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失恋した俺の高校生活は、守りたい人が少し多い。  作者: 神無桂花
志保√ それでも好きだから。

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エピローグ1 私たちの選んだこと。

 「こちら、ラプラス。標的を捕らえました。狙撃します」

『了解。各員、突入準備。命中確認後、対象の保護に入る。ふっ、頼んだよ、ラプラス』

「霧島さん。黙ってもらっても良いですか?」

『はいはい』


 春の夜。まだ少し冷える空気。スゥっと息を吸って、止めて。

 引き金を引いた。

 闇夜を切り裂く弾丸は、私の思い描いた通りの軌道を描いて。

 狙い通りだ。立てこもり犯の肩を撃ちぬいた。


「命中です」

「突入!」


 その言葉を確認して、無線をオフ。ポケットから取り出した缶コーヒーを開けて飲む。

 コーヒーの苦み、気がついたら、飲めるようになっていた。ブラックじゃないけど。

 任務を達成してコーヒーを飲む習慣。ようやく身に付いた。これの前の任務後のお供は、一本の煙草だった。身体に悪いと辞めさせられて、缶コーヒーを持たされるようになった。

「こっちもカッコつけられるでしょ」と。別に、カッコいいから、そうしているわけじゃないけど。彼女の言葉を、今の私は無視できない。

 引き金を引いた。

 引き金を引いた。

 全部当てた。外したことなんてない。缶コーヒーが美味しい。

 引き金を引いた。

 引き金を、引いた。

 恐らく、生涯最後の狙撃も、ちゃんと目標に命中させた。


「お世話になりました」


 そう言って頭を下げた。室長に……父親に、頭を下げた。

 私は、組織を辞めた。

 特務分室を出た私を追いかけてくる足音。足は止めない、彼はそんなことを気にせず、いつもの飄々とした様子で声をかけてくる。


「彼のところに行くのかい?」

「まさか」


 霧島さんは、思った通り優秀で、次期室長と目されている。父さんも、もう年だ。

 どうでも良い。私は、辞めた。


「彼の高校卒業後の動向、気にならないのかい? 諜報捜査室が、ちゃんと追跡調査を続けてて、彼の人間関係の変遷、朝倉志保さんや久遠奏さんと休日どこで遊んだかまで、恐らく本人が覚えていない範囲まで、全部全部調べてあるものを、持ち出してコピーしたのだが」

