愛の伝え方。
「……なんだったんだ」
「予定外だけど予定内だよ」
「……そういうことか」
「察したようだね」
志保が、少しだけ困ったように笑う。
ようは、俺が志保と付き合うのが気にいらないことを演じた誰かを襲わせようとしたら、そうするまでもなく、俺は絡まれた。というわけだ。
「史郎、私、多分、史郎以外のところに、いけないよ。だから、心配しなくて、良い。私、めんどくさくて、嫌な女だから」
「俺の好きな女のこと、勝手に悪く言うんじゃねぇよ」
「やはは。そうだね。ごめん」
駅に着いた。電車を待つ。手が、繋がれた。
志保を、そこに感じた。
そのことに、俺はどこか、安心感を覚えた。
志保が隣にいる事実に、心が、安らいだ。俺はどうしてか、力んでいたらしい。
くらっとした感覚に襲われる。身体の力が抜けるを通り越して、力が入らなくなる。そんな。
「大丈夫?」
「あ、あぁ。なんか、急に、疲れて」
「家、行こっ」
「あぁ」
志保に、安心感か。
初めて、感じた。
「ねぇ、史郎」
「うん?」
「私、ちゃんと史郎のこと、好きだよ」
「あぁ」
志保の耳打ちに、頬が熱くなった。
電車に乗って、二人で並んで座る。
帰宅途中の学生の集団に混ざる。
「史郎は?」
「……好きに決まってんだろ」
人混みで言わせるな。
電車を降りる。二人、並んで歩く。
茜色の空が、優しい。
「でもわかんないな。奏ちゃんや結愛ちゃんの方が、良くない?」
「あんまり、比べたくない」
選んでいる時点で、比べているようなものだけど。
「なんで、一人しか、選べないんだろうな」
「やはは、ハーレムルート欲しい?」
「あったら、良かったな」
「まぁ、無いよね」
「あぁ」
「私含め、史郎のこと、独り占めしたいというのが、本音だから」
誰かとシェアなんて、できるわけが無い。
その心を、独り占めしたい。
私だけを、見て欲しい。
それが、きっと、私たちが等しく持っている願い。
だからこそ、私たちは絆を感じていた。
「……いや、やめておこう」
なんで俺如きにそこまで、なんて。さっき志保に言ったことが、自分に返ってきてしまう。
気がつけば、自分の家が見えていた。
「あっ、志保の荷物」
「大丈夫だよ。それよりも、史郎の体調、だよ」
「俺は、まだ」
「そんな眠そうな顔で言われても、信じられないよ」
耳元でそんなことを言われて。また、力が抜ける。
志保の声に、言葉に、不思議な力を感じる。
ふらふらと、気がつけば、俺のベッドが目の前で。
「おやすみなさい」
そんな声に脳が痺れて、とろけて。
瞼が、重くなっていく。力が、抜けて行く。
「史郎。本当に、頑張っているんだね」
史郎の部屋、勉強机を眺めながら、思う。
史郎の寝顔。安らかだ。良かった。
史郎に、私に対する独占欲を自覚させる。そして、私に対して、素直になってもらう。
霧島君が、私たちの話を聞いた結果、必要な条件として提示した二つだ。
「さーて。頑張りますか!」
「……志保さん。お届け物です」
「あっ、ごめんね。ありがとう」
結愛ちゃんが、私の泊りセットを持って来てくれた。
「食べてく?」
「いえ、お二人の時間をお楽しみください。私は帰って寝ます」
「やはは。ありがとうね、本当」
「いえ」
結愛ちゃんはひょいと背伸びして、私の肩越しに部屋の中を見る。
「……先輩、大丈夫ですか?」
「疲れが、溜まってたんだと思う」
「……そうですね」
正月散々暴れて、それからも志保さんのところに毎日通い、志保さんの宿題を手伝いつつ、受験勉強を開始した。毎晩遅くまで。
「自分を大事にすること、もっと覚えて欲しいものです」
「……そうだね」
志保さんは、静かに目を伏せる。
「志保さん……いえ、何でもありません」
「うん」
馬鹿な選択だけはしないでください。そう言おうとした。けれど、その心配は、無かった。
もう、志保さんは。勝手に諦めない。
「先輩を、お願いします」
さて。霧島さんに仕事の話でもしに行きますか。
「今、何時だ」
「目覚めてすぐその一言が出てくるって、凄いね。まず、この状況へのコメントが聞きたいな」
「添い寝したのは、初めてではないからな」
「やはは。それもそうか」
目が覚めてすぐに感じたのは、香り。何かの花の匂いだろうか。高級感を感じる甘い香りだ。
手を動かして触れたのは、柔らかな肌の感触。知っている感触だ。すぐに、志保のだと気づいた。
顔を動かして、すぐにそれは、志保の二の腕だとわかった。
「状況整理が早いのは、史郎君の仕事から考えれば、当然かもしれないけど、面白くないなー」
「それは、すまん?」
「謝っているのか問うているのか、はっきりして欲しいところだね」
身体を起こす。
最近感じていた怠さが無くなり、どこかスッキリとした感じがある。
思えば、深く眠ったのも久しぶりだ。
「俺は、冷静じゃなかったのかもしれない」
「かもね」
「長くもつはずもなかっただろうに」
「そうだよ……ごめん。もっと私が上手にできれば、史郎が、悩まなくて、良かったのに」
「いや、俺が勝手にやったことだ」
すぐに志保は首を横に振った。
「ごめんなさい、と同時に、怒ってるんだ、私」
「なんだよ」
「私、史郎君の彼女だよ。正月の時にできていたことが、どうしてできないのかなー、君は」
「正月の時に、できたこと?」
「私に頼ること。任せること。私を同じ場所に立たせてくれること。私に……キスすること」
「迷ったわりにぼかさないのか」
「ぼかすほどの行為じゃないからね。それとも史郎は、私と、口に出す時はぼかすようなこと、したい?」
「それは……」
思わず、少しだけ、後ろに仰け反る。志保が、グイっと顔を近づけてきたから。
でも、この展開を狙っていたのか、志保は俺を壁際にしていた。逃げ場なんて、すぐに無くなってしまう。
「志保。俺は」
「良いじゃん。楽しもうよ。高校生だよ。華の」
そう言いながら、唇が押し付けられる。
熱い。柔らかい。頭がボーっとする。少しだけ、意識が飛びそうになった。
でも、志保はそれだけでは終わらない。唇が少しこじ開けられて、さらに深く。深く繋がる。
求められる、求める。求め合う。
「史郎。私はちゃんと史郎のことが好きなの。史郎以外、嫌なの」
「志保」
あぁ、俺は。
志保のことを、信じ切れていなかったんだ。まだどこかで、怖がっていたんだ。
痛みは克服しても、消えるわけではない。
また失うかもしれない。
失う痛みをもう味合わない方法何て、大事なものを作らないだけ。
でも、そんな難しい事、俺にはできない。俺には、大切な人が多い。
ならもう、俺に残された選択肢は、一つだけだ。
「俺が、馬鹿だったよ」
「やはは。私も馬鹿だから」
志保の言葉を信じる。志保の好きを信じる。志保への好きを信じる。志保を、信じる。
「馬鹿だから、下手くそな伝え方しか、できない」
「それは、俺も同じだよ」
安直な言葉しか、知らない。
「愛してる。志保。大好きだ」
誰にも、渡さない。
誰が何と言おうと。
俺は、志保の隣にいる。




