謝らない。
部屋に戻って、布団を二枚敷いた。
「二枚?」
「二枚だろ」
「一枚じゃなくて良いの?」
「何を言っているんだお前は」
いやまぁ、俺も迷ったよ。でもさ、とりあえず二枚だ。一枚だと何だろう。期待しているように思われそうだ。
添い寝というのは安心感が凄い。
隣に、好きな人。信じている人がいる。その安心感は、あっさりと深い眠りに導いてくれる。
「こちら九重。朝倉志保、共に無事。明日、ヒトゴーマルマル時に帰還予定。通信終了。よし。おやすみ」
「速攻で寝ようとしないでよ」
「とか言って、調子に乗って夜ふかしすると、明日寝坊するぞ」
「でもでも、すぐに寝るの勿体なくない?」
志保の言わんとしていることはわかるけどな。
「はいはい。じゃあ、修学旅行の夜っぽくいくか」
「オッケー。史郎の好きな人は?」
「志保」
そう言いながら電気を消して、布団に潜りこむ。
「即答かー。話終わっちゃったよ」
なんて言いながら、志保は同じ布団に入って来た。
「じゃあ、志保の好きな人は?」
「史郎」
「即答じゃねーか」
何だ、これ。とは思うが、まぁ、いっか。
こんな頭の悪い会話、俺も志保も、あまりしていないはずだ。
「ねぇ、史郎。もし、史郎に出会えなかったらって考えると、ちょっとだけ怖いや」
「お前なら、多分大丈夫だった」
「そうかな?」
「俺と出会って、人生が、少し、なんだろ。歪んだ? とも言えるし変わった、ってちょっとポジティブに言えるし。そんな感じ。だから、出会わなくても、それなりにやってたさ」
「身も蓋もないね」
「あぁ。でも。そういうもんだ。だから、出会ったことを、喜べる」
出会った奇跡に感謝できる。
出会いは呪いだ。まじないとも読める。
「でも、俺も怖いな。まず、奏がいなかったら、志保とここまでなれなかった」
「そか。奏ちゃんに感謝だね」
「あぁ、それと、結愛がいなかった、志保から逃げ出していたかもしれない」
「じゃあ、結愛ちゃんにも感謝だ」
全部、全部を越えた先に、こうして、志保と一緒になれた。
そう考えると、胸の奥に、何か、じんわりとしたものが広がった。
「史郎、泣いてるの? 大丈夫?」
「ちょっとな。色んな事、思い出していた」
中学の卒業式の日、高校の入学氏の日、随分と遠い。
辿って来た足跡が、もう随分と、長くなった。
「過去に浸るのも、良いけどさ、目の前の彼女、ちゃんと愛してよ」
「これだけ人を好きになるのも、珍しい話だと思うが」
「伝えなきゃ、気持ちは」
「あぁ」
志保の布団に潜り込んで、それから。
寒くならないように、冷えてしまわないように。温もりを、求め合うんだ。
帰りのバス。
心は、晴れやかだ。気持ちがいい朝だ。
芯まで一気に冷やしに来る風も、今の俺には目を覚ましてくれるありがたい風だ。
「史郎って体力あるよね」
「無かったら仕事が務まらない」
「それもそうだ。ふわぁ」
欠伸を零して目元を擦る志保。どこかふわふわして見える。
「寝ても良いぞ。運んでやる」
「やはは。それも悪くないかも」
「駅前まで結愛に頼んで、車を回してもらえば良いからな」
「夢も希望もない」
「家まで運ぶことに夢も希望も見出せねぇよ」
一番後ろの席に並んで座って、バスの、眠気を誘う温かさ。
志保はすぐに、肩に頭を預けて目を閉じた。なるべく動かないように、外の景色を眺める。
どこでも良かったのかもしれない。俺自身と、俺達の未来と向き合うのに。志保が志保自身を見つめなおすのに。
場所は、どこでも良かったのかもしれない。
学校をサボってまで行く意味は、無かったのかもしれない。春休みまで、我慢ができるなら、我慢した方が良かったのかもしれない。
何もかも、間違えているんかもしれない。
でも。良い。
間違えていても、それは確かに、俺達の糧になる。青春の名のもとに、全てを肯定的に捉える。それは、悪習だろうか。
