第四章 ペットは黒猫
第四章 ペットは黒猫
あーあ、昨日のことが夢のように思える。でも確かに僕は見たはずだ、あの黒猫が人間の姿に変化するのを。
こんなこと誰も信じないだろうな。
そう言えば、昨日アイツどうしたんだろ?僕の華麗な罠に引っかかって入手した千円でおいしいものにありつけたのだろうか?
ってなんで僕がアイツの心配をしなきゃいけないんだ?今日はデートの約束の日だ。遅れないようにしないとな。
僕は朝食にいつものようにこんがりと焼いたトーストとコーヒーをいただき、待ち合わせの場所へと向かった。
風はまだ少し冷たいが日差しが気持ちいい。電車で一駅行ったのところに亜美、つまり僕の彼女は住んでいる。
「お待たせ、もう着いてたのか?」
「遅いよぉ、男は待ち合わせ時間より早く来るもんだよっていつも言ってるじゃん。」
だいたいいつもこの会話から始まる。少し甘えん坊の亜美はしょっちゅう無茶な注文をつけてくる。
「さて、じゃあ買い物を済ませるとしますか。まずはどこだっけ?」
「もーっ!秋人のバカっ!」
今日は一緒に座れる大き目のソファを買って帰り、亜美の部屋でランチを食べる予定だ。買い物デートは予定通りに進み、ついでに亜美のほしがってたスカートまで買うことになってしまった。
「ただいまー。」
「お邪魔しまーっす。」
亜美はマンションに一人暮らしをしている。近くの大学生がたくさん住んでいる、学校推薦の学生マンションだ。
亜美は大学は卒業しているが、以前から住んでいたこの学生マンションから通える職場に就職してしまったため、引っ越すタイミングを失ってしまったらしい。
「じゃあ秋人はソファを出しててね。あたしは昼食作るから。あっ!先に座っちゃダメだよぉ?あたしが先に座るんだからねっ。」
亜美の部屋は、さすが女の子、という表現が似合う部屋だ。カーテンやカーペットはピンクやオレンジの暖色系で統一され、イチゴやネコなどの可愛い柄の小物がたくさん置かれている。
「おっ、亜美のマンションってペット飼ってもいーの?」
「あぁ、その仔ね、昨日拾っちゃったの。ホントはダメなんだけど可愛かったからつい、ね。ああ!」
鍋の湯がふきこぼれそうになって、亜美は慌てて止めに行った。
「ペット禁止だってさ。さっさと出て行かないとな、木村。」
「ニャゥ?」
「どうやって僕の彼女を探し出したんだ?悪魔の力か?」
「ニャウゥゥゥ。」
正体を認めないつもりか。しかし僕には確信がある。コイツは間違いなく昨日の黒猫だ。顔立ちや体型が同じだし、青い瞳は猫になっても変わらないらしい。なんとかして亜美の家猫になる前に穏便に退去願いたい。
「寿司でどうだ?一度食わせてやろうじゃないか。それでここから出て行くってのはいかがかな?」
「秋人さぁ、さっきからクロちゃんに何を話しかけてるわけ?猫好きだったっけ?」
「い、いやぁ、昨日チクワをごちそうしてやった黒猫に似てるなぁって思って・・・ってクロちゃん?」
「そ。クロちゃん。可愛いでしょ?」
なんて安直な。ひねらないストレートな性格が亜美のいいところではあるが、ちょっとそのネーミングセンスはいただけない。
「寅吉ってのはどうだ?猛々しくていいだろ?」
「フギャーッ!」
「ほら、クロちゃん怒ってるじゃん。秋人のネーミングセンスって最悪だよねぇ?」
ぐはっ!逆に僕のセンスを傷つけられてしまった。
この猫に嫌がらせをしてやろうと思ったのだが失敗に終わった。すっかり飼い主になった亜美のところへ駆け寄っていくクロちゃん。
ああ、亜美は悪魔に取り憑かれてしまったのだ。
「ごちそうさま。おしかったよ。」
亜美の作ってくれたパスタを食べ終えた僕は、春になっても出しっぱなしのコタツに潜り込んだ。
僕が木村だと疑っているクロちゃんは、出してもらったチクワを食べ終え、満足そうに顔を洗ってアクビをしている。つい釣られて僕もアクビをしてしまう。
「くわっ。ったく、なんで亜美のところなんだよ。」
「貴様が我輩に生活保護を認めないからだ。」
「おっ、おまっ、やっぱり木村じゃねーかっ!」
「ちょっと秋人ぉ?クロちゃんいぢめないでよぉ?」
洗い物をしていた亜美に僕の叫び声が聞こえてしまった。が、内容までは聞こえていないようだ。
クロちゃんめ、ついに本性を現したな!
