体育祭の始まり。
『その、姉ちゃん。姉ちゃんの気持ち、もっとちゃんと考えて言うべきだった』
九重家のリビング、妹たちも来てそろそろ満員。
俺と志保と結愛は一旦席を外した。
結愛が仕掛けた隠しカメラには、三者面談とでも言うべき状況が映っている。
「今の奏なら、ちゃんと答えを出せる筈だから」
「そうですね。奏さんですから」
「やはは。うん。もう安心だね。しかし、史郎の部屋、本多いねぇ」
「まあな。暇なら読んでて良いぞ」
「ううん。ちゃんと聞いてるよ。落としどころって奴」
志保の眼は、カメラに向いた。
『土日の掃除洗濯料理は音葉と花音が担当。平日、部活が無い日は史郎君の家で、私の手伝いで料理のお勉強。良いね?』
「うん」
「わかった」
奏らしく、無難に、それぞれの要求がバランスよく通る形で治めた。
「さーてと。史郎、今週の土曜空いてる? お茶会しよ、お茶会。十一時に家の前に迎えに行くから」
「あ、あぁ」
ニコッと笑ってそう言われて、突っぱねられる奴はいるだろうか。いや、いない。
「体育祭ねぇ」
ホームルームにて、それぞれの出場種目を決めたのだが。
それを登録票に書き写す奏の横で、結果を眺めている。手書きの書類を、俺に書かせてくれない奏である。
「テニス、男女混合、俺と結愛」
「妥当じゃない? 二人の息の合い具合から考えれば。提案したのが結愛さんと言うのが腑に落ちないけど。霧島さんも拍手して『素晴らしい』とか言いながら賛成してきたし」
「バスケ、なぜ俺と霧島が同じチーム」
「九重君は、僕が考えたことを実行してくれるだけのポテンシャルがあるからね。他の三人もテニス部で固めさせてもらったよ。テニスの方も、僕が動かずとも、一番望ましい展開になった。最高だよ」
横から微かな笑みを浮かべながら、霧島が黒板を眺めて満足気に頷く。
「まぁ、それは良いが。バドミントン、俺と志保」
「志保さんって、体育であんまり動いているイメージ無いけど」
「あいつ、器用ではあるぞ」
「へー」
「んで、ペア障害物競争。俺と奏、ね」
「史郎君、フォローよろしくね」
棄権者が無い限り、一人最大四回までしか出られない。なぜか俺はフルで出場だ。
一日目は球技、二日目はグランド競技という日程。
贅沢な学校である。去年も思ったが。
去年はサッカーでキーパーだけした。勿論無失点。結愛はバレーでセッターとバスケ。正確無比なボール捌きで後日先生から呼び出されているのを見た。
「と、いうわけで」
土曜日。俺と奏は朝倉家にいた。
「練習しよ。史郎」
そう言ってバトミントンラケットを押し付けてくる。
「それは良いが。そうだな。俺と結愛は分かれて……結愛に勝てる気しないんだが」
「どうでしょう。私も先輩を抜ける自信はありませんね」
「……ねぇ、志保さん。私たちって置物になるのかな」
「やはは。仕方なし」
それから、延々とラリーが続いた。スタミナの差で押し切ったが、危なかった。
「……ねぇ、奏ちゃん。本番の日、私コートの外に立ってようかな」
「選択肢としてはありだと思う」
「あー。紅茶美味しい」
「だなぁ」
ひとしきり運動してシャワーを借りて着替えてお茶会。
「史郎君がスッキリした顔してる」
「結愛ちゃんも満ち足りてるね」
スポーツも良いな。生き死に関わらない、別に訓練でもないくせに身体を全力で動かせるなんて。
「午後は何する?」
「史郎君が……」
「史郎が……」
「先輩が……」
「……なんだよ。信じられないものを見たような顔して」
三人がぶんぶんと首を振る。
昼食に出してもらったホットサンドを口に押し込む。
「先輩、もう少し休みましょう。へとへとになるまで走り回ったの久々なので。私、現場もこなせるが売りではありますが、そもそも頭脳労働専門ですし」
「奏達は?」
「んー、ちょっと明日筋肉痛かな、これは」
「だね」
ふむ、こればかりは仕方無いか。
「では九重様。この渋谷がお相手しましょう。テニスでよろしいかな」
「できるのですか?」」
「昔、少々かじった程度でございますが」
しかし、朝倉家凄いな。テニスコートもあるのか。
ギリギリ目で追える程度の速さで飛んでくる球を打ち返しながら、かじった程度という言葉の意味をぼんやりと考えた。
そして当日。
今日は球技がメインの日。
「九重君、是非勝ってくれたまえ」
