虚ろな人
【愛】するが故に…。
此れは後から識った事。【虚人】には特性が有り、【自ら死ぬ事】は出来ない。外的要因があろうとも【不死】の特性が有るらしく、【死】が訪れないのだと云う。私の夫は目の前で欲獣化した人間に喰われていった。然し、死ねなかったのだ…。夫は血の涙を流し、懇願するかの様な眼差しで私を視ていた。夫を喰らったのは昆虫だったと思う。後から知らされたのは、その欲獣はマダニを原型としていたらしい。
あの時の私には何の知識も無かった。ただ巨大な昆虫が何処からか現れて、夫を襲っていた事を憶えている。
欲獣の口器は鋏の様な形状をしていた。その鋏で夫の皮膚を切り裂き、ギザギザした歯を刺し入れた。欲獣は夫と連結して、皮下に形成された血液プールから大量に吸血していった。私は恐怖で動けなく、ただ夫が襲われているのを視ていたと思う。その時の記憶は曖昧である。
暫く、その光景を私は魅せ付けられた。
その間も夫は私の事を視ていた。声も出さず感情も無く無機質な表情だったけれど、血の涙を流しているのだから、心の内では悲痛な叫び上げていたのだろう。
でもそれは半年前と変わらなかったのかも知れない。夫はずっと誰かに助けて欲しかったのだと思う。声にならない声で、助けを求め続けていたのだ…。
【助けたいのでしょうか?】
私の内で聲が聴こえた。
【救いたいのでしょうか?】
ソレは私の声だ。
『ずっと助けてあげたかった…。』
【力を求めますか?】
『声なき声に応えたい…。』
【罪を背負う事になってもですか?】
『罰なら受けます。』
【愛するが故に殺すのでしょうか?解りました。私は【レスト・イン・ピース】貴方の手を取りましょう…。】
私は私の【咎】を認識する。
【レスト・イン・ピース】
その能力を私は手に取る様に理解した。
【レスト・イン・ピース】
故人が苦痛から解放され、永遠の【平和】を得られるよう願う言葉である。