「お前のような人間じゃない化け猫に人間の世界の制度を適用できるわけないだろ。変に日本文化に詳しいし、教えてもいない僕の彼女のところへいきなり転がり込んでるし、ホントにお前は何者なんだ?」
「貴様こそ頭が悪い癖にどうやってこんな可憐で愛らしい娘を彼女に出来たのだ?」
「余計なお世話だ。とにかく早急にここを出て行ってもらおうか。じゃないと亜美にお前の正体をバラすぞ?」
「ぶっ、ぶはっ!相変わらず貴様は頭が悪い。どうやって証明するつもりだ?我輩は猫である。名前はクロちゃん。飼い主は美人看護師の亜美。ここにいれば生活に困らんから当分世話になるつもりだ。」
「ふっふっふっ。誰が頭が悪いって?お前は近代機器を舐めすぎていたようだな。これが何か分かるか?そう、スマホだ。今の会話はすべてここに録画した。これを亜美に見せたらさすがに信じるしかないだろう?」
「なっ!きっ、貴様卑怯だぞっ!いたいけな猫をいじめるようなヤツはお月様がオシオキしてくれるんだぞ!」
「はっはっはっ、なんとでも言うがいいさ。相手が悪魔となれば僕も手段を選らんでられないのでね、悪く思うなよ、クロちゃん。」
「お待たせ秋人、クロちゃん。随分と仲がいいみたいだね。でも遠目に見てて猫に話しかけてる秋人って超変だよ?」
そう言って笑う亜美。一体誰のために頑張ってると思ってんだよ
。でもその笑顔が可愛いので許してやろう。
確かに木村が言うように僕には勿体無いくらい亜美は可愛い。悪魔さえも魅了してしまう罪な容姿なのだ。
しかしその悪魔と僕は契約を結び、どうにかここから追い出すことが出来そうなので安心していた。
しかし、その日、事件が起こった。
帰り道、駅まで亜美が送ってくれることになり、一緒に歩いていた。
その途中、公園の前を通った時だった、遊んでいた子供がボールを追いかけて道路に飛び出したのだ。
ドラマなどでよくあるシーンだ。ちょうど走ってきた車がその子供を轢きそうになり、亜美がその子供をかばって撥ねられた。
亜美の身体が勢いよく空中に跳ね上がり、そして落ちた。
よくスローモーションになるって言うけど、あんなの嘘だ。
出来事は一瞬だった。
早過ぎて、何が起こったのか理解するのに時間がかかった。
気付いた時には数メートル先に亜美が血まみれになって倒れていた。
亜美を撥ねた車はそのまま走って逃げたみたいだ。そして亜美が助けた子供も。
多分数秒の間の出来事なんだろうけど、長い時間、僕は止まっていたように思えた。
ふと我に返った時、亜美のところへ駆け寄っていた。
「亜美っ!亜美っ!聞こえるかっ!?」
僕は亜美を抱きかかえ、そして何度も呼びかけた。亜美はぐったりとして、頭から血を流している。応急処置なんて色々習ったけど、こんな時、どんなことすればいいかなんて考えられない。
「そ、そうだ、とりあえず救急車をっ!」
その時、一緒についてきていたらしい黒猫が僕に語りかけてきた。
「おいおい秋人、こりゃあ助からないぞ。お前もわかってるだろ?」
「うっ、うるさいっ!そうだっ!お前は悪魔なんだろ!?だったらなんとかしろよっ!ほら、悪魔との契約とかでさっ!」
「貴様、悪魔悪魔って、悪魔は万能じゃないぞ?」
「頼むよ、なんとかしてくれよ。僕の魂も持っていけばいい、なんでもするから、亜美を助けてくれよ。」
わかっている。木村の言うとおりだ。
医学的な知識のない僕でもわかる。この出血量は助からない。
すぐに輸血でも出来れば話は別かもしれないが、多分頭蓋骨も無事じゃないんだろう。
僕は知らない間に涙を流していた。
「貴様の言葉に嘘はないだろうな?」
気付くと木村は人の形になり、僕の隣に立っていた。
「え?た、助けられるのか?」
「出来なくはない。が、それなりの代償が」
「なんでもいい、早くしろよっ!もし亜美が死んだら僕がお前を殺すぞっ!」