「部外秘の持ち出しですか?」

「この施設から出ていない君は、まだ部内だ。そして、これは僕の権限で、施設内限定で自由閲覧、持ち出し可能な物さ。一時間やそこらで読める量では無いけどね」

「……見なくて良いです」

「そうか」


 紙束の資料。どうせその気になれば、私は勝手に覗ける。


「本当に、やめるのかい」

「はい、お世話になりました」

「……そうか」 


 意外だ。霧島さんが、寂し気な表情を見せるなんて。


「もしかして、引き止められてます?」

「いや。僕は戻るよ。我らが元エース、ラプラスの門出を祝すよ」


 変な人だ。まあ、今更引き止められても困るからありがたい。

 それに、私は簡単にやめられない立場の筈だが、それでも、退職願がスムーズに通ったのは、霧島さんの助力が大きいと聞いている。


「ありがとう、ございました。霧島さん」


 頭を下げた。聞こえているのか聞こえてないのか、霧島さんは、一瞬だけ足を止めて、でもすぐに、自分の持ち場に戻った。




 高校時代、私は、先輩や志保さんと楽しい友人関係を築けていたと思う。

 卒業して、私は迷うことなく組織に戻り、仕事に明け暮れた。

 求められれば日本中、どこにでも飛んだ。そんな生活の中で、私の心は仕事に囚われた。

 溜まり続ける成功報酬、上がり続ける基本給。

 雪だるま式に増えていく口座残高を、無感情に眺めて、大きな任務を終えると、ちょっとしたご褒美を買う日々。

 それを変えてくれた人がいた。その人が現れてからは、目標額を貯金するまで頑張る日々だった。それを今日、終えた。


「ただいま、奏さん。三日ぶり」

「あ、おかえり、結愛さん。そしてただいま」

「おかえりなさい……仕事探しですか?」

「うん」


 奏さんは躊躇うことなく頷いた。


「残りの人生、奏さん一人養えるくらいの貯金、貯め終わりましたよ。私と一緒に自堕落な日々、送りませんか? 収入が欲しいなら、私が自宅でできる仕事で稼ぎますし」

「……やっぱり、そんなこと考えてたんだ。……まだ、迷ってる?」

「はい」

「そっか。それの使い道は、夕飯食べながらにしようか」


 私が差し出した通帳をちらりと見て、奏さんは、私たちの家。その鍵を開けて、優しい目を向けて、笑顔を見せて、入るように促した。

 先輩が、奏さんに救われた。その意味が、最近わかった。

 私の心は、溶かされていく。荒んだ心が、洗われていく気がする。

 奏さんとは、たまたま再会した。

 少し長い休みをもらった時、公園でぼんやりとしていたら、声をかけられたのだ。


「結愛さん? 久しぶり」

「……奏さん。お久しぶりです」


 油断した。すっかり気が抜けて、ここが近所だと、忘れていた。

 ……嘘だ、少し、期待していた。奏さんとは、会いたい気がしていた。


「何してるの?」

「ボーっとしてます」

「へー。この辺に住んでるの?」

「まぁ、そうですね。ホテル暮らしですよ」

「そっか」


 奏さんは何か迷うように顎に手を当て考えて。


「うちこない?」 


 なんて言った。

 私はどうしてか頷いた。

 



 「そっか、あの仕事、続けてるんだ」

「はい。その、史郎さん達は……」

「毎日連絡は取ってるよ。そろそろ落ち着いたって」

「……そうですか」


 夕飯の皿を片付けながら、様子を窺う。

 結愛さんは気まずそうに、むず痒そうに、身じろぎした。


「たまには連絡してあげなよ」

「……はい。そうですね」

「二人は怒ってないよ」

「奏さんは?」

「ちょっと怒ってる。メッセージ全部、無視されちゃってるんだもん」

「……すいません」


 いじめ過ぎたかな。シュンとしてしまった。


「史郎君、そろそろ帰ってくる時間かな」

「そうですか。今は何を?」

「今はね、株で生活してる」

「はぁ。なんとも」


 先輩らしい。先輩がスーツを着てオフィスに通っている姿は、想像できない。


「大学卒業してすぐは、銀行に勤めてたんだけどね。意外だね、結愛さん、調べてないんだ」

「調べないように、していました。朝倉家から離れたことは、流石に知っていますが」


 むしろ、朝倉家から離れる時、私もかなり手伝った。こっそり、気づかれないように。

 主に、朝倉家と関わった記録の抹消だ。 

 次期社長候補から下りて、普通に結婚する。という志保さんの選択を実現するのは、想像より難しかった。志保さんは、関わり過ぎていた。会社内に派閥ができるくらいに。

 志保さんが万が一にも、次期社長の座を奪い合う競争に参加できないようにする。それが、朝倉家の運営する会社の幹部たちの提示した、志保さんが次期社長候補を降りて、史郎先輩と結婚するための条件だ。過激な手段をちらつかせて。

 だから、先輩達は引っ越したし、里帰りしたとしても、志保さんは実家には帰れない。

 最後に結構な額のお小遣いを渡しただけで、事実上の絶縁状態だ。志保さんも史郎先輩も、親を失ってしまったようなものだ。


「隣の家が残ってるのには驚きましたが」

「あれ、貰ったんだ。史郎君のお父さんから。正直、困ってるけど。史郎君からは、売っても良いとは言われてる。今は花音が使ってるよ。一人暮らしの練習に」


 結愛さんは壁の向こう、史郎君のかつての家に、目を向けていた。どこか遠くを眺めるような目で。

 思えば二年、結愛さんは傷を誤魔化し続けて、そこからようやく離れられたとも言えるのか。


「楽しかったのは、本当です。史郎先輩や志保さん。奏さんとの日々は、私の人生、最良でした。こうして振り返っても、一番楽しかった日々と言えます」

「そっか、それは良かった」

「でも、離れてしまってからというもの、疼くんです。疼いて、疼いて。気がついたら、忘れようとしていました。なるべく、思い出さないように、触れないようにしていました」