「そういえば、やけにギャラリーが多いな」
一回戦第一試合。相手は一年。
男子ペア同士の試合はうちのクラスが勝利を収めたので、後は俺と結愛の男女ペアが勝てばここは勝利だ。まぁ、女子ペアまで一応やるのだが。
「これから出てくる二人は中学で県の選抜まで選ばれている。テニスは飽きたとかで部には入らなかったのだが」
「はぁ」
「そこで僕は、女子の方の学年代表と結託してこう言った『体育祭で負けたら入れ。勝ったら僕らはこれから一切の勧誘をしないと約束しよう』と」
「お前らの部の命運を俺達に預けるな」
「我々は出られないのだから仕方ないでは無いか。それに、一見すれば大分あちらに有利な条件だ」
……確かに。自分たちが負けなければ良い。だから、他の二ペアがどちらも負ければ、試合数少なく条件を満たせる
既にあちらのクラスは一敗。自分たちが勝ってイーブン。女子ペアが負ければクラスは敗退、しかし自分たちは負けてない。一試合こなして面倒な勧誘とはおさらば。
なるほど。選抜二人のペアを分けてクラスの勝利を狙いに行くのではなく、一つに固めたのは、確実に自分たちの不利益から逃れるためか。
「まぁ、何でも良いが。やるぞ、結愛。叩きのめす」
「ですね、先輩。霧島さんに恩を売るわけではありませんが、強いペアと聞かされては黙ってはいられません」
「……さぁ、始めようか」
「今回は背中を預けますよ」
結論から言おう。結愛が強すぎた。三セットマッチ。二セット先取で勝利。その一セット目。
相手のサービスゲーム。俺はひたすら後衛としてボールを拾い続ける。そして結愛が前衛でチャンスを掴む。
「三歩下がってください。左に跳ねます」
「おう」
対処が難しいスピンボールも、結愛が咄嗟に指示を飛ばすから容易に対処できる。
「何なんだよ、あのペア」
「霧島って先輩、私達を部に入れるためにわざわざ用意したのか……」
「あの二人入れれば良いじゃん。もう」
甘い浮き球を鋭く、二人の間に叩き込み、結愛はガッツポーズ。そしてハイタッチ。
ワンセット取られて焦りが見える相手ペア。結愛は上機嫌に志保から受け取ったスポーツドリンクを飲み干す。
「さぁ、勝ちますよ」
「うーん。萩野さんが予想以上に優秀だねぇ。君たちの裏事情を知らなかったら勧誘しているところだよ。しないけど」
「良い判断だ」
「僕はもう危ない橋はあまり渡りたくないからね。アドバイスも無い、決めて来てくれ」
いつの間にかベンチコーチ面してニヤニヤ笑う霧島に背を向け、チェンジコート。このセットを取れば勝ちだ。
結愛は止まらない。
「ちょっとやってみたいことがあるのですよ」
「どうぞ」
「では遠慮なく」
という会話の後。俺は暇になった。
片方をベースライン上に釘付けにして、狙い撃ちにする深く鋭いショットを打ち続け、尚且つ、後衛に一球も通さないという。恐ろしい。
足元に返され続け、イライラしているのがここからでもわかる。
結愛は、相手のラケットにボールが当たった瞬間には動き出している。
「それっ」
そして、相方がフォローに回ろうとした瞬間、がら空きのスペースに絶妙なドロップショットである。えげつない。
「マッチポイントですね。あー。楽しいです」
「眼鏡、邪魔じゃないか?」
「丁度良いハンデですよ」
結愛の伊達眼鏡には、変装と、頭が疲れないように、視界に入る情報を制限することと、ブルーライトカットの三つの役割がある。
なるほど、確かに手加減してるな。
二セット目は、結愛が相手をひたすら翻弄して終了。ゲームセットである。
「お疲れ様。史郎君」
「俺は疲れてない」
「萩野さん、バレーとバスケの時もよろしくね」
「は、はい」
勝利の立役者として、クラスメイトに囲まれる結愛はとても困っていた。
テンション上がって、後先考えることを忘れたな。まぁ良いけど。
「史郎さん、次はダブル前衛とかどうですか? 史郎さんの反射速度ならいけます」
「お前みたく予測と計算で動いているわけじゃないから、不安定さがあるな」
「そこは私がフォローしますからー」
ったく。
「楽しそうだね、史郎君。私の時は、フォローよろしくね」
「まかせろ」
クラスメイトがいるから、軽く腕に抱き着くだけ。
「そろそろバトミントンの方じゃない?」
「おっと。急がねーと」
……わりとハードスケージュールじゃねーか。