「ちゃんと説明を聞いてか」
「そんなもん後で聞くって言ってんだろっ!」
「ふー。手順ってものがあるのだがな。おい女。意識もないところ悪いが、私と契約を交わしてもらうことになった。怨むなら秋人を怨めよ。私は人の話を聞かない秋人を怨みます。」
余計な一言を言った後、木村の目が綺麗な青から赤黒い色に変わり、そして亜美の首筋に噛み付いた。
多分、いや、間違いなく血を吸っているのだろう。それで亜美が助かるのかどうか、僕には想像つかないけど今はこの異常な世界の、異常な光景を見守ることにした。
「はー。ふむふむ。これがこの世界の人間の血の味か。うむ、悪くないな。むしろ癖になってしまうかもしれんな。」
「終わったのか?どうなんだ?亜美は助かるのか?」
「心の臓はまだ止まっていなかったから契約は成立したはずだ。もうじき目を覚ますはずだ、私の眷属魔としてな。」
「ケンゾクマってなんのことだ?」
「まあ使い魔みたいなものだ。」
「なっ!おっ、お前の使い魔って、つまり具体的にどうなるんだ?亜美はヴァンパイアになったのか?血を吸われても同族にはならないって言ったじゃないか。」
「正確に言うと、女はヴァンパイアになったのではない。まあ人間とも言いがたいがな。」
「ひ、人じゃなくなったのか!?ま、まあそうか。一度死んでるようなもんだからな。」
「貴様、意外とすんなり受け入れるんだな。私はてっきり罵声を浴びせられると期待していたのだが。」
「期待するなこのドMが。」
「貴様っ!それが願いを叶えてやった恩人に対する言葉かっ!」
「それより亜美はホントに大丈夫なのか?」
そう言って亜美を見ると、目がうっすら開いた。
「亜美っ!大丈夫か?僕のことがわかるか?」
「あ、きひと?え?何この血?あたしの血、なの?」
「さっき子供をかばって車に撥ねられたこと、覚えてないのか?」
「あ・・・そうだ、あの子は無事なの?」
「大丈夫、元気に走って行ったよ。それより自分の心配しろよ。変わったところはないか?痛みは?」
「なんか全身がだるい。こんだけ出血してるんだもんね。あはは、あたしやっぱ死ぬのかなぁ?痛みも感じないや。ごめんね秋人。先に上で待ってるから早く来てね。」
「バカやろう!冗談言ってないで、冷静に話を聞いてくれ?」
「なぁに?あたしが死ぬ前にプロポーズでもしてくれんの?」
「いいから黙れこの天然が!」
「おい秋人。イチャついてるところ悪いが先に言っておくことがある。ちょっとこっちへ来い。」
「秋人?この人だぁれ?」
「亜美、ちょっと待っててくれ。すぐに終わるから。」
そう言って僕と木村は亜美から少し離れた場所へと移動した。
「さて、貴様はさきほど言ったな、なんでもする、と。」
「あ。覚えてました?」
「誤魔化す気だったんですかっ!?」
「なぜ敬語だ。覚えてるよ。やっぱ魂とかいるんでしょうか?出来ればその条件はなかったことになりませんかねぇ?」
「貴様は本当に卑怯で最低な人間だな。まあよい。最初から魂など求めておらぬわ。貴様の魂もらってもなんの得にもならん。むしろ魂ってどげんしてもらうと?くれるもんなら見せてみろ、さあ、さあ!」
「うるさい黙れ。」
「なっ!?ちくしょー、覚えてろ。それはそうと、本題だ。まず大切な条件がある。私とクロちゃんは別の人物だ。女にはバラすな。よいな?」
「人物って君も猫も人じゃないよね。それって亜美のところに飼い猫として居座る気ってことだよね。さっきの話じゃ君が亜美の主ってことになるのに?君が飼われるのはおかしくないか?」
「飼われるのではない。主として衣食住を提供させるのだ。」
「君とクロちゃんは別なのに?それってただのヒモ猫だよ?それともヒモ悪魔?」
「ええい五月蝿い!貴様はなんでもするって言ったじゃんか!」