 奏さんの目は、続きを促していた。


「仕事の日程をこれでもかと詰めて。任務中、殉職したら、それでも良いか、なんて考えて」

「うん」

「でも、生き残ってしまいました。結構な人をブタ箱に叩き込んだのですけどね、放った銃弾はいつか返ってくると言いますが、いつになるのやら」


 思わず、笑ってしまう。


「結愛さん、うち来ない?」

「? もう来てますよ」

「ううん。うちに住まないかって。妹たちもいるけど」

「え、いえ、それは」

「というか住んでよ。ホテル引き払って」


 結愛さんには、これくらい押すのが効く。そんな気がする。


「うぅ……」

「じゃあ、今から荷物取りに行こうか」

「……はい」





 ホテルを引き払い、奏さんの運転する車に全部乗せて、助手席に座らされて、戻って来た。


「この部屋使ってねー」

「ありがとう、ございます」


 他人の匂いがする。高いホテルだと、そういうのが無いから、任務とかで出張する時も、なるべく高級なところを選んでいる。


「でも、温かい匂いだ」


 ベッドに飛び込んで、眼を閉じて、すぐに眠気が来た。

 なんか、疲れましたね、今日は。最近、忙しかったからなぁ。




 「煙草吸うんだ、結愛さん」


 身体を起こして視線を巡らせると、奏さんが荷物の整理をしてくれていました。

 コートのポケットに入れっぱなしだったものを取り出して、ハンガーにかけてくれている。


「えぇ。任務終わりに。一本だけと決めていますが」

「ふぅーん」


 どこか微妙な表情を覗かせる。まぁ、嫌いな人は嫌いでしょう。

 別に家で吸うつもりもない。ただ、任務終わりに落ち着きたくてプカプカさせてるだけだし。


「お風呂どうぞ」

「あっ。はい。ありがとうございます」


 旅行鞄からジャージを取り出してお風呂を借りる。

 何だろう。

 生活感があるというのも、案外悪くないのかもしれない。


「ミルク飲む? 温かいの」

「いただきます」


 奏さんがあれこれ気を回してくれるけど。でもそれに対して申し訳なさを感じさせない雰囲気。


「結愛先輩、住むんですよね、これから」

「そうなりました」


 音葉さんは、大学の宿題でしょうか。数学科と聞きましたが。後ろから覗いてみる。


「あっ、これはですね」

「えっ、わかるんですか? あっ、そういうことか。結愛先輩凄い」

「私が指さしたところを、見ただけで気づけた音葉さんも、理解力ありますよ」


 こんなに、他人と話したのは、どれくらい振りだろうか。

 そして夜中。緊急の任務が入った。

 着替えて、玄関まで音を立てないように降りて。

 荷物の最終チェック。


「……あっ、煙草」


 そうだ、奏さんが荷物整理の時に。

 取りに戻って、本数を確認。帰りに買おう。


「結愛さん」

「はい?」


 声のした方を見ると、黒いパジャマを着た奏さんが立っていた。起こしてしまいしましたか。


「任務?」

「え、えぇ」

「はい、これ」


 そう言って差し出されたのは缶コーヒー。


「ありがとうございます。いただきます」


 受け取るけど、差し出してくる手を引っ込める気配は無い。


「それ、没収。身体によくないです」

「……でも、狙撃終わった後の一本は」

「かっこつけたいなら、そっちでも良いじゃん」

「うぅ」


 有無を言わせぬ雰囲気だ。苦手だ。この雰囲気は。


「はい、処分は任せてね」

「はぁ」


 その日は、途中コンビニで買った。

 いちいち年齢確認されるのが面倒だ。まだ中学生くらいと間違われる。コンビニのレジに行く時は免許を片手に携えておくのが習慣になった。

 かつては自販機で買えたらしい。

 そう考えるなら、奏さんの提案に乗るのも悪くない。

 任務を完遂し、煙をふかしながら、缶コーヒーのプルタブを引き上げる。


「……先輩」


 一口飲んで、思わず呟いた。


「……会いたくなりますよ、この味」


 苦みと甘み。私が飲める味。


「先輩……」

 



 「結愛さん、ほら、こっちこっち」

「はいはい」

「その反応、史郎君っぽいよ」

「そーですか」


 今日は、奏さんと私の休みが重なったので、ショッピング行くことになった。

 午前中、基本的に暇な私は、昼前に起きる。

 朝早く起きて、私と音葉さんの分の朝食を準備して仕事に行く奏さんに頭は上がらない。だから今日も、何なら今日使うお金は、私の財布から出してしまうのもありだ。いや、そうしよう。光熱費と食費を出すだけでは物足りない。


