今回のことは水に流そう
俺の首めがけて短剣を振り下ろした状態で動きが止まっているルイナから抜き取った短剣を見ながらいう。
「手入れされているいい短剣だな」
俺の言葉を無視して唯一動く口を必死に動かし叫ぶ。
「なんだよこれ!? 体が動かない!?」
どうにかして体を動かそうとしているようだが全く動く気配すらない。
その表情は困惑と怒りが共存している。体が動かせないと分かるとこちらに殺意むき出しの視線を向けてくる。
「お前! ボクに何をしたんだよ!」
ルイナの短剣を片手で弄びながらいう。
「何をしたんだろうな?」
俺の答へが気に入らなかったのかさらに声を荒げる。
「ボクは何をしたのかって聞いたんだよ!」
「落ち着けよ」
「くそっ!」
しかし、さすがというべきか怒りに飲み込まれることなく今の状況の分析を行なっているようだ。やはり、俺が選んだだけはある。
ルイナの行動に満足していると、再びルイナが声を上げる。
「わかった。魔道具を使ったんだな! それでボクの動きを封じたんだ! 最初からこの場所に罠を仕掛けていたんだな!」
非難するような捲し立ててくる。しかし、ルイナの考えは間違っている。
第一、魔道具は魔力がないものには扱うことができない。つまり、魔力を一切持たない俺には使えない。
「違うな、魔道具なんて上等なもの俺には使えない」
「そんな嘘に騙されるか! 本当は魔力を持っていたくせにそれを隠していたんだろ。魔道具だとわかれば対応はできる」
目を瞑り魔道具の場所を感知しようとしているようが無駄だ。本当に魔道具なんて使っていないのだから。
「ない……どこにも魔道具の気配を感じない」
「最初からそう言っているだろ?」
「ならいったいっ!」
話を進めるためにネタバラシをする。
「俺の『職』は何か知っているだろ?」
「知っているよ。無能な【人形術師】だ! 人形を操ることしかできない何の役にも立たない『職』だ!」
「そうだ」
「それが一体なんだっていうんだよ!」
「人形術師が操ることが出来るのは本当に人形だけだと思うか?」
「……は?」
言葉の内容を理解できないのか呆気に取られた表情をする。
「……何を言っているんだよ……【人形術師】は人形を操るものだ……それ以外何があるっていうんだよ。人形以外を……? そんな話聞いたことが……」
混乱しているのかぶつぶつと言いつづける。人形術師なんて世界を探してもほとんどいない。人形を操ることが出来るだけの『職』なんてなんの役にも立たないので話題にすら上がらない。
ルイナの持っている【人形術師】の知識は間違ってはいない。
「ルイナの動きを止めてあるのは【人形術師】としての力だ」
「……は? 訳がわからない。嘘も大概にしろよ! ボクを馬鹿にするな!」
ルイナは全く俺の言葉を信じない。もともと持っている知識を間違えであると認識するには実際に体験するのが早い。
「嘘じゃないさ。ほら」
俺はわかりやすいように腕をルイナの方に伸ばし指を動かす。すると僅かにルイナの体が動く。そして勢いよく腕を振り下ろすと、まるで自分から地面に向かって飛び込んだように動く。
受け身すら取ることなく顔面を強打する。
「うぐっ」
少し自由を与えてやると顔だけこちらを向いて俺を睨みつけてくる。その表情は闘志と殺意に歪む。
そしてまだ自分の立場をわかっていないルイナの顔を踏みつける。
「がっ」
顔を踏みつけられてうめき声を上げるルイナに語りかける。
「これでもまだ俺の力が信じられないか?」
「くそっ」
どうにか足を退けようとしているが無駄だ。強情なのかまだ認めようとしていない。
俺はさらに自らの力をルイナに見せることにした。
足を退けて屈み込むとルイナを操り右手を上げさせる。
「腕が勝手にっ!」
上げた手に先程ルイナから奪った短剣を握らせる。
「? 何を……」
困惑の表情を浮かべるルイナ。
俺はもう一度わかりやすいように手を振り下ろすと、それに合わせて短剣を握ったルイナのても振り下ろされる。