「そのしゃべり方の幅の広さはなんとか狭く出来ませんか?まあ確かに亜美を助けてもらったから条件は飲むよ。亜美には言わない。でも亜美のところからは出て行け。」
「ぐおっ!この悪魔めっ!」
「悪魔はお前だろうが。ったく、バラさないけど居座ることを許した覚えはないからな。」
「いーもん。じゃあ条件の2つ目。私がクロちゃんとして我が眷属魔である女のところで飼われる、いや、居座る、ん?奉仕させることを推薦すること。」
「こっ!この悪魔めっ!」
「だって悪魔だもーん。」
「くっそー、これじゃキリがない。条件はいくつあるんだよ。3つまででお終いだからな?」
「おい貴様、勝手に決めるんじゃない。それが魂まで覚悟した人間の言う台詞か?まあよい。一番大切な条件が残っている。私はこれのためにしてやったと言っても過言ではないのだからな。」
ぐっ!気のせいか周囲の空気が重く冷たくなった。
木村が真剣なまなざしで僕を凝視している。
一瞬、木村の唇が動きかけて止まった。木村さえも言うのを躊躇するほどの条件なのか?魂は免れたとは言え、正直ビビる。
なんていっても木村が本物の悪魔であることがさきほど証明されたのだ。
そして、ついに木村が沈黙を破った。
「あの、生活保護をじゅきゅ」
「ダメだ。」
「ひどいっ!ひどいよっ!まだ全部言ってないじゃないのっ!だって生活ほ」
「ダメだ。」
「さっき条件3つまで飲むって言ったじゃんかっ!あれは嘘だったの!?ねえ秋人ぉ!」
「飲める条件と飲めない条件がある。今のは後者だ。」
「秋人なら出来るよ。そのデキの悪い頭と、やっと手に入れた僅かな権力をフルに行使してパソコンを操り、データを改ざんするなりしてさ、何か方法がきっとあるはずだよ。さあ、私に受給させたまへ!」
「あのさ、お前は亜美のところでクロちゃんとして生きるんだろ?だったら僕が毎日チクワを食べられるように亜美を誘導してやるからさ。それでいいだろ?あとなんでパソコンとか知ってんの?ねえ、なんで?」
「私はチクワが食べたいのではないっ!寿司なのだよ寿司!分かる?ツヤのしっかりしたシャリに脂の乗ったネタが横たわり、その間にはツンと鼻を刺激する新鮮なサビが憎い演出をするんだよ。ああ、憧れるなぁ。」
「お前、ホントはこっちの世界で育ったんじゃないのか?一体どこでそんな知識を手に入れた?」
「そんなことはどうでもいいのだ!私はチクワでは納得しないぞ!」
「わかった。じゃあ月に一度は絶対に僕がお前を寿司屋に連れて行ってやる。それで手を打とうじゃないか。」
「何っ!?本当か?絶対だぞ?」
「よし、契約成立だ。これで条件は3つを満たした。」
そう言って僕はニヤリと笑った。
「はっ!し、しまった!き、貴様、私を嵌めたなっ!?」
「はーっはっはっはっ!僕は提案しただけだぞ?乗ったのはお前の方だが?」
「こ、こいつはきっとサタンの血を引く悪魔なのだ。この私をここまで追い詰めるとは・・・」
悪魔って実は正直者なんだね。
みんな、偏見はいけないよ?
「まあ約束どおりちゃんと寿司屋には連れてってやるからさ。奢るとは言ってないけどね。」
「はっ!?まっ、まさか?僕ちゃん、泣いちゃうよ?」
「冗談だよ冗談。亜美を助けてもらった恩人にそこまで酷いことしないよ。給料日の後だったらちゃんと奢ってやるからさ。だけどあんまり高い店は無理だぞ?出来れば回転寿司とか。」
「バカ野郎!ちゃんとカウンタのある寿司屋に連れていけ!ったく、ヴァンパイアをなんだと思ってるんだ。これだから最近の若いもんは・・・」
あの、そもそもヴァンパイアが寿司を食べたいってこと自体が不思議でたまらないのですが。
普通の展開なら一日に一度は血を吸わせろとか、寿命を半分よこせとか、そういう要求があるのかと。あと見た目で言うと木村の方が年下にも見えるが、こいつ一体いくつなんだろうか?
