41、理由
41
目の前の枝本さんに、普通に訊けばいいだけの話。でも、何て?何をどう話せばいいの?
「訊きたい事があるなら言ったらどうだ?」
「私も……何をどう訊けばいいのかわかりません」
枝本さんに連れられてランチに来たのは、古いけど美味しいイタリアンのお店だった。寮母さんの料理は美味しいけど、パスタはあんまり出て来ない。たまにこうゆうお店の味も食べたくなる。
紗菜さんの言葉が無ければもっと美味しく食べられたかもしれないと思いつつ、食べ終えてレストランを出るときに張り紙に気がついた。
『ランチタイムは全面禁煙とさせていただきます』
枝本さんはこの張り紙に気がついた?気がついてたから吸わなかった?
あれ?でもそう言えば、枝本さんって煙草……
「禁煙ってありますけど……」
「ん?だから何だ?」
私が煙草の煙で喘息の発作が出てから、1度も吸っている所を見ていない。
「もしかして……煙草やめたんですか?」
「別にやめてない」
でも、枝本さんから煙草の臭いは全然しない。
「お前の前で吸わないだけだ。イチイチ発作になられても面倒だ」
そう言って駅の方へ歩き始めた。
「すみません……」
「は?何でお前が謝るんだ?」
何故か私はまた「すみません」と謝って枝本さんより先を歩いた。すると、枝本さんは深くため息をついた。
「あいつに何を吹き込まれた?」
「……………………」
何を吹き込まれた?
「枝本さんはいつも前を向いていると思いました」
「なんだそれ?」
そうじゃない。それじゃまるで枝本さんは過去に縛られてるみたい。縛られてるわけじゃないのかもしれない。
「婚約者……」
「あいつは婚約者じゃねーよ。いいか?あいつの言う事は信じるなよ?あいつは嘘つきだからな」
じゃあ、何を信じればいいの?私は枝本さんの事、何も知らないのに……
そう、何も知らない私は思わず枝本さんを問い詰めてしまった。
「じゃあ、虫嫌いの本当の原因は何ですか?どうすれば虫嫌いが軽減しますか?」
私の投げたド直球の言葉は、その答えが帰って来る事は無かった。枝本さんはそのまま無言で私を置いて先へ行ってしまった。
何だか……今さら涙が出て来た。
あの時、私はどうすれば良かったんだろう?
あの時、私はどうかしてた。
今頭の中がぐちゃぐちゃ……
私が手錠に繋がれ泣いていると、もやしが急に困っていた。
「え?ちょ、何泣いてるんだよ!」
いや、あんたは何動揺してるの?
すると、道場の引き戸が開いた。
枝本さん……!?
私が赤城先輩に拉致られた時は、いつも助けてくれた。
「誰!?え?何?誘拐?」
引き戸から入って来たのは……女の子?女の子は薄暗い道場の電気をつけた。
「まぶしっ!」
「お兄ちゃん何やってんの!?」
「待て!あきら!これは違うんだ!」
違うって何?この子妹なんだ。もやしの妹は、少したれ目の前髪パッツンの可愛らしい女の子だった。中学生かな?見知らぬ制服を着ていた。
「こいつは枝本の婚約者で……」
「だから婚約者じゃないって!」
「そんなの関係ねぇ!枝本と一緒に虫を虐待する俺の敵だ!」
て、敵ぃ?
「え?まさか……私が害虫殲滅委員だから捕まったわけじゃないですよね?」
「その通りだ!当たり前だろ!?ここから帰りたければこれ以上無駄な殺生はやめろ!」
え………………
私が困惑していると、女の子が謝って来た。
「あ~あの、ごめんなさい!兄は虫バカで……バカなだけで悪い奴じゃないんです」
「それは何となくわかります」
特に……バカって所は特に。それに、稲高にはもっとガラの悪い人達がたくさんいる。それに比べれば何だかそのバカがほっこりする。
「お兄ちゃん!早くこの人を放してあげて!鍵は?」
「それは俺が持っている!枝本が俺に勝てたらこいつを…………」
もやしが説明している途中で、突然顔面に回し蹴りを受けた。妹の見事なまでの回し蹴りが思いきり入った。
妹つぇえええええええ~!!
驚愕の威力……。
もやしは1発で気を失った。こんなに綺麗に蹴りができる女の子初めて見た。思わず繋がれた手で拍手した。
「あの、うちの兄がすみませんでした」
そう言って妹は手錠を外してくれた。
「あの、別に好き好んで虫を殺してる訳じゃないんです。それだけはお兄さんに伝えてもらえますか?」
「いえ、虫嫌いなら虫を排除するのは普通の事ですよ」
それは、まるで理由は無くていいと言われているようだ。
「違うんです。ちゃんと理由があって……」
その理由は……虫にある訳じゃなくて、人にある。
嫌いなものを排除するのに理由は無い?
そんな事は無いと思う。それじゃ、枝本さんが虐げられた事に意味は無いみたい。
「ちゃんと理由があって……その理由にも理由があって……」
私の様子に、妹さんが困惑していた。