そして短剣を握っていないもう片方の手のひらに短剣を突き立てた。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっあ!」
短剣が手のひらを貫通し、ルイナの口から苦痛の声が漏れ出る。人気のないこの場所に響き渡る。
「これでいい加減わかっただろ?」
「うぐっ」
歯を食いしばり痛みに耐えている。
ルイナの手に刺さった短剣を無造作に抜き取る。
「うぐあぁっ」
口から苦痛の声が漏れ出る。俺はカバンの中から回復薬を取り出し、血まみれになっているルイナの手にかける。
するとみるみるうちに傷口が塞がっていく。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
肩で呼吸するルイナの傷は無くなったが、体はまだ自由には動かない。
「銀狼族は強者に対して敬意を持つらしいが、強者ってのは誰を指すんだ?」
俺の言葉を黙って聞いている。
「自分より身体能力の高いやつか? それとも一対一で戦った時に自分を打ち負かすことのできる相手か?」
一呼吸。
「それとも、自分を殺せることのできるやつか?」
ルイナの肩が跳ねる。
「俺はお前より身体能力も冒険者としての技術も劣っている。でも、お前を殺すことは簡単だ。それも一方的にな」
手に持っている短剣をそっとルイナの首元に当てると、薄くその皮膚を切り裂く。するとそこから血が出てくる。
「ひっ」
全身を突き刺すような殺気はルイナからはもう出ていない。俺はそんなルイナに優しく語りかける。
「ルイナは勘違いをしていたんだよ」
「……勘違い?」
ルイナはここでようやく顔をあげ俺の顔を見る。その間には闘志も殺意も何もない。そこにあるのは動揺と明確な恐怖だ。
「そう、勘違いだ。ルイナの方が俺より強い、パーティーに俺は必要ない。今回の話し合いの引き金になったほとんどのことだ。もうわかるだろ?」
ただ黙って俺の言葉を聞く。
「歳下であるお前の生意気な態度に何度も耐えてきたんだ」
「そ、それは」
ルイナの顔が恐怖に歪む。だが、俺は安心させるように優しくいう。
「だけど、ルイナだけが悪い訳じゃない。俺が力を隠していなければこんなことにはなっていないと思うからな」
それでもルイナ達のことをちゃんと見極める時間が欲しかったのだ。
「今回はどっちが悪いとかではないと思う。お互い悪いところがあったんだ。だから、今回のことは水に流そう」
恐怖で支配されたルイナは必死に首を振る。
「よかった。許して貰ったことだし今後の話だ」
ようやく話し合いの続きが出来そうだ。
「俺はエマの夢を叶えたいという気持ちに嘘はない。そのためにもルイナやスフィリアの力が必要なんだ」
そっとルイナの肩に手を置く。びくっと体が跳ねる。そして手を通してルイナの震えが伝わったくる。
もうここには殺意もぶつけ生意気な態度をとる銀狼族は居ない。恐怖に飲み込まれた一匹の獣だ。
「だからさ、これからもパーティーの一員として頑張って貰いたいんだ」
口をぱくぱく動かしているが全く声が出ていない。
「嫌か?」
そう聞き返すと大きく首を何度も横に振る。
「よかった。これからもよろしくな」
そう言って立ち上がりこの場から去るために歩みを進める。
俺が動き出しても全く動く様子はない。まるで震えを抑えるかのように自分の肩を抱いている。
そんなルイナの姿を後ろ目に考える。もし、ルイナがパーティーを抜けると言い出したらどうするか。
最悪はここでの出来事を周りのやつに言いふらすことだ。流石にそれはルイナの性格的にないとは思うが断定はできない。
もしそんなことになれば口封じが必要だ。パーティーの悪表はエマの顔に泥を塗ることになる。
そうなった場合どうやって口封じをするかだ。
そこでよくある英雄譚の一節を思い出す。勇者を守るために身代わりになって死ぬ仲間の姿は感動を与えるし、英雄譚としても心を揺さぶる展開だ。
エマの英雄譚にもそんな感動の場面があってもいいかもしれない……
ただ、これだけ時間をかけたのだから出来ることならばそんな展開にはなってほしくはない。そう思いながら俺はこの場を後にした。




