( ΦωΦ )#3 縄張り意識高め
次の日の朝。
美琴は、息苦しさで目を覚ました。
「…………重い」
視線を下げると、ルナがいた。
完全に抱きついていた。
しかも顔が胸元に埋まってる。
「ルナァ!!」
「ん゛……」
寝起きの低い声が返ってくる。
美琴が慌てて押し返しても、ルナは眠そうに眉を寄せるだけだった。
「なんで怒るの……?」
「なんでって!!」
「いつもこうだった」
「猫の時だけね!?」
ルナはしばらくぼーっとしていたが、やがて美琴を見つめた。
青い目がゆっくり細まる。
「あ」
「なに」
「胸気にしてんの?」
「……あ?」
美琴の喉から聞いたことがないレベルで低い声が漏れた。
「俺は気にしないよ?」
あまりにも自然に言われ、美琴は枕を投げる。
「そういうことさらっと言わないで!気にしてるんだから!」
ルナは顔面で受け止めながら、むっとする。
「だって猫の時、男とか女とかあんま分かんなかったんだもん」
「じゃあ今理解して!」
「してる」
「ほんとに!?」
ルナは少し黙って、美琴の手を掴んだ。
「……大事にしなきゃって思ってる」
その言葉に、美琴は一瞬固まる。
ルナは眠そうな顔のまま続けた。
「でも触れたいのは変わんない」
「変える努力してくれるかなぁ!?」
「やだ」
即答だった。
美琴が頭を抱えている間に、ルナはまた肩へ額を擦り寄せる。
甘える時の癖。
昔から変わらない。
「みこと」
「……なに」
「今日大学?」
「あるけど」
「やだ」
ルナは露骨に不機嫌そうな顔をした。
美琴が外出用の服に着替えようとしていると、後ろからぎゅっと抱きしめてくる。
「行かないで。俺ひとりやだ」
「数時間でしょ!?」
でもルナは離れない。
首元へ顔を埋めたまま、小さく呟く。
「……帰ってくる?」
その声だけ少し不安そうで。
美琴は抵抗する力を抜いた。
拾われたばかりの頃のルナを思い出す。
夜になると、いなくなるんじゃないかって確認するみたいに、美琴の布団へ潜り込んできた小さな猫。
今は大きくなって、見た目も声も、なんなら猫でもなくなってしまっているのに。
不安そうなところだけは同じだった。
美琴はため息をつく。
「帰ってくるよ」
するとルナが顔を上げた。
「ほんと?」
「ほんと」
「……待ってる」
その言い方が妙に真剣で、美琴は少しだけ笑ってしまった。
するとルナは目を細めた。
「好き」
「朝から重い!」
でもルナは気にせず、また抱きついてくる。
たぶんこの先もずっと。
ルナは、やめる気がない。
このルナの不安は以外にも的中するのであった。
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夕方
美琴はいつもより少し遅くなっていた。
日直に捕まり、買い物をしていたら、気づけば空は薄暗い。
「ルナ絶対拗ねてるな……」
朝あんな顔していたのを思い出し、美琴は苦笑する。
「はぁ……」
笑いながら住宅街へ入った、その時。
「ねぇ君、一人?」
いかにもチャラそうな男二人が道を塞いだ。
一刻も早くルナの元へ帰ってあげたいのに。と思いながら軽くあしらう。
「急いでるので」
「いいじゃん、ちょっとだけ」
腕を掴まれた瞬間、ぞわっとした。
「離してください」
「そんな怖がんなって」
掴む力が強くなる。
逃げようとしても、もう片方が回り込んできた。
心臓が嫌な音を立てる。
その時だった。
「……触んな」
男たちの後ろに、息を切らしたルナが立っていた。
黒髪が夜風に揺れ、青い目だけが異様に冷たい。
美琴は息を呑んだ。
普段のルナじゃない。
「……ルナ」
その声で、ルナの視線が美琴へ向く。
一瞬だけ柔らかくなる。
でも次の瞬間には、また男たちを睨んでいた。
「手」
静かな声。
なのに怖い。いや、だからこそ怖い。
「離せ」
男の一人が舌打ちする。
「なんだお前」
男がルナに向かって拳をあげる。
「ルナっ!危ない!」
美琴が叫んだが、そんな心配はいらなかった。
ルナが男の腕を掴んだ。
「いっ……!?」
男の顔が歪む。
異常な力だった。
ルナは表情一つ変えない。
「痛っ、離せ!!」
「それ俺の。」
淡々とした声。
逆に怖い。
美琴は慌ててルナの服を掴んだ。
「ル、ルナ!ストップ!」
するとルナの肩がぴくりと揺れる。
数秒遅れて、手が離れた。
男たちは顔を青くして逃げていく。
「ルナやりすぎ。あんなにやらなくても」
「ごめん」
「え?」
その声は、さっきまでと別人みたいに弱かった。
美琴は目を瞬く。
ルナは俯いていた。
「もっと早く来ればよかった」
「ルナ……」
「1人になんてさせなければよかった」
青い目が揺れる。
怒っているんじゃない。
怯えているような顔で、美琴は胸がきゅっとなる。
「……大丈夫だよ?」
そう言った瞬間、ルナが強く抱きしめてきた。
「うわっ」
腕が震えていた。
「俺、やだ」
上から低く、優しい声が落ちてくる。
「みこと取られるの」
美琴は目を見開く。
ルナは顔を肩へ埋めたまま、小さく呟いた。
「知らないやつに触られるのもやだ」
昔からルナは美琴が知らない猫を撫でるだけでも不機嫌になっていた。
でも今は、それが人間の独占欲として向けられている。
「……帰ろっか」
美琴がそう言うと、ルナは少しだけ落ち着いたみたいに頷く。
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帰り道。
ルナはずっと手を離さなかった。
指を絡めるみたいに握ったまま、美琴の隣を歩く。いわゆる恋人繋ぎだ。
「……俺が守るから」
その声は静かなのに、妙に熱があった。
美琴の心臓がまた変な音を立てる。
隣を見る。
ルナの瞳孔はまだ細かったが、繋いだ手だけは、暖かくそして優しかった。
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