40、本屋
40
枝本さんと手を繋いで歩いた。
甘ーーーーい!!こんなに甘い時間があったのに!
今はどうしてこんな所で手錠で繋がれてるの!?
柵に繋がれた手錠で私はどこへも逃げられなかった。多分、寮の門限ももうとっくに過ぎた。
この柵なんとか外れないかな?
古い道場の割りに意外と作りがしっかりしている柵だった。何度か引っ張ってみたけど、びくともしない。これはダメそうだな……
「あの~!あの~!」
私が呼ぶと、隣の部屋から男子が出て来た。
「何だ?トイレか?」
今はこの人が何者なのか探らなきゃ!
「私はどうしてここに繋がれているんですか?」
「わからないか?それなら枝本を恨むんだな」
「枝本さん……?」
まさか……アンチ枝本さんのヤンキー?でも、どう見てもこの人ヤンキーじゃない。華奢で肌が白くて…………もやし。
本来なら学校の外だし、どこの誰だかわからない人。いつもより警戒しなきゃいけなかったんだけど、連れて来られた場所が荒廃した場所じゃないし、この人のこの容姿。
もやし。もやしが道着を着ている。空手?柔道?どっちにしても、細いな~。何なら私より細い?
稲高ではなかなか見かけない男子で……というより稲高では女装男子意外にこんなもやしだと多分生きて行けない。もやしにならない。
「今婚約者を迎えに来いと連絡した」
「婚約者……?私、婚約者じゃないんですけど?」
「またまた、枝本と一緒にいる女なんて婚約者しかありえない」
婚約者しかありえない………………
その言葉に私は気分がどん底に落ちた。
本屋に行った私と枝本さんは参考書コーナーに行き、しばらく思い思いに参考書を見ていた。
何だかトイレに行きたくなって、枝本さんに声をかけてトイレに行った。トイレから帰ると……
「本当に偶然。あ、虫避けもいたの?」
枝本さんの隣に紗菜さんがいた。
え……どうして紗菜さんがいるの?本当に偶然?
「うるさい。帰れ」
「何?参考書?私も選んであげる!これでも現役大学生だよ?」
紗菜さんの話では、この近くの大学に通っていて、よくこの本屋さんに来ていたらしい。
それじゃ、偶然会う事もありえるのかな?
「決めた。行くぞ、新川」
「じゃ虫避けはもう少し私と参考書選ぼ!こっちに来て」
枝本さんは決めた本を持って、レジの方へ行ってしまった。私はついて行くか迷った。だけど、紗菜さんは私の腕を引いて、本棚の裏側の小学生用参考書コーナーに連れて行った。
「あの、さすがに小学生まではなんとか勉強……」
「バカじゃないの?」
「……は?」
いよいよ紗菜さんが本性を現して来た。それほど焦っているような気がした。
「いい?ハッキリ言ってあげる。邦夫はあなたを選ばない。悪い事は言わない。諦めるなら今のうち」
それは恋敵に対する上等文句だった。
「どうしてですか?」
「いい事を教えてあげる。邦夫の虫嫌いの原因は私だから」
どうやらこの紗菜さんが、小学生の頃に枝本さんの事を「虫みたい」と言った事からいじめに発展したらしい。
この人、枝本さんをいじめてた……?
それから男子は枝本さんに虫を使って嫌がらせをするようになって、それは中学生まで続いたみたい。今ではみんな申し訳無く思っていると話してくれたけど……
それって逆に離れたくなると思うけど?
「私のパパ、稲高の理事長なの。パパが邦夫の事凄く気に入ってて、私も昔とは違って強くなった邦夫の事が好きになったの」
強くなった……?違う。きっと、強くならざるを得なかった。何だか腹が立った。私がもう少し短気だったら確実手が出ていた。
「それが何……」
「わからない?邦夫が今でも虫嫌いだって事は、まだ過去にこだわってるって事じゃない?きっと複雑な気持ちに、今はあんな感じかもしれないけど、きっと内心嬉しいと思うの」
確かに……もう気にしていないなら、虫なんて嫌うほどのものじゃない。乗り越えているなら、たかが虫と思えるはず。
枝本さんの中には、まだこの人達がいるんだ……。
そう思うと見えない何かに支配されて、急に気持ちが小さくなった。そこへ、紗菜さんの一言が効いた。
「邦夫が過去を乗り越えるチャンスを奪わないで欲しいの。このままじゃ、ずっと虫嫌いのままだよ?」
私が諦める事で、本当に紗菜さんと枝本さんが上手くいく?
「本当に邦夫を想うなら、協力してくれない?」
「協力……?」
「邦夫が私を許せるように、あなたからも話してよ」
すると、枝本さんが戻って来た。
「あ、勉強はまだ一年生なら基礎を固めといた方がいいと思うけど?まずは教科書復習した方がいいよ。じゃあね!」
最後にもっともらしいアドバイスをして、紗菜さんは去って行った。
あの枝本さんに何を話せばいいの?紗菜さんを許せって、部外者の私が話してどうにかなる?
その後、枝本さんとランチへ行ったけど……何を話したか、何を食べたか思い出せない。
せっかくのランチなのに、紗菜さんの事が頭から離れなかった。何度か枝本さんに質問しようとしたけど……なかなかできなくて、何だかモヤモヤした。