「おーい!そろそろ放置されてるあたしのこともかまってくんないかなぁ?血がベトベトで気持ち悪いんだけどさぁ。あとさ、なんであたし生きてんのぉ?」
おいおい、大きな声でそんなことを叫ぶんじゃない。とりあえず場所を移動しないとな。
そして亜美の家に3人で戻り、とりあえず亜美に説明することになった。
亜美はシャワーを浴びてさっぱりしたようで、事故のことをあまり気にしていないようだ。この辺はとっても普通じゃない。サバサバ系で片付けられないよ、この人の性格は。
「それで、説明してくれる?えっと・・・」
「ああ、こいつは木村春人。無職のニートだ。」
「おい貴様っ!私の名はキンバリウム・ラインハルトである。高貴で高潔なヴァンパイアの貴族である。」
高潔ねぇ。思いっきり私利私欲で動いたようですけど。
「ヴァンパイアさんかぁ。意外と普通なんだねぇ。生まれはやっぱりヨーロッパ?」
「ちょっとは驚けよ。すんなり受け入れるなよ。僕が受け入れるまでどれだけ苦労したと思ってんだよ。」
「だってこの人、あたしの血を吸ったんでしょ?なんか首に違和感あるもん。そんで事実あたし生きてるんだし、どんなことだって信じちゃうよ。」
「このお嬢さんは貴様と違って理解力があるではないか。では続きを話そう。私はこの世界とは違うところから迷い込んだと言えば分かりやすいかな?とにかく右も左も分からない世界に一人だったのだ。唯一の友人がこの秋人なのだ。」
「おい、いつから僕とお前は友になったんだ?」
「まあ細かいことは気にするでない。そうそう、事故の話だったな。私が偶然通りかかった時、お嬢さんが」
「ちょっとそのお嬢さんっての止めてくんないかな?亜美でいいよ。」
「うむ、よかろう。亜美が血まみれで倒れているところに出くわしたのだ。そして私を悪魔であると知っていた秋人が私に懇願したのだ、亜美を助けてくれ、と。本来、我々は血を食す時には礼儀、というよりルールがある。が、今回は非常事態だったので亜美には悪いが了解を得ずに吸血させていただいた。改めてその非礼を詫びよう。」
「いいよいいよ、助けてもらったのはこっちだしさ。むしろありがとうだよ。それより、あたしはどうなったの?」
「そうだな。まず人ではなくなった。とは言え、基本的には今までと変わりはない。違いと言えば、私の眷属魔となったことで私の指令には逆らうことは絶対に出来ないこと。それと私と契約したことで、私の魔力が亜美の中にも分け与えられている。それが今の亜美の生命の源なのだ。その魔力により生きることが出来ており、また私の1割ほどの力を得ているはずだ。だから秋人を殴る時は気を付けろよ?普通の人間よりも遥かに強くなっているからな。」
「え?あたしが?全然そんな感じがしないけど。」
「まあいずれ分かるだろう。説明としてはそんなところだ。他に聞きたいことはあるか?」
「あの、助けてもらったお礼に何かしたいんだけど。そうだ、また血を吸う?」
「おぉ、魅力的な申し出だが、礼は秋人がすべて背負うことで話はついている。それに亜美よ、お主は私の眷属魔なのだ。主は自分の眷属魔の血は吸わないのだよ。」
「秋人が背負うことないよ、助けてもらったのはあたしだもん。あたしがするよ。何?何が必要なの?」
「いや、月に一度、こいつに寿司を奢ってやるだけだよ。」
「は?」
「だから寿司を奢り続けるだけだって。」
「お寿司?ヴァンパイアなのに?」
「そう。意味わからないよな。寿司が食べたいんだって。しかも食べたことないのに毎月ってさ、もし口に合わなかったらどうするつもりか知らないけど。」
「はっ!?まさかの展開!?私にとって寿司が好みでないという考えに至っていなかった・・・私としたことが、迂闊だった。」
僕のことを頭が悪いと連呼するくせに、実はこいつも相当におバカさんじゃないか。
だけど僕は安心していた。
このとぼけた悪魔のおかげで亜美が助かったのは事実だ。寿司くらいいくらでも奢ってやろう。
こうして亜美は木村によって一命を救われた。
人じゃないと言われても今までと何一つ変わらないように見えるし、残る心配事はクロちゃんのことだけだな。