「ふっ」
思わず、笑みが零れた。
ちゃんと高校生じゃねぇか、俺達。
「おかえり、史郎君」
「おう。ソファーで良いか、とりあえず」
「うん。志保さん、寝顔、きれいだなぁ。可愛らしさもある」
「だな」
家の鍵が開いていたので、いると思っていた奏が、玄関まで出迎えてくれた。
背負っていた志保をソファーに下ろし、グッと身体を解す。
「そこで頷くって、史郎君、変わったね」
「心中に留めていたものを留めないことにしただけさ」
「良い傾向だと思うよ」
髪を梳くように撫でて、ソファーに常備しているタオルケットを志保にかけた。
「どうだった?」
「色々見えたよ。とりあえず、前向きに頑張ることだけ決まった」
「そっか。良いね」
「あぁ」
奏の笑みに込められた感情を、俺は読み切ることができなかった。
無邪気な、年相応な女の子の寝顔。安らかな寝顔。
壊さないように丁寧に。崩さないように、乱さないように、ゆっくりと撫でた。
「夕飯は何が良い?」
「奏ちゃん特製オムライス」
そう答えたのは、眼をぱっちりと開いたい志保だった。
「起きてたのか」
「夕飯という単語が聞こえたら目が覚める仕組みになっている」
「胃袋に脳みそでもあるのか」
「第三の脳だね」
「第二はどこだよ」
「……どこだろ?」
まぁ、指とかがそう言われているのは聞いたことあるが。
「まぁ良いや。奏ちゃん。おにゃしゃす」
昨日の朝、自分で作って食べたのを忘れたのだろうか、志保は。まぁ良いや。嫌いな料理じゃないし。
「任せて」
奏も、そう言っているし。
「おっと。九重、朝倉、両二名、九重の家に帰還。通信終了。っと」
報告を入れて、奏が淹れてくれた紅茶。マグカップを受け取る。
その日は、妹たちも一緒に、夕飯を食べた。
結愛はどうしたのだろう。こういうイベントに首を突っ込まないなんて、珍しい。
志保を、普通の一軒家の方に送り届けて、何となく見上げたアパートも、電気は点いていない。
「先輩、そんなに後輩が恋しいですか?」
「まぁな」
「くくっ。彼女がいるのに。そういうことは素直に言うものじゃないですよ」
結愛の声は、どこか投げやりだ。
何だろう。
「振り返らないでください」
はっきりとした拒絶に、足を止めた。
「今、先輩の顔を正面から見たら、きっと、泣いてしまいます」
「……結愛」
「先輩。みんな優しくて、私、辛いです」
「あぁ」
「胸の中、ぐちゃぐちゃです」
「あぁ」
「こんなの、初めてですよ。わからないですよ。昨日の放課後、奏さんと、妹さん達と、出かけて、そのままお泊りしました。とても楽しかったです。一晩中愚痴り合って、楽しかったです。楽しいと思える私に、びっくりしました」
攻撃の気配がしたけど、俺は避けなかった。とても軽いパンチが背中に当たった。
「先輩が奏さんを選んでいたら、私は、多分、こんなに悩まなかったと思います。きっと志保さんが、悩む素振りを見せないので、私も、同じように、悩まないでいられたと思います」
「何となく、想像つくよ」
「奏さんの優しさに、甘えて良いと思いますか?」
「それは……」
俺は、どう答えるべきだろう。
結愛が喜ぶ答えは、どんなのだろう。
いや、違う。
結愛が俺に聞く時は、背中を押して欲しい時じゃない。純粋に俺の考えを聞く時だ。
「……奏はきっと、結愛が仲良くしてくれるなら、喜ぶさ」
「……ですね。本人もそう言ってました。先輩もそう言うなら、間違いありませんね。では、もう行きます。おやすみなさい、先輩」
足音、横を通り過ぎる足音。
塀に登りそのままジャンプ。扉の向こうに消えるまで、結愛は振り返らなかった。
「これが、振るということ。か」
俺は、結愛の言葉、全てを、受け止めなきゃいけない。
その上で、幸せになる。
「謝らないぞ」
謝ったら、きっと駄目だから。




