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失恋した俺の高校生活は、守りたい人が少し多い。  作者: 神無桂花
志保√ それでも好きだから。

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135/223

青春はこれからだ。

 通勤通学ラッシュが終わった時間辺りに家を出た。


「朝の情報番組をちゃんと見たの、初めてかもしれん」

「私も」


 俺も志保も、人を欺くことに関しては、身体に染みついた感覚で理解している。

 堂々とした立ち居振る舞い。俺達は大学生カップル。卒業前にちょっとした旅行に出かける。


「電車で旅行かぁ。初めてだなぁ」


 今から行くのは山の中の温泉が有名な村。

 この時期はきっと寒い。雪も深いだろう。

 それでも、ネットで調べた時、どうしてか心が引き寄せられた。

 意味も無く手を繋いで電車を待つ。

 悪いことをしている。

 正しくないことをしている。

 でも、それでも。

 俺が迷いなく、明日に歩くために、必要なことなんだ。




 電車を降りて、そこからさらにバスに乗る。

 息を吸うと、雪交じりの冷えた空気。冬の香りがした。冷たい匂いだ。

 俺達がいる地域、珍しく雪が降らない冬。忘れていた。俺達の地域も、同じ匂いが、今頃する筈なんだ。


「凄い、完全に雪景色だ」

「だな」

「山、川、雪。って感じ」


 殺風景とも、原風景とも、冬の大自然とも言える。

 乗り込んだバスは暑いくらいで、俺達は座って無言でコートを脱いだ。志保の白いコートを預かる。少し湿っていた。パラつく程度の粉雪でも、少し歩けばこうもなる。

 バスは山の中に入る。山道特有のキツイカーブ。

 景色はさらに、変わり映えのしないものになる。片方は山側も谷側も広がるのは木々。ただ視点の高さが違うだけだ。

 こつんと志保の頭が肩に触れる。そのまま寄りかかられる形。

 ちらりと見ると、志保は目を閉じている。

 バスの中は、眠気を誘う温かさだし、昨日はあれだし。仕方ないか。

 志保はそのままにして、窓の外を眺める。

 眼下に広がる森。雪に染められた白い木々。

 しばらく、バスの速度が落ちて、旅館街の手前に着く。そこで降りる。


「ほら、志保、起きろ」

「ふわぁ、あれ、やはは、気がついたら着いてたよ」

「行くぞ」

「うん。あっ、荷物」

「行くぞ」


 志保の分の荷物も担いで歩き出す。ほいとコートを渡す。荷物と言っても一泊分だ。大して重くない。

 バスを降りて、雪が掃かれ、少し湿った石畳の道に降り立つ。


「大丈夫か?」


 志保がマフラーを巻きなおしたのを確認して目的地に足を向ける。


「うん。荷物」

「あぁ」


 志保が自分の鞄の持ち手を掴んだから離した。


「洞窟風呂ってどんなのだろう」

「さぁ……こちら九重、朝倉志保と共に、宿泊予定の旅館に到着。通信終了。っと」


 報告だけして、受付へ向かう。

 結愛が予約してくれた旅館。共同の温泉と、部屋毎に予約制の洞窟風呂というのがある。

 受付のおばあちゃんに案内してもらい、三階の部屋。内装は意外と趣を残しつつも、設備はしっかりしている。

 快適な温度の部屋に出迎えられ、思わず息を吐いた。くつろぐことに、日常を忘れることに特化された空間に、脱力感を覚えた。


「さて、早速、お風呂だ!」

「はいはい」

 