「これ、可愛くない?」

「では買いましょう」

「判断が速い!」

「奏さんに似合いそうですし」

「ううん、これ、結愛さんの」

「私にこんな可愛らしいの、似合いますかね?」


 お店のショーウィンドウのガラス。そこに映る私は、気怠そうに、殺伐とした雰囲気で、ヒト何人かやっちゃってます。みたいな雰囲気をありありと出している。


「着てみようよ」

「……はい」


 今の私は、基本的に奏さんの言うことに逆らわない。

 茶色のジャケットに黒のTシャツ。黒のズボン。

 それが、白のスカートにピンクのセーター。私には、明るすぎる。眩しいです。


「値段はリーズナブル」


 今の私の使いきれていないお金から考えれば、小銭だ。


「……買っておきますか」

「はいよー」 

「奏さん!」

「会計お願いしまーす」


 やたらと明るい奏さんの声に、店員さんは恭しくしく頭を下げて持って行ってしまう。


「あ、お金」

「いーの」


 カードでさっさと払ってしまう奏さん。


「ほら、次行こっ、次々―。一日はあっという間だよー」


 それからお昼を食べて、また買い物。ほとんど見るだけ。

 本当に、何と言うか。これでは高校生、よくて大学生のちょっとした休日のようではないか。


「楽しい?」

「……そうですね、楽しいです」


 素直な気持ちだ。

 昼下がりの喫茶店。静かな時間だ。チーズケーキとコーヒー。どれくらい前の私だろう、でも、その頃の私は、違うものを飲んでいたと思う。

 でも、楽しかった時間に、戻れたみたいで。


「もうすぐ、音葉が卒業するの。大学」

「それは、おめでたいですね」

「あの家から通えるところに内定とってさ。それでね、私、考えてるの」

「何をです?」

「仕事辞めて、引っ越そうかなって。史郎君達がいるところに。一緒に行かない?」


 耳鳴りがする。

 その提案に、頷きたくなる。

 そうだ。奏さんも、悩んでたんだ。私とは違う悩み。 


「ゆっくり考えて良い。結愛ちゃん、まだ、時間はあるから」


 時間はあるといっても、半年だ。あっという間に無くなってしまうような時間だ。

 いや、違う。奏さんの、ずっと考えた上での結論だ。私が悩むべきは、その結論の是非ではなく、その提案に乗るか、反るかだ。


「……ごめんなさい」

「どうして、謝るの?」

「奏さんからの連絡、無視しなければ、きっと、もっと、ちゃんと」

「ど、どうしたの、急に」

「ごめんなさい。もっと、違う未来が、待っていたかもしれないのに」


 ごめんなさい。ごめんなさい。

「私が逃げなければ、隣の家に、二人は、いれたかもしれない」

 私には、それができるだけの能力があったはずだ。


「奏さんが、今の生活を捨てるようなこと」

「ううん。良いの。大丈夫。私も、外の街に行きたいと、思うこと、あったから。ね? 泣かないでよ」

「泣いてません」

「泣いてるよ」

「……頑張って働きます。あと半年、働いて、稼いで、しばらくは二人で無職でも、生活できるだけの資金を用意します」

「結愛さんも、やめるの?」

「はい。もう、疲れました」


 意地を張るの。


「そっか……お疲れ様」

 

 


 そして、私と奏さんは、二人でマンションに住むことになった。

 もう、先輩と志保さんの家は特定できた。子どももいると知った。

 奏さんは既に知っていた。連絡は取っていると言っていたから、当然か。

 引っ越してからも少し仕事を続け、円満に退職する運びになった。退職金もしっかりとふんだくった。


「どうしたの? ボーっとして」

「いえ、何というか。この街に先輩達、いるんだなぁって」

「良い場所だよねぇ」


 マンションの最上階の部屋から見下ろす街。向こうに海が見える。


「ところで結愛さん、ワイン、美味しい?」

「はい、一日一杯」

「じゃあ、もらおうかな。私も」

「どうぞどうぞ」


 ルームシェア生活も、結構楽しい。

 奏さんは、私の決断待ちというポーズを取っているが、多分、決断しきれてないのは、同じだと思う。

 奏さんは、それが最善だと確信を持てたら、容赦なく私を連れて行くはずだから。

 私とってそれが最善か、決断しきれていないのだと思う。


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