だというのか。

 空を見上げてそう思うが、すぐに狙いが分かった。

 火炎が地面に着弾すると、周辺一帯の床が軋みを上げて破裂したのだ。

 壊れていく大地。足場が急激に高低差を生んで変化し、そこから炎の柱が噴き出し一面に溶岩が降り注いだ。

 灼ける大地で獣が声を上げ続ける。

 チアは獣を狙おうとするが、足場が揺れバランスが取れない。しかも所々で火柱が昇り、視界も悪い。

 ツクヨミも揺れる足場に苦戦している。

 地面が割れる音。

 マグマが噴き出す音

 溶岩が地面を穿つ音。

 耳朶に付くのはそれが混じり合ったものだ。

 ただチアはその中で響くもう一つの音を聞いた。

 それは剣戟だった。

 中央正面。

 そこにはキョウヤと獣が刃を交える姿があった。



 キョウヤは走り出す。

 崩壊していく大地の上を。吹き荒れる火柱と溶岩の合間を縫うようにして駆け抜ける。

 中央に向かっていく。そこで猛っている獣へと。

 獣もこちらを視線に捉え駆けてくる。

 ぶつかり合う。

 剣と爪、剣と牙が。


「おおお……!」


 獣の咆哮に応え、キョウヤも吠えた。

 氷と炎が地面や大気で暴れ、衝突の中央で砕け散っていく。

 前脚を弾いてもう一度剣を薙ぐが、獣も爪で受けてくる。

 刃が触れ合う度に反発する二つの気が唸りを上げた。

 衝撃が走り、互いの身体を震わせる。

 キョウヤは前脚に掛かる剣を振り払った。

 反れた獣の身体を追うように一歩を踏み出し、反対の剣を振り下ろす。

 獣も反対の脚でガードする。

 そこから牙を突き出した。

 戻した剣で牙を押さえ込むが一歩を押されて、また均衡になってしまった。

 今度は向こうからだった。牙を押し当て体ごと突っ切ろうとしてくる。

 キョウヤはそれを受け流し、体勢を崩した獣へ一撃を放った。

 左側面を切り裂く。

 獣はダメージはあるものの全く引かなかった。

 キョウヤも左肩側から爪を喰らった。

 意地で堪えて剣を突き出した。

 そして刃と牙が再び交じえ合うと、その衝撃で二つの身体は背後に飛ばされる。

 獣は全身に炎を集め出した。

 ここにきてあの突進を繰り出す気だ。

 おそらく獣が持つ最大の攻撃手段である。

 だからキョウヤも最大の技で迎え撃つ。


「オーバードライブ!」


 紫色のオーラが全身を迸しっていく。

 魔法剣士の効果は全ての魔法攻撃力を剣の攻撃力に上乗せして行う斬撃だ。魔法剣の効力は消えるが、それよりも威力のある攻撃を行える。しかも効果中もダメージは負うが、あらゆる攻撃からのノックバックへの極大耐性が発生する。

 つまりライフがゼロにならない限りは連続で攻撃が可能になるのだ。

 オーバードライブの効果時間は一分。クールタイムは五分で一律されているので使い所が重要なスキルだ。

 だがキョウヤに迷いはなかった。

 ここしかないと確信していたからだ。

 獣は今までよりも巨大な火炎を灯し、そして突進した。

 キョウヤも大きく一歩を踏み出し両の剣を火の玉へと突き立てた。

 凄まじい圧力と振動が全身を伝わり、両脚が踏み締めていた地面に埋まっていく。足元の地面は弾け、岩が浮き上がっている。

 炎がこちらまで溢れ出し手元を燃やしていく。それでも止まることを知らず、こちらを引き込もうとするように迫ってくる。


「おおおおお……!」


 叫び、剣に力を入れ押し返す。

 そしてまた一歩を踏み抜くと、眼前に刺さっている剣に突きを加重する。

 その瞬間だった。

 獣の周囲の炎が散っていった。

 剣は左右の胴体に突き刺さっていた。

 キョウヤは一気に引き抜くと、力の限り斬撃を放った。高速の刃が乱れ飛び、獣の全身にまで行き渡る。

 獣はその身すらも炎の残滓となり、この灼熱に溶け込み大地の一部となった。

 強敵との戦いが終わった。

 チアとツクヨミが近寄ってくる。二人とも心配と驚きが入り混じった表情だった。


「とりあえずさっさと撤収したほうがよさそうだね」


 キョウヤはツクヨミの調合回復を受けながら言う。

 辺りを見回すと地面はすでに崩壊寸前だった。

 チアもそれを見ながら全力で同意し、ツクヨミも頷く。 

 三人は同時に走り出した。

 全てが地の底へと沈んでいく中を、無事に脱出したのであった。

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