 旅館の風呂を楽しみ、夕食後に、この旅館の目玉であるところの洞窟風呂を予約して。

 温泉上がりで、髪を団子にまとめた志保の首元から目を逸らしながら、部屋でのんびりしてしばらく。夕食の時間。


「蕎麦だ」

「そういえばここ、蕎麦の名産地だったな」

「あーなるほど」


 気さくなおじいちゃんが料理を運んでくれる。お刺身、青菜漬け。野菜の煮物。

 魚、海老、大葉の天ぷらとか、様々な料理を程よく味わえる。そんな夕食だ。


「大学生かい? お酒は注文するかい?」

「あっ、熱燗お願いします」

「おい」

「良いじゃん」

「……わかったよ」


 結愛の手で、俺達は二十歳で通されている。無闇に止めるのも怪しまれるか。

 そして、注文していた熱燗、お猪口が二つ届いた。


「史郎はお酒飲んだことがある?」

「一回ある。結愛と、任務終わった後に。一杯だけ、あまり美味しくなくてな。結愛も『不味い』とか言ってた」

「実は、私もある。お父さんが出張中、ワインセラーから一本こっそり貰ったんだ。渋谷さんが気づいて、こっそり同じ奴買って入れておいてくれたから、バレなかったけど。無くなるまで、毎晩、一杯ずつ。チーズと一緒に」


