388.5 市販でも愛
「あら?黒羽さんお久しぶりです。お買い物ですか?」
「中条さん、どうも」
なんとか仕事を早く切り上げてから、遥香は近くの店にチョコを買いに来ていた。来るべきバレンタインデーとはいえ、料理の腕が壊滅的な遥香に残された選択は買う一択しかないのだ。そして、タイミングよく出会ったのは雅人の母親の中条巡李その人であり・・・遥香は少しだけ緊張しながら聞いた。
「中条さんもチョコの買い出しですか?」
「ええ。とはいえ、実の息子は市販の品じゃないと顔を顰めるのでこうして買いに来たのです」
「そうですか」
「ふふ、黒羽さんは健斗くんへのチョコですか?」
「ええ、料理は全然出来ないので市販の品に頼りますが・・・」
昔チョコを作った時に謎の生命体を生み出して以来、作ることはとっくに諦めていたのでそう答えると巡李は微笑んで言った。
「健斗くんきっと喜びますね。私と娘以外からは初めてのチョコでしょうし」
「・・・それやっぱり本当なんですね」
遥香的には健斗から聞かされた時に若干疑ったものだが・・・こうして証言が出た以上は本当なのだろう。まあ、健斗のことは信じてはいるが・・・あの優しさに惹かれた女子がいないとも思えなかったのだ。
「ええ。女の子によくお料理は教えてますが・・・あの通りの主夫力なので女の子の方が身を引くんでしょうねぇ」
「想像出来るのが恐ろしいところです」
「その点、黒羽さんは健斗くんとしても好物件なんでしょうね。娘の薫も健斗くんにチョコ作りを教わりに行った時に随分と惚気けていたと話してましたよ」
遥香的にはその話は初聞き・・・というか、薫がチョコ作りを教わりに行ったことを初めて知ったが、まあそれは後で健斗本人に直接問い詰めようと思いつつ遥香は言った。
「私としてももう、アイツがいない生活は考えられませんよ。アイツは私とちーちゃん・・・娘の全てになりましたから」
「ふふ、おアツいですねぇ。本当は健斗くんはうちの娘と付き合って欲しかったですけど、健斗くんが幸せそうならそれで構いません」
冗談とも本気とも取れそうな台詞だが、遥香的には誰に何を言われても健斗を渡すつもりはなかった。家庭的なスキルを抜きにしても健斗という存在が遥香にとってなくてはならないからだ。
その愛情の証をこういう形でしか返せないのは物凄く悔しいが・・・その分は他の要素で補うことにする。手作りの質には勝てなくてもその上に愛情を上書きしてみせるのだ。それが遥香なりのバレンタインデーのプレゼントなのだ。




