彼女の精神は忙しい。
「じゃあ、史郎。行くよ」
フンスと鼻息荒く、志保は俺にバドミントンラケットを押し付けてくる。
「やる気があるのは良いのだが」
なんでこう、俺達の相手は一見厄介そうなんだ。
「バレー部とテニス部だって」
奏がさらっとくれた情報。飛んでくるものを打つことに関しては慣れているのか。
身長、百九十はありそうな男子と、俺よりも微妙に高いから、百八十五くらいある女子の二人。上を抜くのは難しそうだ。
でもまぁ、既に男子ペアは負けている。俺達が勝たないと女子ペアまで回せない。試合はするけど。
「まぁ任せてよ。史郎、拾いまくってね」
「さっきとやることは変わらないわけだ」
結愛のサポートは無いけど。まぁ頑張ろう。
「頑張ってね。二人とも」
俺達の肩をポンと叩いてコートの外に出る奏。部活のマネージャーとはこういう感じなのだろうか。
「さて……」
彼女の前で負けるような男に育った覚えはない。
「行こうか」
志保の眼が変わった。
「くっ」
「史郎。絶対落とさないで」
「あぁ」
小声の、こちらをちらりとも見ない志保の指示。
大丈夫、まだ余裕だ。目で追うのもギリギリだが、反応できない速度ではない。目に頼っているような領域に俺がいるのなら、既に負けている。
最小限の動きで、次の動きに繋げられるように。シャトルを拾う。拾い続ければ、チャンスの芽はつかめる筈。
志保はネット前に屈んで構えてピクリとも動こうとしない。
何を狙っている。今の志保の雰囲気は、何でかこう、使われるのが当然というか、奴隷根性を呼び覚ますというか、そんな雰囲気がある。
「ふふっ」
唐突に、志保は笑う。
相手が打ち返したシャトルがネットにかかる。
とりあえず凌いだか。これがワンポイント目。
本来は二十一点先取二セットマッチらしいが、大会進行の都合で決勝戦以外は十一点先取の一セットマッチ。
本来のルール。今大会においての決勝戦ルールの半分と考えてもこれが続くのは辛いな。
「クスッ」
志保は、余裕の笑みを浮かべて、相手チームを見る。
「おっと、サーブは私だね」
シャトルを受け取り、すれ違いざま。
「ナイスポーカーフェイス。維持してね」
そう囁き、サーブは無難にいれる。だが。
何だ、相手の動作、迷いがあるぞ。
その迷いが、ミスを招く。甘く浮いたシャトルを俺は容赦なく叩き込む。
「ふふっ」
そして志保は、また小さく笑う。視線は、相手のペアに向いている。
それから五ポイント。相手のネットが続く。
志保の眼は、相手ペアを見つめる。
こいつ、まさか……。
「オイ志保……」
「やはは。バレた?」
小さく舌を出して首を傾げても……いや可愛いけどさ。
「むっ」
コートの外、具体的に奏の方からそんな声が聞こえた。
いやいや。惑わされるな。
首を振って頭を抱える。志保め、相手さん、トラウマにならなければ良いが。
そこからはもう、すぐだ。わざわざ説明するまでもない。
志保の術中にはまったペアはそのままずるずるとミスを重ねた。
「史郎が決め球も何もかも全部拾う。たった一人で。私は余裕の笑みを浮かべる。史郎は平然としている。凄い動揺するだろうね。私たち、帰宅部って情報、あっちに行ってるはずだし」
「うーん」
心理戦を選ぶとはな。志保め。
「史郎への依存度が高い作戦だけどね。やはは」
これを決勝までやるのかとげんなりしていたら。女子ペアが負けて帰って来たのでバドミントンはここで終了である。
さてテニスに戻らねば。バスケが午後からで助かった。
「あっ、史郎さん。お疲れ様です。今男子ペアが負けてのこのこ戻ってきたところです。私たちは勝ちましょう。それでイーブンです」
「はいよ」
「大丈夫? 史郎君。ここまでぶっ続けだけど」
「まだまだ余裕だな」
この程度でもう駄目とか言っていたら、仕事が務まらない。
「流石は史郎さんです。行きましょう!」
というわけでまたラケットを握るのだ。
「先輩はここに立ってください。さぁやりますよ。超攻撃的陣形。私の趣味に合います!」
テンションの高い結愛。審判も、唖然として俺達の陣形を見た。
ダブル前衛、わりと行けるし結構試合回転早いからありかもしれない。飛んできたボールを全力で打ち返すだけ、上を抜かれても俺のダッシュ力なら拾えるし、俺がそうやって下がったら結愛は前の試合のようにソリティア戦法とでも言うべき作戦に切り替えるだけ。
というわけで、当然勝利。
だけど、その直後の女子ペアが惜しくも負けた。
「うぅ、もっと試合したかったです……団体戦とはこういうものなのですね」
意外と熱くなっている結愛である。まだバレーとバスケあるのを忘れているのだろうか。
昼食のお弁当。奏特製のお弁当。
おにぎり、中身はおかか。野菜、卵焼きとフルーツ。すぐに動けるようにと普段より少な目。感謝。
「問題です。この卵焼き三つのうち一つが私です。他二つは花音と音葉が作りました。さぁ、私が作ったのはどれでしょう」
「これ」
「そ、即答だね」
「何年食べてると思っているのや」
「それもそうか。はい、あーん」
自分の弁当箱からご褒美と言わんばかりに卵焼きを差し出してくるのでありがたくもらう。
「あのぅ。いちゃつくのは結構ですが、いえ、もう何も言いませんよ。今更ですね」
結愛の指摘で状況を思い出す。そういえば、ここ教室だったな。まぁ良いや。
俺と奏が付き合っているのは周知の事実。奏がこうしてちょくちょく仕掛けてくることにより広まった。
そして慣れた。
奏の人柄によるものなのか、やっかみの視線も無く、奏としては、俺に寄ってくる悪い虫とやらを追っ払えて、大満足らしい。
「はい、これも良いよー」
「お前の分は?」
「私はほら、少食だから」
「やはは。私を見ながら言われてもなぁ」
そして最近の奏は、妙に好戦的なところもある。
俺の彼女の精神は最近忙しい。