 ぼんやりと、頭の中に、志保の部屋、ソファーに寝巻き姿の志保が、ワイングラスを揺らして、チーズを口に押し込んでいる様子が、浮かんだ。

 しかし、あの人、なんだかんだ志保に甘いな。

 さらさらとした透明な液体を眺める。日本酒か……。クイっと飲んでみる。


「へぇ」


 アルコール独特の苦みもきつく無くて、少し甘味も感じた。

 身体がポカポカする。どうしてか、笑みが零れた。


「悪くない」

「だね」


 また、一つ。良くないことをした。

 でも。皿が空になる頃には、丁度良い満腹感で。


「いやー。こういうのも良いねー」


 なんて言う、志保の満天の笑顔に、素直に頷けた。

 ほのかに紅い志保の頬。それでもそれなりにお互い強いようで、ふらふらというわけでは無い。でも、上機嫌なのは確かで。腕に絡みついて、笑っている。

 それを、微笑ましいとか、可愛らしいとか思っている自分がいるのは確かで。

 それから、少しだけ夜の旅館街をぶらついた。 

 星が、よく見えた。山の上で、空気が綺麗だからだろう。


「うー。寒い」


 そんなことを言いながら、ずっと腕に抱き着いている志保は温かい。俺も、別に振りほどこうとは思わない。俺も多分、少しだけよって、頭の回転が鈍くなっているんだ。


「戻るか?」

「うん」


 店が閉まるのが早いようで、ここに住む人々の一日の終わりも、早いのかもしれない。 

 コンビニもスーパーも見当たらない。俺達が知らないだけで、どこかにあるかもしれないが。

 指先から、少しずつ、寒さで感覚が失われていく。

「戻るか」

 温かい屋内が、恋しくなった。




 それから、この旅館名物の洞窟風呂という物に入ることにした。


「廊下から入れちゃうんだ、洞窟」

「あぁ」


 少しだけ、しょぼいのでは、なんて不安になる。

 廊下にある他の扉と同じ扉。開けてみる。


「……ほう」


 そこにあったのは、コンクリートで囲まれた道。頷き合って入ってみる。しばらく進むと、段々天井が低くなって、俺も志保も、中腰で進むことになる。

 掘ってそのままという感じで、岩肌もむき出しの道になる。染みだした水が、たまに首元に落ちてくる。冷たい。

 暗い。後ろから何かが迫ってくるのではという錯覚に陥る。無視する。後ろから来ているのは、最高の彼女だ。

 ちらりと後ろを見ると、志保はにへらと笑って応えた。

 そして、明かりが見えてくる。自然と足が早まる。志保の様子を確認しながら進む。


「ほー」

「おー」


 ちょっとだけ開けた場所に、脱衣場と、ポツンと狭い湯船がある。


「何というか、秘境の温泉って感じだね」

「本物は、本当に噂を辿って山の中を探さなきゃいけないらしいが、気分を味わうなら、こんな感じで良いな」

「だね」


 なんて言いながら、志保は脱衣場に入ってポイポイと服を脱いでいく。


「さぁ、入ろう、史郎」

「あぁ。先に入っててくれ」

「うん」


 かけ湯をする志保の背中を眺めながら、服を脱ぎ捨て、期待のお湯へ。


「ほう」

「おー」


 入りやすい。熱すぎない。程よい。

 パッと浮かんだ感想はそんな感じ。


「普通の温泉よりは熱くないね」

「だな」

「三十分か……」


 そう言いながら、志保は身を寄せてくる。


「なんだよ?」

「べっつにー」


 この場を照らしているのは、脱衣場の灯りと、岩壁に吊るされた電球一つ。

 程よい暗闇の方が、場を支配している。


「史郎」

「ん?」

「とっても楽しい」

「俺もだ」

「私たちも、こういうこと、普通に楽しめるんだね。正直、好きな人と一緒にいるだけで、楽しい」

「それは、そうだな」

「最近ね、色んな事が、段々、どうでもよくなってさ」

「? どういうことだ」


 志保は、少しだけ、言葉を選ぶように、ゆっくりと。


「わりと、勉強はしてたんだ。でも、何だろう。今、とても充実してて、満足してて。だから史郎に、普通の一般家庭でも良いか? って聞いて、良いって言ってもらえて。なんか、安心もしちゃって。勉強に、ちょっと熱中しきれなくなって」


 見上げてくる視線が、困ったなぁ、なんて言っているように見えて。


「それでね。答え、探しに来たんだ。史郎が安らぎを求めたように。私は、遠くから自分を見つめてみたかった」

「どうだった?」

「わかんないや。ちょっと一日離れたくらいで、答えなんて見えないや」

「そりゃそうだな。すぐに見つかったら、誰も進路で悩んだりしないさ」

「どうしたら良いかな」


 志保から、こういう悩みが飛び出ることが予想外と言えば予想外だが。あり得ないとは思っていない。志保だって、同い年の普通の女の子だ。


「俺達、まだ一年生だぜ。三年まであっという間とは言われているが。それでもきっちり、三年分の時間があるんだ」

「うん」

「別に、経営に関する大学に行ったって、普通の一般家庭を選べないわけでも無い。はい、皿に四年がプラスだ」

「そうだね」

「すぐに答えを求めることもないだろ。俺だって、志保の周りの奴ら黙らせるために、偏差値高い大学を目指して、特に何か大損するわけでもないし」


 学んだことは、無駄にならない。だから、志保の答えがどうであれ、勉強を続けない理由にはならない。


「志保が逃げたくなったら、手を引っ張って、どこまででも連れて行くさ。結愛のサポート付きだ」

「やはは。最高に頼もしい」


 俺の答えは、ただの決断の先送り。だけど、それはめんどくさいとか、そういう後ろ向きな意味の答えではない。

 前向きな頑張りの向こうに、答えがあると信じての先送りだ。


「……史郎、あがろっか」

「? おう」

「色々、吹っ切れたよ。私も、肩の力、少し抜けたや」

「それは良かった」


 グッと伸びをして、志保は立ち上がる。


「じゃあ、今は、高校生カップルらしく、楽しくいよう。二度と来ない時間を、味わい尽くそう。素直に、そう思えた」

「良いことだ」

「だから、全力で史郎に、イチャイチャを仕掛ける」


 真っ直ぐに人差し指を伸ばし、志保はやたらとカッコいいポーズでそう宣言した。


「まだ全力じゃなかったのか」

「高校生カップルと言うのはね、若さと勢いに任せて、あんまり考えないんだって」

「凄まじい偏見だな。後先考える奴の方が多いぞ。多分」


 本当に多分だけど。リサーチしたわけじゃ無いけど。


「史郎も自信ないんじゃん。良いもん。私たちは後先考え過ぎるんだ。気を抜き過ぎるくらいが丁度良いんだ。私たちは」

「そうかいそうかい」

「よっしゃ、行くよ、史郎。青春はこれからだ―!」

「まずは服を着ろ。俺も着る」


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