変貌した世界
姉の言葉は正しかった…。
眼を醒まし、瞳を開けても視界には何も映らなかった。いや、暗くて何も視えなかったと表現するのが正しいのだろう。何事かと身体を動かそうとした時、姉の声が耳元で聞こえてきた。
「しーっ。静かに…。」
姉は俺の口を優しく塞いでくる。眼を細めてみると、漸く自分がクローゼットの中にいるであろう事が理解出きた。そして…理解出来たからこそ、現在のこの状況が解らなくなった。
「動かないで…。お願い…。」
姉が俺の身体を少しキツく抱きしめていた。身体から伝わってくるのは微かな震えだった…。その様子は普段の姉とは違う何かを感じさせる。
「しーっ。静かに…。」
姉はまたそう云った。
「じゃないと…。アレに見つかる…。アレは音に敏感みたいだから…。静かにして。」
続けてそう云った。
『アレ?』
凡そ知っているモノに向けては使わないであろう言葉が姉の口から零れ出る。
『アレ?とは何だ?』
クローゼットの隙間から薄明かりが漏れていた。俺は、その隙間から外の世界を覗き視る…。
『何だ?アレは…。』
姉の言葉は正しかった…。御伽噺や神話、ファンタジーの世界で存在するかの様な化物が、其処にいた…。
図鑑で視た覚えのあるシャコ貝の様なモノから二本の腕と二本の脚が生えている。貝殻は扇形。五本の放射肋が波状に湾曲している。光沢のある純白色のソレは二枚貝の接続部分である鉸歯を下とし、頂点部分である殻頂を上として四足歩行をしながら歩いている。その貝殻は二枚貝なのだが右殻と左殻で色や質感が違う様に感じた。
殻は閉じている。然し鉸歯近辺にある前背縁に足糸開口という穴がある。その穴から眼が四つ、ギラギラと光を反射している。
「何なんだアレは?」
言葉を遮断する様に外から爆発音の様なモノが幾つも聞こえてきた。アレは音に反応し、階下へと向かっていく。
「私も解らない…。気付いたらアレがいて…。貴方の事が心配で様子を見にきたら、貴方は寝ていて…。起こしても起こしても起きないから…。部屋に鍵を掛けたんだけど…。アレが侵入ってこようと扉を壊そうとしてきて…。だから慌てて近くのクローゼットに…。」
俺はクローゼットから出ようとする。
「お願いだから動かないで…。」
力任せに姉を振り解き、クローゼットから這い出る。扉は壊されており、部屋の中は荒らされていた。窓の方に視軸を向ける。罅割れた硝子の向こう側、本来ある筈の景色は一切視られず、其処に在ったのは崩壊した街並みだった。




