576.5 小さな勇気と大きな気持ち
「ん・・・もう、こんな時間か」
借りてる自室にて1人、色々と思案をしていた雅人は時計を見て呟く。健人と買い物をして帰ってきてから、どうすればいいのかを考えていたのだ。
中条雅人という男はそれはそれは、整った顔立ちで異性にモテた。何十回、何百回と告白されてきて、その全てが短期間の付き合いだった。告白してすぐに撤回したこともあった。
理由は大切な親友を馬鹿にされたからというものが多かったが・・・中条雅人という人物にとって、巽健斗という親友はやっぱり大切な親友なのだった。
そんな彼が初めて出会った水瀬亜矢という少女は今までの誰とも違う魅力を持っていた。高校生の頃はあまり認識さえしてない地味な女生徒。卒業式で告白された時もすぐに別れるだろうと思っていた。しかして、それはすぐに覆ることになった。水瀬から感じる親友といる時のような安らぎだけじゃなく、全てが雅人にとって愛おしく思えてしまう。
平たく言えば、きっと雅人はベタ惚れしたのだろう。
だが、そんな経験がなくどうしても奥手になってしまう。親友に発破をかけて貰えないと動けなかったのだ。
(今度こそ・・・)
やると決めて立ち上がると同時に部屋がノックされる。
『あの・・・中条くん。夕飯出来たよ』
「ああ、ありがとう」
想い人からの夕飯の呼び出しに答えて部屋を出ようとするが・・・何故かドアノブが動かなかった。いや、正確には動くけど向こう側で水瀬が止めてるのだろう。
「水瀬?」
不思議に思いそう聞くと向こう側から微かな息が聞こえてきて、次に確かな声で水瀬は言った。
『ま・・・雅人・・・くん』
ドキリとする。初めて水瀬から呼ばれた名前は、ただそれだけなのに不思議な嬉しさがあった。
『わ、私ね・・・あんまり可愛くないし、取り柄もないけど・・・雅人くんのこと好きなの。だ、だからね・・・』
最後まで言葉を聞くことは無かった。無理やりドアを開けると、驚いて、顔を真っ赤にしていた水瀬を雅人は思いっきり抱きしめていた。
「ありがとう・・・ごめんな。俺から言うつもりだったのに・・・」
「ううん・・・」
「亜矢」
「ま、雅人くん・・・」
不思議としっくりきていた。あれだけ悩んでいたのにこんなあっさり出てくるとは、やはり女の子とは強い生き物なのだろうと雅人は思った。それと同時に、こういう時は大体親友が関与しているだろうとも思ったが、それでも雅人はこの目の前の恋人が愛おしすぎて気にならなかった。その光景を誰も見てなかったのは、健斗の気遣いによるものだが、2人の仲が確かに近づいたのはよく分かるだろう。




